小説:竜活、はじめました。

ようやく、完結しました。楽しんでいただけたら幸いです。
この話は、一旦ここで終わりです。続きは、またいつか。

~0日目~ 竜活のススメ
「それでは、あなたにはこれから1週間、
 竜としての……ドラゴンとしての生活を学んでもらいます。」

みるみる僕の身体が変わっていく。手の指が5本から4本へ、爪も鋭くなる。
目線も変わっていき、背中から何かが飛び出て延びたような感じがする。

「ちょっとまって、説明もまだ聞いてないよ!」
「実際に経験し、慣れて頂くのが最も早いと思いますので。」

目の前にいる青いベルベッドのスーツを着た人間の女性が、
資料に目を通しながら言う。

「まずは、歩き方、爪の使い方からレクチャーしますね。
 空の飛び方や、ブレスの吐き方は、一通り身体に慣れてからにしましょう。」
「……うぅ、はい。」

僕の『竜活(りゅうかつ)』が始まった。
~1日目~ 日常の終わり
いつもの光景、いい加減見飽きた日常。
暇を持て余しながら、ゲーム端末で遊んでいた。

「何か面白いことでもねーかなぁ。面白いゲームも最近ないし。」

そんな事をアプリで友達にメッセージを送っていた。

「竜也(たつや)、ちょっといいか?」

声をかけてきたのは、僕の父さんの卓(すぐる)さん。

「卓さん、急にどうかしたの?」
「大事な話があるんだ、ちょっと居間に来て欲しい。」

言われるままに居間に行くと、珍しく母さんもスーツを着て座っている。
僕が座ると、少し沈黙した後、父さんが喋りだす。

「まずは、どこから話そうか。」

二人とも真面目な顔をしているから、逆に不安になる。

「おまえは、“ドラゴン“って知ってるか?」
「あぁ、うん。空想上の竜でしょ。蛇とか爬虫類みたいな。」
「そう、それ。……聞き方を変えよう。“ドラゴン”って、居ると思うか?」
「居ないから、空想上の動物なんじゃない?」
「それがな、居るんだよ。空想でも、何でもなく。」
「そうなのよ。あなたの目の前に、ね。お父さんは人間。お母さんがドラゴン。
 あなたは人間とドラゴンのハーフなの。」
「え、ちょっとまって。冗談でしょ?」

様子を見た父がため息をつく。

「まぁ、そうなるよな。それだけなら、別に大したことでもないんだ。」
「いや、ちょっと待ってよ。大したことでしょ!」
「ちょっとドラゴンが人間と結婚してて、人間生活に溶け込んでるだけだから。」
「そもそも、母さんは本当にドラゴンなの?」
「そうよ~。ドラゴンの姿じゃないから信じられない?
 元の姿になってもいいけど、家が壊れちゃうから河川敷(かせんじき)にでも行かないと~。
 あ、でも河川敷だと人目についちゃうのが問題ね。
 体育館とか貸切にすべきかしら~?それって幾らなのかしら。
 きっと高いわよねぇ......。」
「母さん、話が進まないよ。」
「あら、ごめんなさい。」

二人の話からすると、実は僕はハーフのドラゴンだったらしい。

「人間生活で自立が始められる年齢……つまり18歳になると、
 ドラゴンとしての自立試験みたいなのがあるんだ。
 『成人(せいじん)の儀(ぎ)』って言うんだけどな。」
「あ、もちろん母さんも受けたわよ。古い仕来(しきた)りだから、
 いい加減廃止したらって老爺(おじい)様に言ってるのだけど、
 辞める気ないみたいなのよね。」
「その試験をな、おまえも受けなきゃいけないんだ。
 今日は、その成人の儀の話だ。」

成人の儀、自立試験。『ドラゴンとして一人前』に、なること。
それには幾つもの試練を乗り越えないといけないらしい。

「成人の儀の話もそうだが、おまえにまだ説明してないことがある。」

そういって僕の首元のネックレスを指差す。
このネックレスは生まれたときからずっと身につけてるもの。
僕が何を言おうと、身に着けたままにさせられていたのを思い出した。
綺麗な緑色の宝石のネックレス。

「そのネックレスな、おまえのドラゴンとしての姿を封印するためのものなんだ。」
「そうだったの!?」
「生まれたばかりでネックレスが無かった頃、
 竜也ちゃん大変だったものね~。
 ドラゴンになったり人間になったりしてたんだから。
 慌てて老爺(おじい)様が用意してくれたのよ。
 病院もドラゴン側のにしてたから騒ぎにはならなかったんだけどね~。」
「竜也は完全に人間として生活しているし、
 今となっては逆にドラゴンになれないんじゃないか?」

