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オオカミ村其の三十一

「ばけもの探しと龍」

 ボジは北の国から、東に向かって歩き出しました。「ルカもみんなと氷の板に閉じ込められてるんだ」。ボジは、幻の王国での闘いで痛んだ足を引きずりました。「おっひさま~はぽっかぽか」と歌っても、誰も笑ってくれません。「東の国の化け物を連れてくれば、みんなは助かるんだ。もし、あいつがうそをついていなければ」と、ボジは前を向きました。昼も薄暗い北の国は、どんどん小さくなっていきましたが、ボジは振り返りませんでした。

 突然激しい雨が降り出しました。ボジの毛並みは雨で濡れたせいで、いつもよりも赤い色が濃くなりました。このままじゃ「びっしょびしょ~」と、ボジは身体を舐め始めました。どんどん雨はつよくなってきたので、ボジは大きな樹に向かって行きました。二本の木がからみあって、大きな幹の先には葉っぱがたくさんしげっていました。「ここなら雨にぬれないや。でも、大きな樹だなあ」と、ボジは根っこに座って「ふう」と、一息つきました。

 ボジの背中の大きな水滴が、ぽろぽろ土に落ちて行きました。 「やれやれ、まだ東の国までどのくらいなんだろう」と、ボジは思いながら、ふりしきる空を見上げに登って行きました。樹の上でひとしきり雨宿りしたボジのお腹はぺったんこで腹ペコになりました。真っ黒な雨雲の間に丸い小さな穴があいて、光がさしこんできました。ボジは、「おひさまだ!」と木の枝のてっぺんから見上げました。
 真っ黒な雨雲はほどけて、だんだんひかりは大きくなっていきました。「おっひさま~は、ぽっかぽか~」と、ボジが嬉しくて大声で歌いました。ピカピカの光が、雲を照らしています。大きな大きな鱗がかたまってゆったりと姿を現しました。

 「わ!わわ!」ボジは樹から落っこちそうになりました。「小さい若いオオカミよ、赤毛のお前はどこからきたのじゃ」と、大きな鱗が姿をあらわしました。「りゅ、りゅう、りゅうおう様」と、ボジは、必死で短い首をたれて挨拶しました。「ほっほっ、お前がボジじゃな、その名は、私たちにも聞こえておる「あ、ああありがたくぞんじますり」と、ボジはもう気絶しそうになりました。「赤毛のボジよ、お前はオオカミ村の一等さんのはずじゃが、一人でなぜこんなところにおるのじゃ」と、銀龍さまはいいました。

 「ぼくは、北の国でオオカミたちや村人が閉じ込められているのを、助けないと」と、ボジはいいました。「ほう、地上ではやけに騒がしいことよ」と、銀龍は首をかしげました。「幻の国で、ぼくたちは、たたかいました。紫玉という恐ろしい天女から皆を助け出すには、『東の国の化け物をつれてこい』と、命じられたのです」「ほうほう、そなたたちは幻の国へ行ったのじゃな。龍族はお前たちのすることに、かかわることは禁じられておるが、とある者との約束があるのでのう。幻の王国とは、また懐かしいところでの戦いじゃのう。紫玉も難儀なことを言いよることよ。ばけものがおるところに、そなたを連れて行ってしんぜよう」と、銀龍はいいました。
 
 「銀龍さま、ありがとうございます」と、ボジはむねがドキドキしながら、お礼をいいました。「さて」と、銀龍がボジを前足でつかんで、空へ飛び立ちました。ものすごい速さで、雲の中に入ったと思えば光の輪っかの中に飛び込んで行きました。色とりどりの雲が重なって、広い広い、地平線にいくつも浮かんでいます。
 初めて見る景色に、ボジは目を奪われていました。「ふぉっふおっ、ボジよお前たちには、ふだん見えていないであろう。あの雲が地上でのことを教えてくれるのじゃ。ばけものとやらは、右から三番目の雲の中にある東の国とみた。しっかりつかまっているのじゃぞ」と、銀龍さまは、ぐんと勢いをつけて飛んでゆきました。ボジはしっかりと前を向きました。

