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息子の障害について、リアルでは公表しない理由

私の息子は発達障害(ASD/ADHD)です。

この事を知っているのは、基本的には病院と学校と夫。例外として、私の姉には、息子が飲んでいる薬についてたずねられたので、ADHDのお薬を服用していると答えたことはありました。(←現在は、お薬は服用していません)

本人には、脳のタイプが他の人とは違うと言う事は常日頃から話してあります。お薬を服用する際にはなぜ必要なのかの説明もしましたし、疑問に思ったりした時にはその都度何度も説明してきました。お薬をやめる時も、本人や主治医と相談した上で中止しています。

そんな我が家ですが、息子の障害についてリアルではなぜ公表しないのか。というのには理由があります。今回はそんな私の頭の中のお話し。

障害についての告知や相談相手などには様々な考え方や対応方法があります。どの方法がその人にとって必要になるのかは、ケースバイケースです。どれが正しい、間違いと言うことはありませんし、どれが良い、悪いというものでもないと思います。

どのタイミングで診断が付くのかにもよりますし、その人の特性によってもかなり違いがあると思います。そして、本人の受け止め方も様々でしょうし、親やサポートする周りにとっても、置かれている状況や環境が違えば対応もおのずと変わってくるものだろうと思います。

あくまでも、一つの例として何かの参考になればと思います。

これまでに私が、息子の発達障害について相談した相手は

・主治医、病院

・スクールカウンセリングのイケメン スクールカウンセラー


・当事者カウンセラーさんによるメールカウンセリング

この3ヶ所だけです。

誰かにうちあけたくならないのか?と聞かれれば、『なるに決まってるw』そりゃあ泣きごと言いたいし、ただ言いたかっただけとか、聞いて欲しいとか、あるあるあるある∞無限にあるさそりゃwwwでも、リアルでは絶対に言わない。

※以下、変態の変態による、おかしな考え方

にゃんでなのか?

理由はいろいろあるけれど、最も大きな理由。それは、

邪魔されたくない

これに尽きる。本当に、98%以上これ。

息子にはいつか発達障害について伝えなくてはならない。それは彼が生きていくためにもとても大切な事だから。けれど、子どもたちがそうした事を上手く受け止められるのかは、成長の具合や、本人の心の状態によって全く変わってしまう。

私はそのタイミングをずっとはかっている。それがいつなのかを見極めなくてはならない。だから邪魔されたくないと思ってしまう。もちろん、何が起こるかなど分からないのだから、最悪のタイミングで、最悪の状態で伝わってしまったとしても、もちろんどうにかする方法を考え出して、共に乗り越えて行こうと腹はくくってある。にしても、先に楽を取る気は無い。私の心のメンテナンスの為に台無しにしたくはない。と。だから専門機関以外の場所で話をする事は無い。

そうした刺激にいちいち振り回されていると、本当に見なくてはいけない息子の成長具合や、日々の困り事か見えなくなってしまう。私の心にさざ波が立てば、それはいつしか大きな津波になりかねない。

だから、いかに空っぽにするのか。それしか頭に無いのだと感じています。大きく揺らされても、折れてしまうことなく揺れた幅分の視点の広さを持てるように。

私のように言わない、あるいは言えない、言いたいけど言えない。そんな人たちを増やしたいとはとても思えない。

当たり前の事として、
『へーそうなんだね。いろいろあるよね。』
そんな会話ができる日が来ることを望んでいる。けれど、現実はなかなかに、なかなかだったりするわけで、そんなこんなで、やっぱり誰にも言わないを通すと決めている。

そうすれば、本人の選択肢は増える。けれど、その方が残酷なのかもしれない。そうやってぐるぐるぐるぐる思考が周り抜け出せなくなることすらある。

信じて育てるしか道はないのだけど。

突然ですが、先日出会った素敵なnoteをご紹介♫
すばらしい視点で障害について教えてくださった、かともさんのnote。冒頭のフィクション部分が悲しいかな今ある現状です。そこからどのような視点を持って関わっていくのか。

障害者、発達障害グレーゾーン、というようなレッテルを貼るだけの区分けではなくて、ゾーニングするのなら『支援、合理的配慮が必要かどうか』という大きな分け方が良いのではないかと。
         かともさんnoteより

発達障害に限らず、配慮や支援の必要な子どもたちはたくさんいます。障害だから合理的配慮というのは、不思議だと感じます。

たとえば障害があったとしても、合理的配慮が必要ない場面などいくらでもあるのです。特性が上手くフィットしていればなんの問題も起こらない。そんな事は山のようにあります。

逆もしかり。障害ではなくても、配慮や支援の必要な場合もいくらでもあるのです。

心の問題などは特にそう感じます。息子のお友達には、低学年の頃にお父様が亡くなって悲しみを抱えている子どもや、先天性の病気で手術をしなくてはならない子など、大きな心の問題を抱えている子どもだけではなく、左利きの子、双子の子、お留守しなくてはならない子、親の仕事を手伝わなくてはいけない子、ハーフの子、外国の子、日本語を話せない子、お腹が弱い子、不器用な子、目が悪い子、食が細い子、姿勢が保てない子、お肌が弱い子、あげだしたらきりがないほど、みなそれぞれに大変なものを抱えながら、心に冷たい風を感じつつも、日々成長を繰り返しています。

どの子にとっても合理的配慮が必要な時や、温かい支援が必要な時があるものです。

子どもたちが必要な配慮や支援を受けられる。そんな家庭や、社会や学校であったらいいなと思います。

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