確かにネックレスを外してもドラゴンになった事はない。
そもそもどうやってドラゴンになるんだろう。

「竜也ちゃんのために、事前講習って訳じゃないけれど、
 先生は用意してあるからね~。ちょっと変わってるかもしれないけど。
 桜夜(さや)ちゃん、来てくれる~?」

天井に向かって母さんが声をかけると、母さんの側にスーツを着た女性が現れた。

「はい、秋奈(あきな)様。如何しましたか?」
「竜也ちゃんの竜化(りゅうか)と人化(じんか)の練習に付き合ってあげて欲しいの~。
 1週間後が卒業式だから、それまでに。」
「了解いたしました。」
「え、母さん。この話と卒業式が関係あるの?」
「ん~と、そうね。人間としての卒業式の後、
 竜也ちゃんは、ドラゴンとしての卒業式を目指して貰いま~す。
 ……つまり成人の儀が終わったら、ほんとの卒業式になるの~。」
「母さん、そこだけ言っても分からないと思うよ。
 ようはな、人間としての卒業式が終わった後、
 強制的に成人の儀の準備が始まるんだ。拒否権もなし。
 儀式だから、父さんも母さんもサポートができない。
 急にドラゴンの生活をイチからしなきゃならん。
 秋奈さんがサポートしてくれるとは言え、相当大変だろうと思う。」
「秋奈さんがサポートするのは良いの?」
「それは問題ない。だが、最初しかサポートしてはいけないらしい。
 一通りの説明が終わった後は、自分の力のみでどうにかするしかない。」

……前途多難な気がしてきた。

「とりあえず、桜夜(さや)さん……でしたっけ?」
「はい、竜也(たつや)さん。これから1週間、宜しくお願いしますね。」
「よろしくです。桜夜さんは、母さんとどういう知り合いなんですか?」

桜夜さんはチラッと母さんを見ると、母さんがうなずいていた。

「まず、竜也さんのお立場から説明しますね。
 先程までの話の流れで薄々気づいてるかもしれませんが、
 竜也さんは秋奈(あきな)様のご子息なので、老爺(おじい)様の孫になります。
 そして老爺様は、竜巣(トライブ)の長老(おさ)です。」
「そうなんですね……。」
「続けますね。竜巣は、1つではありません。
 幾つもあり、それぞれで掟を定めています。内容は様々ですが、
 基本的に同じ部分も存在しており、成人の儀の内容は共通になっています。
 簡単に言えば『一人で生活できるか』というのが主な目的になります。
 他にもありますが、そちらは成人の儀とは直接関係ない話なので割愛しますね。」
「独り立ちの儀式なんですね。」
「そうです。ドラゴンの姿で、独り立ち出来るかが試されます。
 開始から3年後までに、成人の儀をクリアしないといけません。
 大抵の方は2年以内にクリアしていますので、竜也さんもそれを目指してください。」

……ため息しか出ない。急にドラゴンになって、1週間で独り立ちの試練。
何も知らないのに、2年以内に生活出来るようになれって無茶な気がする。

「竜也ちゃん、そんなに厳しくは無いから、大丈夫よ~。
 お母さんだって、ちゃんとクリアしてるんだから。
 それに老爺様だって、可愛い孫なんだし無茶させないと思うわよ~。」
「そうだったら良いんだけど……。僕は爺ちゃん?に会った事ないよ?」
「そりゃあ、お母さんが会わせないようにしてたし。
 老爺様は直ぐに自分の家に連れて行こうとするから、避けてたの~。
 ドラゴンの事は、大人になるまで言わないつもりだったから~。」
「どうして?」
「人間の世界に慣れてるのに、急にドラゴンの世界へ行っても困るでしょ?
 それに、行かなくて済むならそれでもいいかなって~。
 大人になってから、竜也ちゃんに決めて貰うつもりだったの~。」

いつもの母さんの調子に困る。
母さんは本当に何も無ければ行かせないつもりだったんだな……。

「母さんは、ドラゴンの世界に嫌な思い出でもあるの?」
「特に無いかな。あ、でも求愛されるのは面倒だったかも~。
 お父さんみたいな素敵な人が居なかったからね~。」

そんな事を言いながら、父さんに抱きつく母さん。照れる父さん。

「じゃ、竜也ちゃん。明日から1週間修行よ、頑張ってね~。」
「やってみるよ……。」

僕の『ドラゴン』としての生活が始まったのだった。
~2日目~ ドラゴンってナニ?

次の日。自宅からちょっと離れたところにある森の中の開けた場所に、
僕と桜夜(さや)さんの二人きりになった。

「では、竜也(たつや)さん。始めますね。」

桜夜さんが僕のネックレスを外した後、少し離れてから呪文を唱え始める。

「汝(なんじ)、古来(こらい)の姿を取り戻せ。竜の血よ、目覚めよ!」

言葉を受けて、身体がザワザワしてくる。
僕は立っていられなくなり、その場に座り込む。

「これから1週間、竜として……ドラゴンの生活を学んでもらいます。」

みるみると身体が変わっていく。手の指が5本から4本へ、爪も鋭くなる。
目線も変わっていき、背中から何かが飛び出て延びたような感じがする。

「ちょっとまって、ドラゴンの説明をまだ聞いてないよ!」
「実際に経験し、慣れて頂くのが最も早いと思いますので。」

目の前にいる青いベルベッドのスーツを着た桜夜さんが、
資料に目を通しながら言う。

「まずは、歩き方、爪の使い方からレクチャーしますね。
 空の飛び方やブレスの吐き方は、慣れてからにしましょう。」
「……うぅ、はい。」

一通り身体がドラゴンになってから、桜夜さんを見下ろす。
背丈はどうやら3mくらい、手の爪は指と同じく4本づつ。
足の指は前に3本、爪も同じ数。踵(かかとに1本の爪?がある。
見る高さも変わったが、視界は広くなったような気がする。
体色は、ほとんどが緑。ネックレスの色と同じ。
手の平側は白っぽいクリーム色。
見える範囲の腹や内ももとかもクリーム色のようだ。

