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カートゥンガール2

     【ONETT FILM ltd.】
――遠い昔、はるか彼方の銀河系で――
「デェェェェェンってさ……始まんのはどう?」
「ちょっと……大袈裟すぎない?」
「それぐらいがちょうどいいんだって!」
僕の部屋。
彼女は玄関にセグウェイを置くと、すぐに手洗いうがいを済ませて、中古のボロボロソファに座る。
「そう言えば名前、聞いてなかったね。私はコートニー。苗字はグラース」
「苗字はいいよ。これから変わるかもしれないだろ?」
「あぁ、そう。で、キミは?」
「僕? あぁ、僕はオネット」
「苗字は?」
「苗字はこれから……」
「そっちは変わんないでしょ」
「サトウ……」
「オネット・サトウ? キミってハーフ?」
「そうだよ。ありふれた苗字だから、あんまり言いたくなかったんだけど」
「いいじゃん。フルネームだとかなり珍しいし、あなたも特別、この世にひとりっきり……でしょ、オネット?」

やっぱり彼女は史上最強最高だった。
僕を特別だって言ってくれる。
それに名前の響きもバッチリ。コートニー・グラース!
彼女のクラスを担任することになった教師が羨ましい。
だって、毎朝、出欠確認するたびに彼女の名前を呼べるんだから。
それも堂々と、仕事の一環として、先生の責務として!

「コートニー・グラース……」
「なに?」
僕は彼女の横に座る。
「一番だよ。これまで会ったどんな子より……」
「他の子にも言ってなきゃいいけど」
「言うはずないって」

そうして良い雰囲気まっしぐら。
彼女が僕の上腕を、僕が彼女の上腕を掴んで、顔を寄せ合う。
史上最強最高の……それはそれはもう熱い熱い……キス――。
――と、その直前だった。

「ゥオネットォ!!!」
突然、誰かさんの怒号が響き渡ったかと思えば、窓が割れた。
心臓を跳ねさせてる僕らの前に、そいつは唐突に現れた。
「「な、なに?」」
僕らほとんど同時に言う。
飛び散ったガラスの破片の上。
黒い宇宙服を着てるそいつは、周囲に煙をくゆらせながら、ダースベイダーみたいな呼吸音を響かせて唸るように言う。
「くぁwせdrftgyふじこlp……!」
僕とコートニーはお互いに目を見合わせる。
「キミ、今の聴こえた?」
「うん、聴こえたけど……お前の父親が私だとかそういうことは、たぶん言ってないんじゃ――」
「ah…くぁwせdrftgyふじこlp……ッ」
不平不満を訴えるようにそいつは言って、宇宙服の頭部に両手をかける。
すると、プシューッって音を立てながら、ヘルメットを……外した。

「相変わらずバカなのね、オネット」
髪を左右に軽く振り乱しながら、そいつは言った。
長さはロング。毛先が肩に触れるたびにピンク色の火花が散る。
色は紫と緑のツートン。
風景がピンク色に染まるようなこの感覚。
ハートでいっぱいのこの感覚。
「っていうか、それはそうだよね。過去に来たんだし」

この人、間違いない。

「私は15年後のコートニー・グラース。世界を守るために来たの」

未来のコートニーだ。


どうも、わたしはコートニー・グラース。
私にとってはかけがえのない『現在』だけど、まぁここでは未来から来たコートニーって言った方がいいかもだから、そう言っとくね。
22歳の時、運命の出会いを果たした私は――。
「ってことは今は、22たす15だから……」とオネット。
「37歳の、私……」と過去の私。
いちいち言わないで、と私は二人を𠮟りつける。

ごめん、話が逸れたね。
運命の出会いを果たした私は――。
「どう、オネット? 未来の私の方が魅力的に見えたりする? それともやっぱり今の私の若い方が……」
「目尻とか、口元とか、なんかキツいし……うん。今のキミの方が史上最強最高だかルァっ――」
ヘルメットで一度、オネットを殴った。
「いい? 私がここに来たのはね、世界を守るためなの。話の腰を折らないで」
「未来の私、やるね」
「それはどうも」

もう一度説明するよ。
運命の出会いを果たしてから二年後、私たちは結婚した。
名前はコートニー・サトウってダサい名前になって、オネットは自称バンドマン兼脚本家兼映画監督の無職でお金もなかったけど、それでも順風満帆だった。
ところがある日、いつも通りラヴの配達をしていた私に思いがけないことが起こった。
「もしかしてラヴが実の父親だったり?」
――無視。
配達先はラムフォードさんっていう人の家だったけど、でも結局、その人にラヴは渡せなかった。
「なんで?」
「なぜ?」
「その人が目の前で消えたから。光に包まれて消えたの。赤いハートだけ残して――まるで、ラヴになったみたいだった」


