あと少しを続ける努力か、ダラダラしないべきか(v5-8 もぐらさんの悩み)
7月9日。日曜日。会社はお休み。なので、もぐらさんには出会いません。LINEも無し。ま、土日に会社のひととのやり取りはやりたくないですね。なんで、今日はもぐらさんの悩みでなく、今日はボクの悩み。
今日は独りバスケットの練習。暑くて汗だく。ちょっと雨に出会ったけど、すぐに止んだ。大人になってからやり始めたので、下手くそも下手くそ。疲れて身体も言うこと聞かず。最後の方はシュート練習ばかり。もう止めようかな。あと5球だけ。5球終るがうまくゴールできず。あと3球連続で入ったら。などなど。疲れて止めようと思ってからどのくらいの時間やったことか。。。子供達がたくさんコートに来たから大人は退散。
あと一歩だけ、もう少し、の積み重ねって大切なのか、うだうだ・ダラダラしてはダメなのか。時間が無限にあると集中できず非効率か。決められた時間内のみに集中して、終りと思ったら終らせる。そういう意識で物事には取り組むべきか。
今日の悩みは ”あとひと踏ん張りか、さくっと止めてダラダラしないか”、です。
案1:
やめようかな。もう充分かな。資料づくり、プレゼンの練習、イベント会場の設営、PR動画、アプリのバグ取り、取説のチェック、お客様へのヒアリング。いつやめるか。ま、いいか、これで。なのか、そう思ってからが勝負。あと10分、あと一回。とにかく、自分で終りにしようと思ったその瞬間から、もう1ターン取り組む。この積み上げが、自分の能力を高め、出来上がりの質を高め、評価を高める。大切なマインドだ。最後の一歩のもう一歩が将来を照らし輝かせる。
あるいは
案2:
最後の一歩の更にもう一歩。これが大切。止めようと思った後にこそ、踏ん張り、もう少し努力。これが大切。なーんて言われても、そしたら一体どこで止めたらいいの? 終りと思ったら終り。時間を決めて時間が来たら、終り。ずるずる、だらだら、うだうだ、やらない。それでイイではないですか。シャープに、終りは終り。時間であっても、自分の気持ちであっても、終りが来たら終り。短気集中。時間の制限もなく、もう一歩できると思うとダラダラになる。意識が初動からのダラダラを許容してしまい、実は非効率になり、成長が鈍化する。やめるときはやめよう!
あ、でも、もぐらさん、ボクは思うのです。案1でも案2でも、どっちでも良いと。ひとそれぞれですね。一方の考え方、人生じゃないと幸せになれない、なんてことはない。人生に「正しい答え」なんて無い。それに、第三の選択肢もあるかも。。。みなさまはどうなのかしら。
大切なのは:
1.
自分に素直に正直であれば良いのです。だから今の自分はこっち。わからない時は迷えばいいし、それから、えいや、でどっちかにすれば良い。結果から学ぶのだから。そして、何らかの経験・学び・気づきから、変わりたくなった時には変われば良い。変わる自分を楽しむのが人生だ。
2.
それに、正解は1つでは無く、自分も迷い、時と場合で変わりえるなら、他人も同じ。自分と違う考えやスタイル、らしさを批判しない、差別しない、受け入れよう。分断は後回し。類似に焦点。
3.
そして、大切な家族/恋人/仲間/友人が悩み、辛さを感じるその瞬間に、心を楽に落ち着かせ安心させられる温かい言葉を選びプレゼントする。正解は1つではなく、複数あると考え、相反する考え・言葉を心に蓄積しておこう。その時のために。
そんな風に思ったりします。みなさまはどうかしら。。。
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