「不思議な感じですね、これ。どうなってるんだろう……。」
「竜也さん、尾の長さや身体の大きさの感覚が全く違うと思うので、
 まだ動かないでくださいね。……そうですね、まずは座ってください。
 人間のときとは違って、四つ足で伏せる感じに。」
「ええと、こう?」

僕は、四つ足で伏せるように体勢を変えてみる。桜夜さんの顔が目の前に来た。

「そうです。尾の感覚分かりますか?後ろから前に回してみてください。」
「何か、尻から伸びてる感じがするから、こうかな……。」

尻尾の先が顔の目の前に来た。僕は今、ネコみたいに丸まってるのか。

「肩のあたり、背中に意識を集中して動かしてみてください。
 開いたり閉じたりしてるのが分かりますか?」

両肩の斜め後ろあたりを意識すると、広げたり閉じたりするのが分かる。
これが翼か。鳥のように羽ばたくのは大変そうだ。

「あ、飛ばないでくださいね。コントロール出来ないと思うので。
 四つ足で伏せて翼を閉じ、尾を丸めた状態、それが寝る姿になります。
 ドラゴンが仰向けで寝ようとすると、翼を痛めてしまいます。
 なので、仰向けで寝ることができません。覚えておいてください。
 ちなみに、寝る時間も人間と異なります。種族によって異なりますが、
 竜也さんの竜巣(トライブ)の場合は、12~20時間の方が多いです。」
「いつもと寝る体勢が違うから、寝れるのかな……。」
「すぐに慣れると思いますよ。」
「桜夜さん、質問があるのだけど。」
「なんでしょう?」
「僕、この姿だと何処で寝たら良いの?」
「洞窟の中になります。後ほどご案内しますね。」

僕がため息をつくと、桜夜さんは気にせずに説明を続ける。

「犬や猫のように、四つ足で歩くイメージをしてください。
 立ち上がると目線も上がるのでゆっくりと。」

問題なく歩けているのを確認すると、桜夜さんが先導する。

「洞窟はこちらです、ついてきてください。」

桜夜さんについていくと、僕が通っても少し余裕があるくらいの洞窟への入り口が見つかった。
幾つか分かれ道があり、桜夜さんについていかないと道が分からなくなりそうだ。
気をつけながら奥までついていくと、開けた場所に辿り着く。
見る限り、土も岩もそのまま。掘ったままかのような空間。

「ここが、竜也さんの今日から1週間の寝床になります。」
「……何もないし、土も岩も剥き出しだけど、ここで寝るの?」
「はい。ドラゴンは身体も鱗も頑丈ですので、問題なく寝れるはずです。」
「暑かったり、寒かったりは?」
「暑いのは有り得ないですね、竜也さんは炎(ブレイズ)に縁(えん)のある竜巣(トライブ)なので。
 寒い方も、この中なら特に問題ないでしょう。
 入り口には、盗賊除けに幻影(まぼろし)を付けて、見えなくしておきますね。
 今日はこの中で、動くのに慣れてください。あ、そうそう。
 まだ翼の筋力が不足しているので、羽ばたく練習を忘れずにしてくださいね。
 では、明日また来ます。」

入り口へ向かいそうだった桜夜を呼び止める。

「そういえば、トイレや風呂、食事はどうしたらいいの?」
「洞窟の中ですが、この部屋から出た左側に湖があります。
 そちらで水浴びする事ができるのと、魚も居るので食事も出来ます。
 トイレは先ほどと逆に右側にある部屋でお願いします。」
「……後で確認してみるよ。それと、あと2つ質問。
 爪の使い方と、羽ばたき方を教えて欲しいのだけど。」
「ごめんなさい、忘れてました。爪は、人間より鋭利で頑丈になってます。
 自分自身に対しては、人間のときと同じ使い方で大丈夫です。
 振ったり、掘ったりと自分以外に対して、爪を扱う時に注意してください。
 人間で指を10cm動かすのは、ドラゴンでは指が20cm動く……つまり、倍になります。」
「気をつけないとだね。……羽ばたき方は?」
「先程と同じように、両肩に意識を集中してください。
 集中したまま、腕を広げたり閉じたりするのを素早く行うイメージをして、
 それを維持してください。」

言われたままにすると、背中の方で風が強くなっていく。

「そうです、そんな感じです。……やはりまだ筋力が不足してますね。
 気がついたときでいいので、その練習をしてください。
 野鳥も雛のときは飛ぶ練習をして中々飛べないですよね?それと同じです。
 飛べるようになると、翼を開いたままで滑空したり、更に高く飛べたりします。
 ただこちらの……人間の世界で飛ぶと問題になるので、
 実際に飛んだりするのはドラゴンの世界でお願いしますね。」
「どんな問題になるの?」
「ドラゴンは無人航空機扱いになので、飛行禁止空域が飛べなかったり、
 航空法を遵守する必要があります。」
「ラジコンやドローンと一緒なんだ……。」
「なので、羽ばたいたり、軽く飛ぶのは問題ないんですが。
 42階くらいのタワーマンションビルくらい飛ぶと問題になります。」
「飛ばないほうが良さそうだね。」
「はい。……説明は以上です。羽ばたくと普段使わない筋肉使うので、
 筋肉痛になると思いますが、そのうち慣れると思います。
 他に質問はありますか?」

