オオカミ村その十六
北の国の村で
さて、すべってすべってあっという間にオオカミたちは、地面に降り立ちました。山のふもとは、短い草でおおわれ、その向こうは、きらきらと光る氷の海が広がっていました。先頭をゆくロマの先には、海を背にした小さな村が見えてきました。「あれが、北の国の村トルドだ」と、ロマは皆に伝えました。氷の海上には、大きな海獣がたくさん横たわっていました。
北の村人たちは、ロマを見つけました。「おや、オオカミたちがきたよ」。「ロマが、久しぶりにお客さんを連れて来ているじゃない」。村人たちはロマのところに寄ってきました。「今日は、遠い国のオオカミたちをつれてきた。みんなはらぺこさ」。「そうかい、そうかい。おやおや、やせて小さいオオカミばかりじゃないか。たくさん肉を食べて元気をだしたらいい。その代わり、北のオオカミに肉を持って行っておくれよ」。「もちろんさ、ありがたい。肉を分けるのを手伝うよ」と、ロマが重たい海獣を陸に引っ張りあげようとしました。オオカミ村の皆も踏ん張って手伝いました。
ボジは北の村人たちに挨拶をしました。「オオカミ村の一等ボジといいます」。「あら、小さい一等さんだこと。はやく暖かいうちに肉を食べておくれ」と、村人たちは、口々に言いました。オオカミたちは、暖かいなま肉をほおばって食べました。お腹がいっぱいになっても、まだまだ肉は残っています。「さて、これから干し肉をつくるよ」と、北の村人たちは、手際よく獲物の皮をはがしていきました。「こいつは、トドゥっていうんだ」。「トドゥ?」とボジは聞きました「海に住んでいる大きな動物さ。今日のトドゥは格別におおきいから、これでしばらくは食べ物にこまらないよ」。北の村人たちは、トドゥの肉をテキパキと切り分けます。オオカミたちも、小さくちぎるのを手伝いました。
「獲物の血は、スープにするから、ちゃんとバケツに入れてこぼさないで!」と、後ろから女の子の声がしました。小さな女の子が口を真っ赤にして「暖かいうちに飲んだら、元気がでたわ。これでお父さんにも、スープを飲ませてあげることができる」と、せっせと働いていました。ボジたちは、とびきりのご馳走ですっかりお腹いっぱいになり、体もポカポカしてきました。「だいぶ元気になったみたいね、遠い国のオオカミさんたち。じゃ、干し肉にする分を、村までもって帰っておくれ」と、村人の一人がいいました。「案内は私がするわ、オオカミさん」と、小さな女の子がボジに近寄ってきました。「ロマ、この肉を北の国のオオカミに持って行っておくれ。でもおまえさんだけじゃ、大きすぎるね」と村人の一人が言いました。「ボジ、お前なら岩山を登れるだろう、一緒に行ってくれ」と、ロマがいいました。「それじゃナルミ、ぼくと村の手伝いを代わってくれるかい」と、ボジはナルミに頼みました。
「銀色のきれいなオオカミさん」と、小さい女の子はナルミに近づいてきました。ナルミは女の子を優しい目でじっと見つめていました。「獲物の皮もわすれないで」と、女の子を先頭に、ナルミとオオカミ村のみんなはトドゥの肉がいっぱい入ったカゴをいくつも村へ運んで行きました。
ボジは、ロマと北のオオカミ村へトドゥの肉を持って行きました「おお、これはまた、美味しそうじゃ」と、北のオオカミ村の一等さんは言いました。「それにしても、ボジどのは強い足をお持ちじゃ。それにこの重い肉の固まりをしっかりくわえて氷の岩をのぼってこられるとは」。ボジは一等さんとして嬉しくなりました。
「ラガルどの、おそれいります。僕たちオオカミ村の皆に、北の村の人たちは、たいそうしんせつにしてくれました。ありがとうございます」と、お礼をいいました。「いや、最初はなんと小さい一等じゃと、おどろいたのだが、そなたは、他のオオカミたちと違う種族であろうか」と、ラガルはたずねました。「僕はオオカミ村で、前の一等さんに育てられました。どこで生まれたかは、覚えていません」。「オオカミ村の前の一等どのは、知らぬ者はいない。それほど立派な一等さんに育てられたボジどの、ぜひ遠吠えをご一緒させてくれないか」と、ラガルは言いました。ボジは、一瞬ためらいましたが、ここで断るわけにはいきません。ラガルと一緒に遠吠えをすることに決めました。
ラガルが先に『サギ』の詩をうたい、その後長くやわらかな声で、遠吠えをしました。「ナルミの歌に似ている」と、ボジはびっくりしました。さて、ボジの番です、足を突っ張って、ボジは『お日さま』の詩を歌いました。北のオオカミたちが、いっせいに振り返って笑いました。ボジは、真っ赤になって息を吸って、思い切り遠吠えをしました。皆、地面に伏せて耳をふさぎました。轟音とともに、岩山の上まで氷の固まりが海から押し寄せて来たのです。一隻の舟が、その上に乗っていました。
舟から女の人と、小さな動物が降りてきました。「ようやく、到着したと思ったら岩山ね、ガシュ」と、その人は言いました。「リン、氷の中でこのままだめかと思ったよ。助かったんだ」。「そうね、ガシュの長い毛が役に立つわ。あ!あそこにオオカミたちが」と、リンと呼ばれる女の人は、すたすた歩いてきました。見たこともない服装をしたその女の人は、毛の長い猫を連れていました。「こんにちわ、オオカミさんたち。私の名前はリンというの。長い舟旅の途中で氷に閉じ込められていたの。どうか何か食べるものを下さい」と、ボジとラガルに言いました。「今、オオカミのことばを話された、リンと申すそなたは」と、ラガルは言いかけてやめました。リンの影はオオカミの姿をしていたのです。
2021年3月17日改訂 2014年2月16日、21日Gacebook初出
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?