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軽井沢のバス事故に見る旅客運輸の立ち位置と経済について

まだ記憶に新しい、軽井沢で起きたスキーツアーバスが起こした事故から5年が経った。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021011501237&g=soc

当時大学生ら39人を乗せ東京を出発したツアーバスが目的地近くの峠道ガードレールから転落し運転士も含めた15名が死亡、25名が重軽傷という悲惨な事故だ。

当時、事故の一報がテレビで流れた際私はすぐに「きっとあのカーブかな」と思った。

バスが走行していた道路は碓井バイパス。隣接する碓井峠旧道のすぐ横に作られた新しい道路だ。

道幅は広く傾斜も緩い。普通に走行していれば然程事故が起きるような道路ではない。

しかし事故が起きた場所はすぐ先に元料金所があった休憩所スペースがあり、そこまでは直線になっている。最後のカーブを曲がれば休憩所が見えてくる場所だ。そしてそのカーブ手前から休憩所まではカーブの続く下り坂になる。

手前の安中市から峠道のバイパスを登り軽井沢に入る手前で下り坂になる。おそらく運転士は眠気と闘いながら間もなく軽井沢に到着する安堵感に気が緩んだのかもしれないし、頑張っても眠気に勝てなかったのかもしれない。どうしても眠くなってしまったが、あの休憩所まで頑張ろうと思っていたのかもしれない。若しくは持病があり気を失ったのかもしれない。仮に、登り坂で事切れてもアクセルを緩めれば停まるだけだ。しかし下り坂なら話は別で、車はどんどん加速する。なので事故を起こすなら下り坂途中のあのカーブだろうと思った。

そして前途ある多くの若い方が命を落としてしまった。

当該バスの運転士は元よりバスを運行するバス会社は世間やマスコミから注目されるに至り糾弾の的となった。そして逼迫した運営実体が明るみになり更に非難される結果となった。

当該バス運行会社ではずさんな運行計画の元運転士の管理すらもまともに出来ていない状況であったことから同情の余地は無い。

さてここで私が疑問視するのは、当該バス会社ではなくツアーを企画運営した旅行会社だ。

基本的にツアーというものは下請けの小規模バス会社が企画することはない。旅行会社がツアーを企画し、それに伴い観光地や食事の手配そしてバスの手配をするのだ。

事故が起きた当時、政府主導の規制緩和により旅客事業を興すことが容易に出来た為、小規模の下請けバス会社が多くあった。大手のバス会社で経験を積んだ人材が個人で事業を興すという流れが多いと思う。

結果 当然大手よりも安い運賃で仕事を引き受け会社を運営することになる。そうしなければ仕事が回ってくることがないからだ。同じ料金なら大手の方が断然安心、至極当然である。大手バス運行会社の下請けとして請け負うこともあるだろう。当然その際運賃は更に安くなる。

そしてそこに目を付けるのが旅行会社だ。

旅行会社はより消費者に対し魅力的なツアーを提供する為に"激安ツアー"という必殺技を展開する。

確かに利用者からすれば "激安" というキーワードは魅力的に映る。しかしその仕組みに対し疑問に感じたことはないだろうか。どこを削ればあれ程安くサービスを受けられるのか。単純に利益率を下げただけだろうか。

それは違う。

大元の旅行会社は様々な要素を削ることによって激安ツアーを実現させるのだ。もちろん利益率を下げるのもあるのかもしれない。

しかしそれだけではなく例えば食事や遊行施設ならば、依頼する施設に値段交渉をするだろうしサービス内容を簡素なものにするのかもしれない。

そして一番重要な箇所だが、バスを運行する会社に対しても運賃の交渉をするのだ。

この事故が起きた運行会社に対し旅行会社は、法令で定められた運賃よりも実に8万円も少ない19万円という文字通り「法外」な値段(下代)で依頼をしている。

理由として、「今シーズンの雪不足により客足が伸びず業績が悪化する事を憂慮しこの現状を加味した上で低料金での依頼を引き受けて欲しい」ということだ。ただツアーを企画した旅行会社のスタッフは「お客様の安全を削ってまで運賃を値切ることはあり得ません」とコメントしている。

しかしこの法外な運賃を押し付けたのは間違いなく当の旅行会社なのだ。

零細運行会社はこの依頼を断れば、次に仕事を貰える保証がない。会社としては、社の存続と何より従業員とその家族の生活を守る為にこの理不尽な依頼を受けなければならないのだ。

これは最早実質的に依頼ではなく限りなく"命令"に近い。

利用者が旅行会社に支払う料金を設定するのは当然旅行会社だ。こうして激安ツアーは誕生し利用者は嬉々としてそのツアーに参加する。

結果的に命綱である運賃を値切られたバス運行会社は、"高速道路料金の節約"  "車輌整備費の節約"  果ては  "人件費の節約"という禁じ手に行きつき "慢性的な人手不足" そして  "無理な運行"  という最悪のスパイラルに陥る。

これでは安全な運行など端からあり得ない。

念のために申し上げるが、これはバス運行会社を擁護するものでは決して無い。旅行会社も従業員の生活を守る為に様々な策を投じなければならない。

しかし、こうして値切ることによって運転士の命、何より一番優先しなければならない存在である"お客様"の命の安全まで削ってしまったことに気づかなければならないのではないだろうか。

乗客の安全を守りたいのならば、先ずは運行する人員の安全を守ることが一番の近道だろう。

そして消費者としてはそれを理解した上で、"適切な料金"  を支払い  "適切なサービス"  を受けることが何より大切なのではないだろうかと思う。

何も無理してお金も無いのに遊びに出掛ける必要なんて無い。

そして、そんな基本的な経済すら回せないような世の中を存続させている政府の責任は大きい。

誰もが当たり前に商いを行い当たり前にお金を稼ぎ当たり前に消費する。それは、普通に当たり前の世の中であることは小学生でも解る簡単な経済活動の仕組みだ。

デフレスパイラルの流れは必ずしも何処かのタイミングで止めなければ国は破綻する。

余談だが私はクーポン券を使うことが好きではない。ドリンク無料とかのサービスならあれば利用するが、レストランなんかで料理が半額とかのクーポンは使うつもりはない。何故なら昔そんなチケットを使おうと思いスタッフに渡したところ厨房に戻ったスタッフの「クーポン券入りました~」という声が聞こえたからである。明らかにクーポン用の料理を出すつもりだ。食材が古いのかもしれない、量が少ないのかもしれない。別のお店では食後精算時に出そうとしたら「注文する時に出してくれないと困ります」と受け取ってすらくれなかったこともある。

以来私は正規の料金をしっかり払い当たり前のサービスを提供してもらうことに決めた。

日本人の得意とする本来のサービスとは、不当に安く提供することではなく、当たり前の料金を頂いたお客様に「来て良かった、有り難う」と言って貰えるような木目の細かい、体温のあるサービスではないだろうか。

命を天秤にかけてまで安易な方策に逃げては駄目だ。




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