とりあえず必要なことは聞けた気がする。

「桜夜さんを呼びたいときはどうしたら良い?」
「そうですね、念じてください。同じ竜巣であれば、
 必要な相手に対して念じるだけで話すことが出来ます。」
「分かりました。」
「では、明日また呼びに来ますね。」

そういって桜夜さんは洞窟から出ていった。
しばらく歩く練習と羽ばたく練習をして、腹も減ってきた。
まず左側の湖を見にいくと、魚も泳いでいて、水も澄んでいた。
魚は生で食べるんだろうな……腹を壊したりするんだろうか。
水の温度は、少し冷たいくらい。そういえば、ドラゴンって汗をかくのか?
臭くはなりそうだから、毎日でなくても入った方が良い気はする。
あとで母さんに聞いてみよう。水分補給だけしておく。次は右を見てみよう。
右側の部屋に行くと、ちょっと広い部屋に大きめのスライムが居て、
他より窪んでいる場所があるだけだった。どういうことだろう。
さっそく聞いてみようか。

「桜夜さん、聞こえますか?」
「竜也さんですか。ちゃんと聞こえてますよ、どうしましたか?」
「トイレって言われた場所にスライムが居るんだけど。」
「そうですね。その子は飼育した調教済の個体で、危なくないですよ。
 排泄物を分解することに特化してるので、そこがトイレになります。」
「えぇーっ!?」
「そんなに驚かなくても。ドラゴンは鳥と同じで尿と便が一緒に出ます。
 あぁ、そうそう。ちなみに竜也さんの竜巣では、生殖器は、
 人間と同じで別に存在してますよ。」
「えぇーっ!?」
「サイズに関しては、私は存じ上げないので。ご自分で確認してください。
 では、また。」

……ちゃんと色々確認しておこう。
僕は、ドラゴンとしての初めての夜を迎えた。
~3日目~ 特訓の始まり

朝になって、桜夜さんが洞窟に現れる。

「おはようございます、竜也さん。昨日は眠れましたか?」
「寝づらくて体中が痛いよ。それに、トイレ!」
「トイレがどうかしましたか?」
「スライムに、その……。」

不思議そうな顔で桜夜さんが見てくる。

「人間の時のウォシュレットみたいに思えばいいんですよ。」
「無理無理。絶対無理。恥ずかしすぎる……。」
「今の姿が全裸なのは気にしないんですか?」
「そりゃあ気にするよ!でも、トイレよりかはマシ。」

僕が溜息ついてるのを気にもせず、桜夜さんは資料に目を通しながら言う。

「本日は、食べ物の採り方と、戦い方から説明しましょうか。」
「え?食べ物は分かるけど、戦い方?」
「はい。昨日、盗賊の話をしましたよね。実際、来るんですよ。
 ドラゴンが住んでる場所には、財宝があるって言われてるので。
 此方の世界ではなく、ドラゴンの世界での話ですけど。」
「ドラゴンの世界にも、人間は居るんだ。」
「違う文明の進み方ですけど、居ますよ。こちらでは電気や機械が発達した事で、
 今の文明を築いているのは説明不要ですよね。
 ドラゴンの居る世界は、魔術や信仰による精神と魂が発達した文明になります。」
「魔法とかそういうもの?」
「そうですね、魔法や魔術、精霊や神、超能力や幽霊と呼ばれるものの文明が
 発達していることになります。」

関心して説明を聞いていると、色々気になってきたので質問してみた。
どうやら訓練する必要はあるようだが、僕自身も魔法が使えるらしい。

「ということは、人間って相当強いんじゃないの?」
「そういう訳でもないです。先程申し上げた通り、訓練が必要なんです。
 訓練するためには顧問、杖や冠などの補助具が必要です。例外もありますが、
 これらはとても高価なので一部の方でしか扱えないようになっています。」
「貴族とかそういうこと?」
「似たようなものですね。王族しか扱えないとか、有名な冒険者とか。」
「なるほど。そういう人とは会いたくないなぁ。」
「ドラゴンの世界では、人間は短命な方なので、なかなかないと思いますよ。
 此方の世界のように、現代医療がある訳じゃないので、
 人間は40~50歳頃が平均寿命と言われています。冒険者も多いですし、
 そうなると更に短命です。ドラゴンは8~900歳、獣人は200歳、
 エルフやドワーフも4~500歳が平均。他の種族も比較的長命なのも居ます。
 精神と魂が発達していますので、肉体が滅んでも『生きて』る方も居ますよ。」
「それって記憶は?新しいこと覚えられるの?」
「正しく記載された文献がないので何とも言えませんね。」

桜夜さんが資料をしまって、手招きしてくる。

「まずは魚取りから始めましょうか。」
「そういえば、丸1日食べてないや。」
「毎日食事を食べても問題は無いですが、
 ドラゴンの姿であれば1週間くらい何も食べなくても大丈夫ですよ。
 泳ぎ方は慣れました?」
「ちょっとづつ、慣れ始めてきたところ。」

僕たちは昨日の湖のところへ行き、僕は湖に入って桜夜さんを見る。

「桜夜さん、そういえば人間の姿への戻り方ってどうすればいいの?」
「明日、教えますね。今はドラゴンの姿に慣れてください。」
「ちぇ。」
「泳ぎ方ですが、まず水中で目を開ける時に目に膜が張られるのは分かりますか?」
「うん、シュッて出てくるやつだよね。」