「ボジ、しっかりとつかまっておるのじゃぞ」と、銀龍さまは、右から三つ目の雲のなかに入って行きました。ボジは激しい渦巻きのなかで、吹き飛ばされないように、必死に銀龍さまにしがみついて目を閉じました。水や砂や氷や炎の粒がぐるぐるとまわっている中を通り抜けると、物音一つない、静かなところに銀龍さまは、降り立ちました。「ボジ、もう目をあけて、わしから降りるとよい」その声で、踏ん張りすぎて、まるで息の止まった石のようになっていたボジは、「ふう、ふう、ふう、銀龍さま」と、いうのがせいいっぱいでした。

 「小さいオオカミの一等よ、よくがんばったのう。ふおっふおっ。初めてじゃオオカミをここに連れて来たのは」。ボジは銀龍さまの背中から降りて、あたりをみまわしました。「銀龍さま、ここが東の国ですか」 「ここは東の国のさいはてにある、こぶ山に囲まれたちいさな泉じゃ」こぶ山は高くそびえていて、地面も湿っていました。光のあたるところは、みどりいろの苔でおおわれていました。
 「ぐう」と、ボジのお腹がなりました。「ふぉっふぉっ。オオカミはお腹もすっからかんであろう、これを食べるがよい」と、銀龍さまは苔をむしゃむしゃと、たべはじめました。「うむ、なかなかうまい苔じゃ」と、ひと岩の苔をすっかり食べてしまいました。ボジも、初めて苔を食べました。「うう、あまり美味しくないや」と思いましたが、なんといっても龍の食べる物ですから、きっと力の元がいっぱいでしょう。ボジも一生懸命たべました。

 「さて、オオカミよ。そなたは化け物を探しておったようじゃのう。ここにその化け物やらがおるぞ」と、銀龍さまは泉の中に入って行きました。ボジもおそるおそる、足を入れてみると、暖かい良い香りがしています。「こんなところに、化け物がいるのかなあ」と、ボジはバタバタ手足を動かして泳いでいきました。泉の中ほどに、ちらちらと赤い色が見えました。「あれじゃ、あの小さな赤い魚達をその幻の王国とやらに連れて行くがよい」「え?あんな小さな魚が化け物なのですか、銀龍さま」と、ボジは、少しがっかりして言いました。「あの魚達をボジ一人で連れて行くことはできぬであろう、赤龍どのをお呼びせねばならぬ」と、銀龍さまは咆哮をあげました。

 「おお、八大の龍王のお一人、大トンガリ山の北からまいられたアノクダツ様、光栄に存じます」と、赤龍さまが挨拶をしました。「閻浮提では、水の流れはいかがであろうか。龍族の我らは関せぬことじゃが、どうやらこのオオカミの申すには、水を凍らす術を持って水脈を止めておる者がおるそうじゃ」と、銀龍さまは、言いました。「地上界のことは、時折ショーリが話を届けてくれるのですが、水脈は地脈を司りますゆえ、私赤龍としては、由々しきこと」。少し鼻息が荒くなった赤龍さまは、真っ赤な鱗を剥がしては、赤い魚に変えてゆきました。

 「ぼくは、オオカミ村の一等ボジと申します。このようにお話することを、お許し下さい、赤龍さま。ぼくの村のオオカミや、北の国のオオカミや村人が氷に閉じ込められました。化け物を連れてくると、術を解くと紫玉という恐ろしい仙女が」ボジがそこまで言うと、銀龍さまが「紫玉とは異国からのものか」と、たずねました。「いえ、だれにもわかりません。ただ、ぼくたちオオカミを狙っているのです」とボジは言いました。「どうであろう、地脈を司る赤龍殿、この大事な御身の分身たちを、このオオカミの言うところまで連れて行ってもらえぬか」と、銀龍さまはいいました。

 「地上のこととはいえ、私どもの流れをふさいでおりますゆえ、溶かさねばなりますまい」。そういうと、赤龍さまは、赤い魚達を物凄い勢いで腹いっぱいに飲み込みました。「さて、オオカミよ、そなたの望み通り化け物を連れてまいろう。北の国の幻の王国じゃな」と赤龍さまは、ボジを爪でしっかりとつかまえられていました。

 「ボジとやら、ここでお別れじゃ。あとのことは、また伝えきこうものよ。ふぉっふぉっ」と銀龍さまは、ボジと赤龍さまを見送りました。ボジは、少し寂しい気持ちになりました。「行ってまいります、銀龍さま」ボジの遠吠えは赤龍さまと一緒に渦巻く雲の中へ、消えて行きました。

©松井智惠        2023年6月6日改訂 2014年12月3日FB初出

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