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もし、その一方の手で

坂を降ろうとする台車をしっかり掴んでいた。日々を手放すのが怖かったから。転がり落ちるのが怖かったから。でももしかしたら、片方の手でも十分だったかもしれない。不安なら、足でも何でも使って。

怖くて離せなかった、もしその一方の手で。



涙を隠すのに、いつも両手で顔を覆っていた。誰にも見られたくなかったから。どうせ、誰もいないところで泣いていたのに。

もし、立ち上がって涙を拭いて、そっと離したその一方の手で。


手持ち無沙汰で、訳もなく両手をポケットにしまっていた。自信があるように見せたかったから。ポケットの中は安全だという気がしたから。

でももし、そっとポケットから取り出した、その一方の手で。













何かを成せていただろうか。掴めたものがあっただろうか。拾えるものがあっただろうか。触れられるものがあっただろうか。











掴めるものが、あったかもしれないのに。

触れられるものが、あればよかったのに。












もし、空いたその一方の手で。









最後まで読んでくださりありがとうございます。読んでくださったあなたの夜を掬う、言葉や音楽が、この世界のどこかにありますように。明日に明るい色があることを願います。どうか、良い一日を。