僕が陸上で同じことをやって見せたのを見て、桜夜さんがうなずく。

「そうです。目を保護するために出る、それが瞬膜(しゅんまく)です。
 ドラゴンの場合は主に水中と飛行中に使われますね。水中は説明不要ですよね。
 飛行する際にも速度が出るので、瞬膜が必要なんです。」
「そんなに速度を出せるんだね。」
「瞬膜をうまく使って、水中を見ると魚の位置も分かりますよね?
 手で捕まえるようにではなく、爪で突き刺すように。」
「やってみる。」

試してみると、桜夜さんが言ったとおり爪で突き刺すのが一番簡単だった。
何匹か仕留めて陸に上がる頃、既に焚き火が起こされていた。

「そのまま食べれますが、火が通ったものの方がいいですよね。」
「もちろん。」

桜夜さんが下処理を済ませて手際よく棒に刺し、焼かれていく魚を僕は眺める。

「ドラゴンの世界にも、魚も野生動物は居ますし果物もあります。
 仕留め方や採り方は似たようなものです。調理をしたいのであれば、
 そういう方を雇うか、自分で覚えなければいけないのも一緒です。」

こんがりと焼けた魚を僕に差し出してくる。

「人間の世界なら通貨で食事も買えますが、ドラゴンだとそうもいきません。
 自給自足生活みたいなもんですよ。」

苦笑いしつつ受け取る僕とは違って、終始楽しそうにしていた。
しばらくしてから、焚き火の後片付けも済み、桜夜さんに促される。

「じゃ、食事もしたことですし、戦い方の説明しましょうか。」
「戦い方って、爪?とかになるのかな?」
「他には、尾と翼とブレスです。魔法はまた今度。」

洞窟から出て、少し広い場所へ移動する。
尾を使う腰のひねり方や、翼を羽ばたかせての突風の作り方を教わった。

「次はブレスですね。まず、どういう仕組みなのかという話から。
 人間の男性には、喉仏(のどぼとけ)というのがありますよね?
 ドラゴンの場合、そのあたりに液状になった火袋(ひぶくろ)が存在します。
 この火袋の中にある液体が専用の管を通って口の中に出る時に、
 可燃性のガスが発生してブレスの素になります。口の中で着火したら、ブレスの完成です。」
「化学反応、なんだね。ちょっと意外。」
「火袋を使う場合はそうですね。喉仏を意識して口を広げながら大声を出すと、
 ガスが出ます。意識しなくても着火されてブレスを吐けますが、
 着火する器官自体は上顎の奥あたりになります。2箇所を意識出来るようになると、
 ガスが出るタイミングと着火するタイミングが調整できます。」
「桜夜さん、とっても詳しいんだね。ドラゴンなの?」
「いえ、私は違います。そちらに関しては、今は控えさせてください。」

調子に乗ってしまった気がして、バツが悪くなった。
桜夜さんは母さんたちに依頼されてるだけなんだなぁ……。
依頼が終わったら何処かに帰るのかな。ちょっと寂しい気がする。

「火袋を使わないブレスってあるの?」
「あります。魔力を使うブレスです。こちらは、今は少々難しいかもしれません。」
「どうやってやるの?」
「呪文によって、頭の中で意識して使用する形になります。
 ブレスは、『puster』ですね。頭の中で唱えながら口を開き、
 体の中心から喉へ魔力が流れるようなイメージをしてください。
 あとは身体が勝手にやってくれます。」
「使い慣れろ、ってことだね?大変そうだ……。」
「魔力の使い方も、コレで一緒に覚えてください。
 説明はだいたいこのあたりですかね。……よし、周囲には誰も見当たりませんので、
 今日はこのまま身体の動かし方とブレスの練習をして、
 夜になったら洞窟に戻ってください。私は少々用事もあるのでこれで。」
「そうなんだ。……戻り方は、やっぱり明日?」
「はい。魔力の使い方にも関係しますので、頑張って慣れてくださいね。
 では、明日。」

桜夜さんはそれだけ言うと森の中に消えて行った。
後は夜までトレーニング以外はやることが無さそうだ。

「早く人間に戻って、お風呂に入りたい……。美味しいご飯が食べたい……。」

愚痴っても、卒業式も試練も待ってくれない。分かっているけど。
僕は夜まで、一人でトレーニングに明け暮れることにした。
~4日目~ 一段落、そして

朝になると、桜夜さんが洞窟の前に現れた。

「時間通り……だね。おはよう。」
「おはようございます、竜也さん。」
「眠くて仕方ないよ……魔力使うのって疲れるんだね。」
「えぇ、そういうものですから。」

桜夜さんは、僕の様子をじっと見た後、少し感心したような顔をした。

「魔力のコントロール、少しは慣れたみたいですね。」
「昨日よりかは、ね。まだよく分かんないや。うまく説明できないし。」
「このまま数日練習すれば、大丈夫ですよ。」
「あ、そうだ。昨日言ってた、『人間への戻り方』を教えてよ。」
「そうですね。今日はその戻り方と、魔法を幾つか。
 後で魔法の説明が載っている書籍も何冊か渡すので、読んでみてください。」

