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記憶

眠れないことが続いている。

最近休職期間に入ってからというもの簡単な家事や買い物以外では、ほとんど身体を動かしていないことに気がついたのである。

眠れないのも当然ではないだろうか。
そりゃ疲れていないのだから。

なので、夜の散歩に出かけることにした。

「20:02」
散歩コースは特に決めず思うがまま歩みを進めた。

何となくで自身が通っていた小学校まで行った。数分で校門まで着いた。思っていたより近かった。子供の時分には随分と長く感じたが。

何だかこのまま帰るのは勿体ない気がした。
ので、どうせならとそのまま中学校にも行ってきた。

道中で、かつての友人達の家の灯りを眺めていた。みんな今は何をしているんだろうか、大人になりどうなっているのかを想像した。

ものの20分弱で中学校の正門まで着いた。
正門には長い石階段がある。
階段の頂上付近に腰を掛けて物思いに耽った。

感傷的な気持ちになる。

田舎の夜は静か過ぎる。まだ、21時前だというのに道すがら人っこひとり歩いていない。まるで深夜みたいだ。


20代前半の頃

私は、老若男女十数人が深夜の豊洲駅に集合して目的地も分からぬまま夜通し歩くという怪しいイベントに参加したことがある。

そのイベントは当時NHKかなんかで特集されていた。SNSでも一部話題になっていたりもした。

サブカル好きな私は、そのアングラ感溢れる雰囲気に誘われて即刻イベントへの応募をした。

当日「0:00」

その時間帯の東京メトロ豊洲駅は利用客が疎らだった。トンネルみたいな駅構内を進んでいくと集合場所に着いた。

既に参加者風のそれらしい男女が数人待っている感じだった。お互いアイコンタクトをして無言のまま右にならえで待機した。

すぐに主催者がやって来てみんなを集めて少し移動を始める。ひらけた場所まで行くと、みんなに間隔を空けるように促した。

そして、イベントの趣旨説明とみんなで簡単な自己紹介をしましょうという流れになり、最後に怪我防止のために準備運動をした。

その時初めて知らされたが、豊洲駅〜幕張海浜公園まで歩く予定らしかった。春先の東京は深夜ともなると肌寒かった。薄手のジャケットとストールくらいしか防寒グッズを持っていない私は早くも参加したことを後悔していた。鼻水ずるずるだった。

主催者の号令で道中何度か止まり、その場所や地域の小話をしてくれた。その時に何を話していたかは覚えていないが興味深く面白かった記憶がある。

歩いてる中で、参加者はそれぞれなんとなくでグループを作っていた。ほぼ全員が初対面っぽい感じだったので探り探りでみんな接していた。

私はというと、自然と近くを歩いていた同世代の男性にどちらともなく話し掛けていた。寒いですねみたいなことから始まり、お互いの身の上話になった。

彼の名前はたしか、ダイ君だったと思う。テレビ業界を夢見るアルバイターだと言っていた。専門学校へ入るための資金を貯めているらしかった。

かくいう私は、ブラック気味なIT企業に勤めるサラリーマンだった。いろいろくたびれていた。今と同じで。

お互いに夢のこととか、未来のこととかなんか熱い話をした気がする。若かったな。

そして、彼とは最後まで一緒に歩くことになった。

豊洲駅からスタートした我々は、団地が立ち並ぶ住宅地や繁華街エリア、高速のインターチェンジ、タワマンが建ち並ぶ海浜エリアと歩いていった。

深夜の街並みは神秘的な雰囲気に包まれていた。

不思議と初対面の人ともすんなり喋ることが出来た。深夜の薄暗い環境は相手の顔がよく見えず、コミュニケーションの恥ずかしさを忘れさせてくれていた。

海浜幕張公園に着く頃にはもう身体はへとへとだった。後にも先にもあんなに歩いたのはこの時が最後だと思う。眠気も限界に近かった。

空は明るくなりつつある。夜明けは近かった。

主催者が再び参加者全員を集めて終わりの挨拶をする。そして、1人ひとりに表彰状を手渡してくれた。"あなたはイベントを歩き通すことができました お疲れさまでした"みたいなやつ。

今でもその表彰状は大事にしまってある。

イベントは終了した。

参加者は各々惜しみながらも解散を始めた。

私はダイ君と最寄りの駅まで一緒に歩いて行った。その時に折角だからとお互いに連絡先を交換した。彼は帰りの電車が違う路線だったので、駅まで着くと「じゃあ、また」とすんなり別れた。

今思えば、ファミレスとかに移動してまだ話をしたかった気がする。が、早朝だったし眠かったしお金もなかったので引き留めることはしなかった。

その数ヶ月後に私は東京を去った。

そのため、ダイ君とはそれ以降関わりを持っていない。彼のLINEのアイコンが変わる度に元気でやっているんだろうなと想像するのみである。

これは7,8年前のことである。

あのイベント楽しかったなと、ふと思い出してネットで検索してみたら跡も形もなかった。夢か幻だったのだろうか。

でも、確かに心の中にはあたたかい夜の記憶があった。


「8:42」

スマホのバッテリーが35%になったので家に帰ることにした。最近、この町では猪や熊が出るらしい。まさかとは思うが微かな物音にビクつきながら歩いていた。

何事もなく無事に帰宅した。

程よく身体には疲労感が纏わりつく。

今夜はちゃんと眠れるだろうか。

夏の夜は短いから。

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