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へそまがりの薬屋

四歳のころ、私は「へそまがり」という言葉をよく使っていた。
言葉の意味もよく分からないのに、やたらとその言葉を気に入って連発していた。
母に頼まれて薬屋さんに行ったとき、なぜか帰り際に薬屋のおじさんに向かって、

「へそまがり!」と言った。おじさんはびっくりした後、
「そっちこそ、へそまがり!」と言い返した。

その言葉は決していい言葉ではなく、言われた方もいやな気分になる言葉だということは分かった。
別の日に薬屋の前を通ろうとしていたら、店の奥におじさんの顔が見えた。

私はこのあいだのお返しをしようと大きな声で、
「へそまがり!」と叫んだ。

すると奥からおじさんが出てきて、
「あ、へそまがりが通る」と言った。

わー頭にくる、また言ってやるんだ。

その後も薬屋の前を通るたびに、おじさんとの応戦が続いた。
そこは私の家の前の通りなので、どこに行くにも避けては通れなかった。
そのうちに、おじさんが見えないうちに通りすぎることを思いついた。

薬屋の手前で、そーっと店の中をのぞき、おじさんがこっちを見ていない隙に
「へそまがり!」と叫んで大急ぎで走り去る。

これはなかなかの名案だった。
おじさんが気がついた時には、もう私はそこにいないから、おじさんも言い返せない。走り去るスリルもなかなかのものだった。

おじさんと私の「へそまがり対決」はそのあたりの人はみんな知っていた。
母からも、「もうへそまがりって言うのはやめなさい」と言われたが、おじさんも私もやめなかった。

江戸川に引っ越して、しばらくたって品川の祖父の家(前に私が住んでいた家)に行ったときに、何年ぶりかで薬屋のおじさんに会った。

そして、おじさんが、

「あの時はよくまりちゃんに、へそまがりっていわれたなあ」と言った。
「私だって、おじさんが、へそまがりっていうから言い返したのよ」

いやあ、何年たっても二人とも立派な「へそまがり」だ。

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