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短編小説 【僕の愛は相当辛抱強い】

*誕生日の花束*

「すいません。誕生日に花束を贈りたいのですが、このピンクのガーベラとかすみ草を入れて作って貰えますか」

8月28日、また今年も来てしまった。

「それをここに送ってくれますか」と送り先住所と受取人を書いたメモを花屋の店員さんに手渡した。僕は23歳から38歳のいままでこんな事を毎年続けている。

もちろん一度も相手から返事はないし、僕もそれを期待してもない。ただ自分の気持ちを大切にしたかった。相手にとってはおそらく気持ちが悪いだけだろうけど。

でも今年はこれまでとは少し違った。花束に手紙を添えて貰った。僕の気持ちをもう一度だけ彼女にぶつけてみたかった。

15年間一度も反応がないのだから、思いは砕けるに決まってたけど、40を前に現実をハッキリ僕にわからせたかった。

*彼女への手紙**

 史枝、ずいぶん久しぶりだね。最後に君に会ってからもう15年になる。君は幸せに暮らしているだろうか?僕はずっとそう問いかけながら生きてきたんだ。

僕は新卒で入った会社を3年で辞めて、アメリカに渡った。そこで3年程勉強し、それから米国系のアパレル企業の日本法人で勤めている。

もうすぐそこは辞めて、これからは海外のアパレルブランドを日本で展開するビジネスの会社を始める予定だ。

これまで充実した職業生活をおくってきたと胸を張っていえるけど、仕事にどっぷりと浸かりすぎてプライベートではとても充実していたとは言えない。同僚はみんな家庭を持ってるが、僕だけいまだに独り身だ。これからはプライベイトも充実させて、また仕事に打ち込みたいって思ってる。

あの時、君となんとなく別れたようになったけど、僕はもうすぐ40歳。僕はそろそろ自分の時計を前に進めたい。もう一度確かめたいんだ。

一度会って欲しい。今更何をって思うかもしれないけど、僕の心はあの日のままなんだ。君からハッキリ振られた思いがないから僕は前に進めずにいる。もちろん君に迷惑をかけるようなことはないから安心して。

会ってくれるようなら、君のメールアドレスか、電話番号をSMSで教えて欲しい。待ってます。


*返信***

一週間後、僕は一通の手紙を受け取った。

”小平君、お久しぶりです。史枝の母の静枝です。あの頃あなたたちは本当に仲の良い双子のような2人でしたね。今でもハッキリ覚えています。

私は心の中ではあなた達が一緒になってくれればいいと思ってました。でも、あの子はそうはしなかった。いやそう出来なかったの。

誤解しないでね、あなたの事がどうこうじゃないの。あの子にはあなたと一緒になれない理由があったの。あなたには伝えてなかったようね。あなたが納得できないのは理解できるわ。

あの子はね、あなたがこの街を去っていった時、膠原病にかかっていたの。自己免疫疾患の病気でね、いろんな症状が出るの。顔に赤い蝶々のような紋様が出たり、熱だでたり難しい病気なの。

あの子はあなたの事を今でも愛してるのよ。だからこそあなたから離れていったの。でもどうしても他の人が好きになったとか、そんな理由をあなたに言ってあげられなかったそうよ。赦してやって。

以前よりずいぶん調子は良くなって、治療をしながら短い時間だけど働いてるのよ。症状が出て入院したりもするけれど、一生懸命に生きてるわ。

あなたの手紙を貰って随分迷ったみたいだけど、どうしてもあなたには会えないと言ってるの。あの頃の自分と大きく違った自分を見せたくないって。

私もその方が良いと思うの。余程の覚悟が無ければ会ってはいけないと思うの。あなたにはあの頃のあの子との想い出を持って生きて欲しいの。ほんとうにごめんなさいね。どうぞお元気で。

追伸
あの子の部屋はあなたが送ってくれた花のドライフラワーでいっぱいです。あなたの幸せをあの子と2人で祈っています。


*再会****

僕は手紙を読むと直ぐに財布と携帯だけ持って羽田空港に向かった。居ても立っても居られなかった。彼女のためなら、僕はいつだってどんな覚悟だってできる。

羽田空港からY空港に着くと、あの人の実家へタクシーで向かった。我ながらこんなに情動的でこんなに行動力があるなんて。

タクシーは空港通りからあの街へと続くバイパスに入った。バイパスを20分くらい走って、タクシーはバイパスからシャッターの降りた店が多く並ぶ市街地を突っきった。街の外れにある小高い丘を登るとタクシーは彼女の実家の前で止まった。若い時に何度か訪れた懐かしい彼女の実家だ。

家の脇の小さな庭にインディゴのサロペットに赤いロンTを着ている女性が白い薔薇の手入れをしている。麦わら帽子で顔は見えないが間違いなく彼女だ。僕の記憶にある彼女よりずっと細かったが、それが25年後の史枝だった。

僕は「チカエ」と声をかけた。彼女は怖々とゆっくり声がした方を向いた。僕を見た彼女はお化けを見たようなあり得ないというような顔をした。

僕は門扉を開け放って彼女に走り寄り彼女を太陽に向かって抱き上げた。彼女は昔のままだった。肌の調子が少しくらい悪くたって、少しぐらい皺が出来たって、彼女は僕が15年間思い続けた彼女だった。

僕は彼女に言った。「僕の愛は相当辛抱強いだろ?」

「うん。そして情熱的ね」彼女はそう言って僕の胸に顔をうずめた。

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