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31 我を噛みし吾子の犬歯よ月に還す

 句集「むずかしい平凡」自解その31。

 抜けた乳歯を屋根などに投げて、次に生えてくる永久歯の健康を祈るちょっとした儀式は、まだ今も残っているんでしょうか。私も小さいころ、抜けた歯を夜空に投げたものです。小さい歯が屋根にこっと当たって、あとはしーんとした月夜。そのときの厳粛な気持ち、今も体の一部分に残っています。

 この句は、我が子のことを描いた句。

 小さいころ、この子によく噛みつかれたなあなどと思いながら、抜けた犬歯を投げたときの句。子どもってなんだかよく噛みつく時期があるんですよね。

 「月に還す」というのは、単なるレトリックではなく、ほんとうにそんな気持ちでしたね。今、月から授かったものの一部を月に還す、そんな気持ち。

 自分の子どもの歯なのですが、不思議と自分の小さいころのことも思い出されて、自分で作っていながら、自分で懐かしいと思える句。初めてなのに懐かしいという感覚を伴いながらこの句ができました。

 この句、意外と人気がありました。

 俳人今井聖さんから、お葉書いただき、この句を取り上げていただいたのは、意外でもあり、また感激でした。今井さんのイメージは、がつんとロックな俳人だったのですが、ナイーブなやわらかさを持っていらっしゃると知って、ますます尊敬。

 自分自身に深く根付いた句は、ほかの人の根にも届くのかもしれませんね。

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