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【哲学小説】かよわきソマリア人

七海は葛飾から渋谷方面に向けてバイクを走らせていた。今日の予報では渋谷だけは雨が降らないらしい。それはきっと特別な事に違いないと思い、コンビニの仕事を急遽休みにしてピザパンを食べ終わると午後に切り替わる直前に家を出た。七海は大通りをバイクで走りながら自分の過去の思い出を振り返っていた。その中でどうしてもおかしな記憶が浮かんでそれに取り憑かれてしまった。彼女はソマリアの海で仲間達と船に乗っている。照りつける太陽と海の香り、そして仲間達の個性ある表情なんかがとても懐かしく感じられ胸がしめつけられた。絶対に体験したことないはずなのに、楽しくて仕方がなかった身に覚えの無い記憶がとても鮮明に浮かび上がってくるのだ。渋谷駅のあたりに着くと車道脇にバイクを停めてそのまま周りを眺めていた。七海はいま目の前にある現実がなぜかリアルに感じないのだ。そして何もする気が起きないままソマリアの記憶を再び呼び起こそうと努めてみたが、もう二度と甦ることはなかった。自分はたしかにあの海にいたのだ。そして仲間達と楽しく過ごしていた。なんで今ここにいるのだろう。空はたしかに晴れていた。七海はどこへ行こうか考えたが、答えは見つけられなかった。家にも帰りたく無いし、店にも行きたくない。そしてソマリアのあの海にはもうあの仲間達はいないのだ。

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