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ライステラスの眺め


 バリ島のライステラスと呼ばれる田園地帯の眺めは不思議だった。ホテルや土産物や、民家が並ぶ通りの奥に広がるその眺めは、遮るものが見当たらず、いつもの距離感を失わさせるほどだった。

 突然現れたその眺めは、すべて曲線でできていた。
 そこには直線が全くなかった。

 人がつくった水田は、くねくねと曲がる川のかたちに似て、一段一段が微妙なカーブを描いている。それが幾重にも、高くなるほど小さくなって、階段状に重なっている。一つの段は、いくつかに区切られているが、それぞれの小さい区画もまた、曲線でできている。水田の外の縁は、周りの密集する植物と解け合って消えていく。
 ところどころで、水田の面が激しく動いているのが見える。水面に出た管から地下からの湧き水が勢いよく吹き出している。その吹き上がる水の動きで、風景の中で、緑色に同化し、透明に光っていたものが水であるのだとわかる。
 川は山のきわに沿って蛇行し、川ぎわまで密生している植物の葉かげになって、水の色は深く、濃い。川沿いの低い位置から、徐々に高い位置へと目をやると、シダや、ヤシの木のかたちがくっきりと現れる。広大な眺めの中でそんなふうに見えるほど、それらの植物は大きな一葉をもっている。

 この眺めの全体は正面性をもたず、一つの風景と向き合うという感覚をもたらさない。眺めの中に、あらゆる段階の大きさが、混ぜ合わされ、分けられることなく溶け込んでいる。近づいても離れても、この眺めは見るものをその中に引き込み、包み込む。ここでは、対象物として、風景の一部分を切り離すことはできないのだと思った。

©️松井智惠
2022年4月15日改訂  1994年8月26日 讀賣新聞夕刊『潮音風声』掲載


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