「あ、あのさ、未来のコートニーさん、自己紹介は終わった? それなら語り手を、僕に返してほしいんだけど」
「今返したよ」
今? アー、テステス、マイクテス、ほんとだ。
「ねぇ、未来の私」と現在のコートニーが言う「まだ世界を守るって話と、あなたがここに来たって話が繋がってないんだけど」
「大丈夫、ちゃんと説明するし、一番長ったらしいところはもう終わったから。それよりお腹空いちゃった」
そう言うと未来のコートニーは、僕の部屋にある冷蔵庫を勝手に物色し始めた。サンドイッチ、バナナ、ヨーグルト。やっぱり未来になっても、なんでも美味しそうに食べるコートニーだった。
「で、話の続きだけど、あとはシンプル――」

と、未来のコートニーが言いかけた時だった。
「ゥオネットォ!」
突然、誰かさんの怒号が響き渡ったかと思えば、天井に穴が空いた。
心臓を跳ねさせてる僕らの前に、そいつは唐突に現れた。
「な、なんだ!?」
僕の部屋はもうめちゃくちゃだった。
瓦礫の間に立つその男は言う。
「久しぶりだな、オネット。少なくとも俺にとっては、だが」
いい声。黒いアディダスのジャージ上下。
オシャレな癖毛にセンターパートってやつ。
かっこよくて、クールで、未来の僕だと思いたかったけど、違った。
「おいおいオネット。こういえば思い出すだろ? 俺は乳首を責めるのが得意だ、ってな」
ベン・ショウだった。しかも未来の。
「ちょうどいい機会ね」未来のコートニーは言う「彼に教えて貰いましょうか」
「教えるだと? 俺たちのクソみてぇな未来を? いまさらか?」
「だって、彼らは知らないもの」
「そうか。そうか、知らないんだな。だったら教えてやるさ、過去のオネットよ、コートニーよ」
ベン・ショウが僕らを順に見やる。
「ねぇ、この人だれ?」今のコートニー。
「あー……また今度説明するよ」そして僕。
「俺はお前を殺しにきたんだオネット! なぜかって? そうすれば、お前らのクソみたいなキスのせいで、この世からラヴが消えることも、俺の家族も友達も、人口の半分以上が消えることもなくなるからだ、以上!」
 世界から? ラヴが? それで人が?
 直後、すぐさまベン・ショウは僕めがけて闘牛さながら突っ込んできて――めのまえがまっくらになった。

――と、思ったけど、めのまえには未来のコートニーの背中があった。
ピンクじゃなくて赤い火花を散らしながら。ベン・ショウの突進を食い止めてる。
「まぁ合ってるけど、私と違うのはその結論! キスさえさせなければいいの!」
「抜かせ! お前は人のいないスクランブル交差点を歩いたことがあるのか! ひとりっきり、誰もいない、寂しいなんてもんじゃねぇ! それを分かった上での答えなんだろうなぁ、あァ!?」

なんかバトルが始まりそうだったから、とりあえず僕は動画配信を始めた。
「オネット? なにしてるの?」コートニーが聞いてくる。今の方のね。
「なんか面白そうだし、二人で配信者とかユーチューバーになった日の為に撮っとこうと思ってさ」
「うーん、賢いとは思えないけど……」


オネットの隣人、ゾーイー・プテルの部屋。
『ヘイガーイズ、ウィーハブバトルフォーユー!』
「音量でっか」
酒のつまみに生配信視聴。
それが彼の人生で唯一の楽しみだった。
「なんだ、こいつ。面白そうじゃん」
いつもVtuberにスパチャを投げてた。
そんな毎日がくだらなく思え、そんな自分にも嫌気が差してきたところ。
彼は見つけたのだ。
目の覚めるような新しいエンタメを。
『僕にもよくわかんないんだけどね、とにかく未来から来たガールフレンドと未来のその……知り合いがバトルしてるところ! みんな、見えてる? あっ、そうだみんな! 横にいるのが僕の史上最強最高のガールフレンド、コートニー・グラース。コートニー、こちら視聴者のみなさん』
画面の中央、コートニーという彼女の少し照れくさそうな顔がアップになった時、彼は感じた。
そう、パソコンの画面いっぱいにハートが満ち溢れていくような感覚を。
迷わず、彼は贈った。
スーパーチャットで、全財産が尽きかねないほどのラヴを。
「ええと、アイハブギフトフォーユー……と」
ゾーイーがコメントを打ち込めば、早速、配信者は反応してくれた。
しかしこの配信者、どこかで見覚えがある。

『わお、マジで! こんなにいいの! 見てよコートニー! わりと需要があるみたいだよ……って、うわ、なんかすっごい……波動拳みたいなのが飛んでって……でもとにかくスパチャありがとう!』

その瞬間、凄まじい衝撃。
ゾーイーの部屋の壁に穴が空く。
青い光が、ゾーイーの目と鼻の先を掠めてもう一方の壁へ。
画面の向こうにいた配信者が、穴の空いた壁の向こう側にいた。
そして、彼の目はコートニーに釘付けになった。

いわゆる『#コートニー現象』だった。
ちらりと見ただけで彼女に対する恋心が芽吹いてしまうこの現象。
その記念すべき10000人目、それがゾーイー・プテルである。

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