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小5 蜂の大群は強かった

小学校五年生の秋、同級生の伊藤さんと二人で空き地でボール投げをして遊んでいた。

二人ともあまり運動神経がいい方ではないので、うまくボールを受け取れず遠くに転がったボールを拾いに行くばかりだった。だんだん体が暑くなってきて、私は着ているカーディガンを脱いで近くの枝に引っ掛けた。

そのままボール投げをして遊んでいると、急に頭の後ろにザーザーザーという音が聞こえた。振り返ると真っ黒い大きな塊が宙を浮いている。それが蜂の大群だと気がつくのに少し時間がかかった。

その黒い塊は私の頭にかぶさってきた。

「キャー!!」 

手で払ってもまったくダメで、蜂は手や顔を次々と刺してくる。私は大急ぎで枝にかけてあったカーディガンを取り、それを思い切り振り回しながら一目散に走った。学校の反対側で遊んでいたから家へは二十分ぐらいかかる。蜂に刺された痛みと腫れた瞼からの涙で顔がぐちゃぐちゃだった。

ようやく家に着いて痛い顔を鏡で見たら、目の上や頬っぺたが赤く膨れ上がって何と十か所も刺されていた。まるで四谷怪談のお岩さんのようだ。足は幸いハイソックスをはいていたので太ももが二か所刺されただけだったが、とにかくあちこち痛くて仕方なかった。母は仕事でまだ帰っていなかった。

あれ、伊藤さんはどうしたろう。
伊藤さんはカーディガンを持ってなかった。

私は何も言わずに走って逃げ帰ったことが急に後ろめたくなった。
きっと伊藤さんも家に帰っているはず。

でも、伊藤さんの家に電話してみたが誰も出ない。
伊藤さんの家はさっき遊んだ場所のすぐ近くだから、帰ってないなんておかしい。

もう一度あの場所に行くことにした。
ところが、蜂も伊藤さんも誰もいなかった。

伊藤さんの家に向かって歩いていると、一人のおばさんに会った。
「さっきここで蜂に刺されたんですけど、女の子見ませんでしたか?」
と聞くと、
「あー、さっき救急車が来て大騒ぎでその子をそこ(感染症研究所みたいなところ)に連れて行ったわよ」と教えてくれた。その建物は知っていたが、病院のようなことをしてくれる所とは知らなかった。

建物の入り口で蜂のことを話すと、係の人は私の腫れあがった顔を見てすぐに奥の部屋へ通してくれた。

そこにはベッドに座った伊藤さんがいて、何人もの白衣を着たお医者さんがピンセットを持って、伊藤さんの髪の中から蜂の針や死んだ蜂の死骸をつまんでベッドに置いた布に並べていた。蜂の死骸は何列にも並んでいた。お医者さんが言うには、私と同じように伊藤さんも逃げ回ったが、何も持っていなかったのでこれだけひどく刺されてしまった。そこを通りかかった人が救急車を呼んでくれたと。

伊藤さんは頭を下げたままぐったりとして何も話さない。
私は伊藤さんが死んでしまうのではないかと思った。

「全部で六十三か所ですね」とお医者さんが言った。

頭から腕から足までたくさん刺されていた。
先生は、もう少し小さな子だったらあぶなかったと言った。
大変なことになった。どうしよう。
しばらくして伊藤さんのお母さんが入ってきた。私は怒られるだろうと覚悟していたが、何も言われなかった。

伊藤さんは一週間病院に入院しなくてはならなくなった。

家に着くと母が帰っていた。

蜂に刺されたことや伊藤さんの話をした。母が言うには、おそらく私たちが遊んでいた近くに蜂の巣箱があって、蜂が怒って攻撃したのだろうと教えてくれた。

伊藤さんには悪いことをしてしまった。私がカーディガンを着ていたこと、黙って逃げ帰ったこと・・・。私の顔は十か所刺されてすごく痛いけど、伊藤さんは六十三か所も刺されてしまった。

その後、お医者さんの言う通り一週間で伊藤さんは回復して元気に学校に来た。

私はほっとした。

あの時、蜂を見たときから逃げ回るまでの一部始終を初めて二人で話した。

「たいへんだったよねー」 

「痛かったよねー」 

「顔を十か所だよ!」

「私なんか六十三か所よ!」

大笑いだった。よかった、元気になって。

私はあれ以来、蜂と聞くと、このことを思い出す。
そして、蜂が強いことがよくわかった。

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