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せめて私は、それを大切にしたいんだ。

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自分が書いた詩や小説等を集めています。
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2022年7月の記事一覧

【短編小説】縫い目

部屋を引き払う準備をしていた。住み慣れた部屋ではあったけれど。 夏は暑く冬は寒さの厳しい、古いアパートの一階、西の角部屋。薄いカーテンの向こう、風を迎え入れる掃き出し窓の先には、庭とも呼べないほどの小さな空間。 荷物をまとめてみると、思ったより少ないのだった。がらんとした部屋に大きなボストンバッグがふたつ。残りのものは捨ててしまった。もともと、これほど長居する予定もない土地だった。 これから生活が変わるというのに大した感慨も実感もない、しんとした自分と少ない荷物。まるで

【短編小説】地球最後の日

――地球最後の日に花を植えるようなものだよ。―― 彼はその時そう言った、首にタオルを巻いた軍手姿で。 お隣が空いてからまだ一年くらいだけど、もうこんなに草が伸びてる。僕がここを引き払ったら、この小さな庭もすぐに荒れていくだろうね。 こんなボロアパートの一階なんて、この小さな庭がついてる以外に良いところなんて大してないのに、ここに住むような人は大抵庭の手入れなんてしないんだよ。 楽しそうに笑っているように見えた。少なくとも、その頃小学生の私の目には。 私が代わりにお水