僕の顔に触れながら、桜夜さんが呟く。

「本当は、竜也さんが何も知らないままで済めば、良かったんですけどね。」
「え、何か言った?」
「……いえ、なにも。まずは戻り方から試しましょうか。
 魔力のコントロールというか、『流れ』みたいなのが分かりますか?」
「それは何とか。」
「ブレスの時とは違い、その流れを体の中心に集めるイメージをしてください。
 それと、これを持ってください。」

渡されたのは、人間の姿の時に持っていたペンダント。
ドラゴンの姿になってから見当たらなかったのに気づかなかった。

「そのペンダントを持って、人間だったときの姿を思い浮かべてください。」

言われるまま、イメージしてみる。すると、段々と身体が小さくなっていくような気がする。
しばらくしてから目を開けると、人間の姿に戻っていた。……裸だけど。

「うわぁ、やっぱり!着てた服はどうなるんだろうと思ってたよ!」

慌てて背を向けて座り込む僕に、ローブを掛けてくれた桜夜さん。

「人間の服だとそうなるんですよね。」
「先に言ってよ!」

ついてた紐で、きっちりローブの前の部分を結んでから、溜息を吐いた。

「変身する時は場所を考えないとなのね、恥ずかしいし……。」
「そのうち慣れますよ。」
「絶対に慣れたくない。」
「これで戻り方は覚えられましたね。逆に、ドラゴンになるのは簡単です。
 体の中心を意識して、今度はドラゴンの姿をイメージしてください。
 変身するのに慣れたら、どちらの姿にも簡単に変身できるようになるはずです。」
「ありがとう、変身の仕方は、何となく分かった。問題は……。」

毎回毎回、全部脱いでからドラゴンに変身するとか、面倒くさいし恥ずかしすぎる。

「あぁ、変身出来る種族向けの服も、ちゃんとありますよ。
 ただ魔力の掛かった糸が必要な上にエルフしか編めないので、
 どうしても高額です。そのうち買えるといいですね。」
「なんで、エルフしか編めないの?」
「魔力のコントロールに長けてないと、糸が編めないんですよ。
 ドラゴンで編める方は見かけたことがないです。」
「へぇ……。」

では、と桜夜さんが僕を見つめる。

「あとは、魔法の使い方ですね。まずは竜巣に縁のある炎から
 練習してみましょうか。」
「はい。何すればいいの?」
「ブレスの使い方は覚えましたよね。人間の時は火袋が存在しないので、
 魔力で扱うブレス、『puster』しか使うことが出来ません。
 ただ、こちらもドラゴンの威力をそのままは扱えないので弱まりますし、
 人間がブレスを使う姿は流石に異様なので、おすすめしません。」
「使えはするんだ。」
「はい。必要に迫られない限りは使わない方がいいかと。
 なので、人間が扱える魔法の使い方を教えておきます。
 まずは『rund brann』、小さな火球を飛ばす魔法です。
 唱えたらすぐに、指差しした先に真っ直ぐに飛んでいきます。
 竜也さんはドラゴンなので、呪文を念じるだけでも発動できますが、
 人間の姿の時は唱えた方が良いでしょうね。」
「人間は、唱えないとダメってこと?」
「以前、人間が魔法を扱う場合は杖や冠などの補助具が必要という話をしましたよね。
 人間はドラゴンと違い、魔力と霊的な干渉力が不足しています。
 なので、霊的に助力を頼むためにも、補助具や詠唱が必要なんです。
 補助具は魔力の増幅とコントロール、目標への導線を作るためで、
 詠唱は、宣言をすることで共鳴場を発生させて、霊的に干渉するためになります。」
「大変なんだねぇ。」

他人事のように呟いてから、ルン・ブランを試してみる。
指差した先に飛んでいき、ぶつかると爆発する。威力は魔力の込め方で変わるようだ。

「魔法を扱える人間自体も、先程の話もあって少ないです。貴重がられるので、
 見せびらかさないほうが良いと思いますよ。」
「僕、剣術も何も習ってないから、今は魔法くらいしか使えないよ?」
「必要な時に使えばいいだけですよ。後は、治癒も教えておきますね。
 呪文は、『helbrede』です。簡単な治療はこれで済みます。
 この呪文は、癒す場所を意識して唱えてください。治癒速度を早めるものなので、
 治癒が難しいものに関しては効果が薄いです。
 あとは、書籍を渡しておきますので、そちらで覚えてください。」

そう言って、どっさりと本を渡された。あとで洞窟に本棚を用意してくれるらしい。

「本棚とか用意出来るなら、お風呂やベッドとかも用意出来たり?」
「出来ますよ。」
「先にやってほしかった……。」
「全部一度に教えたら覚えきれないでしょうし、ドラゴンの姿にも慣れないといけないので。」

桜夜さん、ちょっと意地悪してるんだろうか。

「もしかして、からかってる?」
「そんなことは、たぶん、ないです。」

やり取りしてる間に、人間の時に使えそうなしっかりとした個室が出来た。
ベッド、風呂、電気、パソコン、テレビ、エアコン、完備。本棚もあった。

「やっとちゃんと休める……。」
「あ、竜也さん。一通り教える必要があることは伝えたので、ココからは一人で頑張ってみてください。」
「えぇ、そうなの!?」
「卒業式の前日に迎えに来ます。それと、その時に現状のチェックもします。」
「現状のチェック?」
「試練をクリアできそうなのかどうか、ですね。」

