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大学サッカーに価値はない



久しぶりに、第2のふるさと岡山県にきた。


「明日家空けとけよ!」
「急すぎるだろ!無理な!」

4年間ほぼ毎日一緒にいたサッカー部の親友に、電話をかけた。

無理と言いながらも、僕が到着する時には仕事を早めに終わらせ、家の鍵を渡してくれた。

そして、結局その日に泊まらせてもらえることになった。
普通は前もって言うのが常識だ。

でも、この時だけなぜか学生時代のあの頃をノリを思い出した。

もう僕らは社会人となり、怖いものもなかった、なんでもできると思っていたあの頃ではないのだ。

PK大会のイベントを福山で行うため、岡山に寄り道をしていた。

「スポーツであの時の感情をもう一度」

また、イベントについては気が向いたら書こうと思う。

こんなことを言いながら、多分書かない。笑

だから写真一枚で、何か感じ取ってもらえたらいいな。


第2回、開催後にまた考えよう。

PK王in福山(来場者約250名)
発起人 石津大地

さて、そろそろ本題に入ろう。
長いのはみんな嫌いだし、僕も文章を読むのが好きではない。

なぜこの頭の中、お花畑のオレンジマンがnoteを書こうと思ったのか。

それは、ふとした瞬間訪れた。

『大学サッカーを続けていた理由ってなんだったんだろう?」





大学サッカーに価値はない


サッカーを始めたのは、兄の影響もあり、4歳とかなり早かった。

そこから徐々に、サッカーというスポーツにどっぷりハマり、小学生の時にプロサッカー選手を目指し始めた。

そこからは、サッカー漬けの毎日だ。

そして高校生になれば、全国高校サッカー選手権という憧れの舞台へ出場するために日々練習を重ねた。

当時、チームとしては出場はできたものの、1秒もピッチに立つことはできなかった。

心残りしかなかった。

悔しい気持ちがあり、当たり前のように大学でサッカーを続けることを決めた。

しかし、当然プロサッカー選手になるということは簡単ではない。

僕の大学は、280名の部員がおり、入学と同時に11人という椅子取り合戦が始まるのだ。

2年生の終わりぐらいになると、TOPチームにいない僕はなんとなく無理なのかなと思い出してきた。

でも、特にサッカー以外にやりたいことはなく、何かやらなければいけないと、将来への不安を考えるようになった。

僕たちからサッカーが失うのは、こんな感覚に近い。

コロナの時のような、緊急事態宣で何もできなくなることと、(サッカーがなくなると何もできない。)終息の目処が立たない不安、(卒業後の不安)と全く一緒なのかなと。

コロナは時間がたち終息がきた。

しかし、僕らの不安は(体育会学生)時間がたっても終息はこない。

僕は自分と向き合う時間から逃げてきた。

体育会学生は、週6の練習があり、日々トレーニングを積み重ねている。

そして、週末の試合に向けてサッカーのことだけを考えている。

今を一生懸命考えることは大切だが、何か心のどこかで引っかかりがある。

それは、「卒業」というタイムリミットに近づくに連れて、小さかった不安の種は大きくなっていくのだ。

ではなぜ、この小さな種を成長させてしまうのか。

それはたった一つ。

「部活で現実逃避できるから。」

将来のことを考えることを放棄してしまうのだ。

僕は無理だなと思ってる矢先、最後までプロを目指していないことが悪だという考え方、プライドをもっていた。

そして何か理由をつけ、未来を考えることを放棄していた。

理想とギャップが大きくなると、人は受け止めずにその問題を放置する。

だからといってプロになれそうにないから、諦めろということではない。

もう目指すのをやめているのに、当てつけの理由で、将来を考えることを放棄して、サッカーを理由に考えないことは違う。





大学サッカーを続けた理由


タイトルにもある通り「大学サッカーに価値はない」と書いたがそうではない。

正確に言うと、自分で創らなければ、無価値になるのだ。

3年生になると、Bチームのキャプテンとチームのことについてものすごく考えるようになった。

当時は、自分を犠牲にしてなぜチームのことをこんなにも考えるのかさっぱりだった。

プロという目標を失ったこの時、当てつけの理由でやっていた部活はそこから徐々に気持ちの変化が現れた。

「大学サッカーおもろ」

僕が今なぜ、大学サッカーを続けていたかと答えると、無限の可能性を感じたからだった。
大学サッカーの特徴としては、学生主体であるということ。

もしかしたら、大学サッカーで収益を出せるかもしれない、チームが良くなっていく姿が見えるかもしれない、組織の変革ができるかもしれない、観客を動員できるかもしれない。

僕の大学サッカーを続ける理由を見つけられたのだ。

ではなぜ、見つけられたのか。

これはシンプルで、未来とリンクさせ思考し続けること。

自分自身が、どうなりたい、どうありたいかがなければ、価値を創ることはできない。

自分に問いただしてみて欲しい。

なぜ、大学でサッカーを続けるのか。

なぜ、部活に所属しているのか。

この答えは自分にしかなく、自分で創るしかない。

大学サッカーには価値はなく、自分で創るものだ。


小さな種を放置するな

心の中に小さな種が撒かれてしまうと、それはスクスクと育ってしまう。

もし、なんの準備もないまま、でっかい木(卒業前)をぶっ倒さないといけなくなった時に、道具も装備もないまま木を切り落とすことはできない。

道具と装備を揃える(自己理解、ロールモデル)準備は必須だ。

覚えてほしいことが3つ。

・自己理解
・未来にどうなりたい、どうありたいか考える
・ロールモデルを探し続けること

この部分は体育会学生には怠って欲しくない。

むしろやらなければいけないことだ。

理想があるからこそ、そのギャップを埋めるため行動できるのだ。

そして、自分がどうなりたいか見つけるためには、ロールモデルを探すしかない。

理想の人生を歩んでいる人と出会うしかない。

だって想像できないんでしょ??

閉鎖的なコミュニティ、根強くあるサッカーだけやっていればいいという文化から外に飛びだせ。

卒業してからサッカー以上に興奮できるもの、刺激があるものなんて、なんとなく生きていたら出会えない。

そして、適当に過ごしていたら、あっという間に卒業まできてしまう。

今一度、大学サッカーをやる理由を考え続けて欲しい。

思考停止は、衰退。

未来への一歩を踏み出せ。

visionsummit2023


8月のvision summit

全国の競技に打ち込む体育会学生にとって、未来の一手となるようなイベント『Vision Summit 2023』

こんなにコスパよく、普通に過ごしていたら出会えない人に出会えるのはここしかない。
僕が学生の頃に出会いたかったイベントを作っている。
将来のことを何も考えていない人はこれをきっかけに未来への一手にしてほしい。

12月27日開催。
先行でクラウドファンディング内でチケット購入できます。
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https://camp-fire.jp/projects/view/693229


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面白くないことはやりたくない。
しょうま|Mr.オレンジ
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学生時代、ラーメン1日店長を一緒にさせていただいた兄貴


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