時間もない、経験も足りない、卒業式まであと数日しかない。
焦る要素しか無いがどうにかするしかない。

「頑張ってみる……みます。」
「楽しみにしてます。あぁ、言い忘れてました。家具や機材も用意したので、
 人間の時にしてたことは大概出来ると思いますが。
 此方で、ドラゴンの姿を晒さないほうが良いですよ。」
「確かに、今まで見かけたことはなかったけど……。」
「お互いの世界への理解が今はまだ乏しいので、情報規制が強いんです。
 ドラゴンが本当に存在しているのも、世界のことも極秘です。
 存在を一部認知はしているが、不干渉。表向きは、干渉したくてもしない。
 今ならVRや着ぐるみと勘違いされることもあるでしょう。
 大混乱が起きるような事態が発生したら、不干渉では無くなります。」
「気をつけます……。」

桜夜さんが帰ってから、SNSに投稿をするのは止めておこうと思った。
生存報告くらいはいいよね。今まで毎日のように投稿してた僕が、
何日も投稿がないのは変だろうし。

「では、また。卒業式前日の昼にでも。」
「はい。桜夜さん、またその日に。」

ココからは、僕のやれることを、やれるだけ。
試練のためにどこまで出来るだろう。試練をクリアしたら?失敗したら?
報われるかは分からない。でも、出来ることをやってみるしかないか。
~卒業式前日~ 特訓の成果

卒業式の前日の朝。桜夜さんは時間通りに現れた。

「こんにちわ、竜也さん。」
「……こんにちわ。」

洞窟の前の少し開けた場所へ僕たちは移動し始めた。
僕が欠伸をしてるのも気にせずに、桜夜さんは言う。

「では、私からの試練を始めましょうか。」
「その前にちょっと質問してもいいかな。桜夜さんは何で母さんの事を知ってるの?」
「……そういえば、竜也さんのお立場と世界の違いについての説明だけでしたね。」
「同じ竜巣なのに、ドラゴンじゃないって話だったしね。」
「わかりました。私が同じ竜巣なのは、竜巣の方々に育てて頂いたからなんです。
 そして私は……ドラゴンではなく、人間『でした』。」
「『でした』って事は、今は?」
「今は、何て言うんでしょうね。所謂、『不老不死』になった、とでも言うんでしょうか。
 人の姿のまま、ドラゴンの方々より長く生きてしまっています。
 なぜこうなったのか、いつまで生きるのか。私にも分かりません。」

桜夜さんが寂しそうに俯く。

「竜巣の方々は皆さん優しいです。人間の私にも良くしてくれました。
 だからこそ、私より先に皆さん逝ってしまうのは悲しいです。」
「そうなんだ……。言いづらいこと聞いてしまって、ごめんね。」
「いえ。慣れて、ますから。」

そんな話をしてる間に、少し開けた場所へ到着する。
桜夜さんは、自分の服の裾を手で軽く叩いて、深呼吸をした。

「ちょっとしんみりしてしまいましたね。じゃあ、始めましょうか。」

桜夜さんが指を鳴らすと、周囲の空気の雰囲気が変わった。

「見える範囲で、結界を張りました。これでこの中を知覚出来る人間は居ません。ここ1週間くらいで覚えたことを全部出すつもりで、来てください。」

……暫く戦ってみたが、やっぱり桜夜さんは強い。こちらの攻撃が全部軽くいなされてしまい、まともに当たらない。疲れてる様子もない。
あと、試してみて思ったのだが、今は人間の姿とドラゴンの姿を素早く切り替えるのは難しそうだ。それが出来れば、戦い方も変わるのだけれど。
人間の姿で戦うのは厳しかったので、ドラゴンの姿で戦いを続行する。

「悪くはないんですが、飛び抜けて良いわけでもないですね。」

本に書いてあったことは一通り試した。これじゃあダメだ。
となると、何かアイデアを使わないと……、そうだ。

「大したことなくても数が多ければ、いなすのも大変だよね。rund brann」

大量の小さい火球を作り出して飛ばす。火球が飛び始めたときに、僕は魔力を練り始める。

「多くても当たらなければ、同じです。」

当たりそうなものだけ、桜夜さんはいなしていく。その間に僕は風を自分にまとわせて、電気を使い加速したまま桜夜さんに迫る。

「これなら。Flammeklo!」

炎を纏わせた爪で背後から切りつけると、桜夜さんはいなせずに爪を受け止めるが、直ぐにその場から消えて離れた場所に現れる。

「よし!やっと受け止めさせた……って火球がああああ!」
「不要になったら直ぐに消す用意もしておきましょうね。」

自分の火球を何十発も食らってちょっと痛いが、まだ大丈夫。戦える。
再度走り出した途端、桜夜さんに止められる。

「あぁ、もう良いですよ。試練の第一歩は問題なさそうなので、これで終わりです。」
「へ、そうなの?」
「はい。後は、竜也さんがこの世界に慣れたら良いはずですので。
 この世界では、ドラゴンはよく狙われる存在なので、嫌でも理解するでしょう。」
「……どういうこと?」

桜夜さんに治療してもらって、とりあえず人間の姿になって洞窟に戻り、話を聞く。

「竜也さん、アナタの世界でファンタジー世界って、どういうイメージでしたか?」
「勇者や冒険者が居て、魔王が居て、姫様とかがさらわれたり、魔王が圧政してたりして、
 勇者や冒険者が魔王を倒したり、姫様を助けたりってのが王道だね。」
「そのときに出てくるドラゴンって、どういう扱いでしたか?」
「魔王側のモンスターで、勇者に倒される事が多い、かな。」
「そこです。ドラゴンは狙われます。」
「それは何となく分かるよ。」
「ということは、竜也さんは、避けられない事があります。」

真剣な顔で桜夜さんに見つめられた。

「自分が生きるためには、人間を殺す事になります。その覚悟が必要です。」
~卒業式~ 一旦、人間の世界との別れ

「竜也ー。最近どうしてたんだ?付き合い悪くなってたじゃん。」
「色々知らない事実が増えて、暇が無くなってさ……。」
「なんだそれ。」
「そのうち、機会があれば言うよ……。」
「教えてくれないのかよ、けちー。」
「説明が複雑なんだよ……。」

今日は、卒業式。学校を卒業することになる。
俺の場合は、人間の世界も卒業し、今日からドラゴンの世界へ行く。
友達には説明が大変なので、今の所は海外に就職が決まったことにした。
急にファンタジーな話をしても信じてもらえないのは分かってたから。
俺だって言われたら信じられる気がしない。

卒業証書ももらい、卒業式も終わった。
家に帰ると両親と桜夜さんが迎えてくれた。

「竜也ちゃん、おつかれさま~。」
「竜也さん、おつかれさまです。」
「竜也、おつかれさま。友達への説明は済んだのか?」
「あぁ。とりあえず海外就職したってことにしたよ、卓(すぐる)さん。」
「わかった、じゃあその形で口裏合わせておくな。」

卓さんに頭を軽く撫でられた。撫でられたのは、いつぶりだろう。
ちょっと、こそばゆい感じもしたが、悪い気分ではなかった。

「母さん、桜夜さん。卒業式は終わったけどさ。
 どうやってドラゴンの世界にこれから行くの?」
「竜也ちゃん、慌てなくても大丈夫よ~。ほら。」

玄関のインターフォンが鳴ったので出てみると、
そこには見覚えのない和服姿の男性が2人立っていた。

「秋奈様のご子息、竜也様でよろしいか?」
「あ、はい。そうです。」
「本日より成人の儀を執り行うため、ご同行いただきたく存じます。」

後ろを振り向くと、両親と桜夜さんが玄関まで来ていた。

「竜也ちゃん。これからが正念場よ~。頑張ってきてね。」
「竜也、がんばってこいよ。無理はしないようにな。」
「竜也さん、いってらっしゃいませ。
 練習の成果を発揮できますよう、ご武運をお祈りします。」
「……行ってきます。」

3人に見送られながら、俺は家を後にした。

和服姿の2人に連れられながら、暫く歩くと近所の神社にたどり着いた。

「……ここは地元の神社ですけど。どこまで行くんですか?」
「この神社の西側にしめ縄のついた石があるの、覚えてますか?」
「そういえば、ありますね。」
「あの石のところまで行きましょう。」

石の前まで行くと、二人は石の西側と東側に分かれ、何やら唱え始めた。

「ここに、新たな竜巣の一員と成る者、
 竜也が成人を迎えた。竜巣の掟により、成人の儀を執り行う。
 この者を彼の世界へと導きたまえ。」

唱え終わるのと同時に石が光り始め、石の目の前に光が溢れてくる。
しばらくすると、石より大きい両開きの扉が現れた。
扉は、ひとりでに開き、中から光が溢れる。向こう側は見えない。

「さ、竜也様。この先からが、成人の儀の始まりです。」
「こちらをお持ちください。」

差し出された、手のひらサイズの水晶を受け取ると、それは手の中に沈んでいき、手のひらに竜をモチーフにしたような印が現れた。

「これによって、成人の儀が達成されたかどうかが分かります。
 成人の儀の最中に何かが起きた場合も、こちらで分かるようになっています。」

……あぁ、そうか。成人の儀とは言え、そういう可能性もあるのか。
これから行くのはVRでもない。本当にある世界。

「とは言え、竜也様はドラゴン。
 人間の姿の時に死亡した際は、ドラゴンの姿に戻ると同時に別の場所へ飛ばされ、
 安全な場所で眠り、回復します。回復が終わるまで起きれません。
 逆にドラゴンの姿の時に死亡した際は、魂だけの存在になった後、暫くした後に、
 肉体が再構成されます。こちらも再構成が終わるまで目覚めません。
 魂すら滅された場合は、本当に死にます。
 代わりに別のドラゴンが何処かに生まれますが、竜也さんという存在は消えます。」
「どちらにしろ痛みはあるんだろ?」
「それは当たり前です。復活出来るだけです。」
「魂すら滅されるなんてのは、よほどの悪さをして、勇者にでも狙われなければありませんよ。」
「勇者ってのは居るんだ。」
「居ますね。時代や状況によりけりですが。ほぼ見かけることはないでしょう。」

ちょっと気が重くなった。勇者には狙われたくないな。

「では、竜也様。行ってらっしゃいませ。無事に成人の儀を終えられますよう。」
「うん。行ってくる。」

こうして俺の成人の儀、ドラゴンの世界への一歩が始まったのだった。


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