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試し読み:『シビックテックをはじめよう』はじめに

2022年12月発行書籍『シビックテックをはじめよう 米国の現場から学ぶ、エンジニア/デザイナーが行政組織と協働するための実践ガイド』より、「はじめに」のテキストをご紹介します。

本書は米国のシビックテクノロジスト、シド・ハレルさんによる『A Civic Technologist's Practice Guide』の日本語翻訳版です。米国社会を前提としたものではありますが、ここで示されるポイントやマインドセットは、日本においても十分適応可能であると考えています。ぜひ読んでみてください。


はじめに

『シビックテックをはじめよう』へようこそ。あなたが15年間シビックテックの仕事に携わってきたにせよ、今まさに新しいキャリアへの挑戦を考えているにせよ、テクノロジーが市民生活をどのように向上できるかを考えてくれていることに感謝したいと思います。

技術者がどのように考え、どのように実践していくかは、技術(テック)が良い方向に向かうか、悪い方向に向かうか、あるいはまったく無関係であるかに関わる重要な要素です。この分野が成熟するにつれて、私たちの責任も大きくなっています。ボランティアが運営する週末の「シビックハッカー」の活動として始まったものが、今では「デジタルイノベーション」の拠点での常勤の仕事になっていることもあります。このような機会を実現するためには、より多くのシビックテクノロジスト、特に黒人や褐色人種の技術者、そして現在はマイノリティと呼ばれる背景を持つ人々が必要です。

私はボランティア活動で試行錯誤し、自分の役割を見つけようとあがいていた数年後、2012年にフルタイムの仕事としてシビックテックの世界に参入しました。私はUXリサーチャーですが、ハッカソンに参加し始めた頃は、デザインの業界の人が参加する余地があるのかどうかまったくわかりませんでした。確かに、政府機関には認知しやすいデザインの役割はあまりありませんでした。しかし、私は自分のUXデザインのスキルを公共の利益のために役立てたいと強く思っていたので、週末のシビックテックイベントに顔を出し、手伝いを申し出るようになりました。どのプロジェクトも魅力的で、驚いたことに、私がコードを書けないからといってイベントに参加できずに帰らされることはありませんでした。

Code for America(CfA)が設立されたとき、たまたまサンフランシスコの私のオフィスから2区画の近所にあったので、ジェニファー・パルカに連絡をとり、CfAの有識者メンバーに自分の研究を活かした指導ができないか尋ねました。私はこれまでこのようなやりがいのある仕事を経験したことがありませんでした。そして、私が働いていた小さなリサーチ会社が2012年にFacebookに売却されたとき、キャリアを転換する時期が来たのだと思いました。CfAに私を雇うよう説得するのに半年かかりましたが、それまでのあいだに、私はダナ・チズネルの「有権者の意思を確認するためのフィールドガイド(Field Guides to Ensuring Voter Intent)」のリサーチを手伝いました。この分野の誰よりも、私はダナの実践、特に彼女と彼女の同僚たちが選挙管理人との関係構築に費やした時間と労力に影響を受けています。

この8年間、私は成功も失敗も、そして多くの困難も見てきました。私はこのシビックテックの分野で有名になりましたが、シビックテックに自分の居場所があるかどうかわからない人のために、私の迷ってきた道のりを皆さんと共有します。もし、あなたが誰かに教えられるほど優れた技術スキルを何かしら持っているなら、きっとあなたにもできる良い仕事があるはずです。

苦労して身につけた技術スキルを使って、世界をより良くしたいと思っている人々と毎週のように話しています。世界を良くするという点に関し、テック系企業の可能性についてその人たちの多くは幻滅しています。また、シビックテックのキャリアを深く掘り下げた同僚たちとも話をします。成功に酔いしれ、失敗に打ちのめされ、新たなジレンマに直面しています。私たちのような仕事では、幻滅したり疲弊したりすることがあるのは当然です。なぜなら、米国のシビックテックにおける私たちのプロジェクトは、何百年も前から存在する基礎的な制度を変えることを目的としているからです。制度改革は定義上政治的なものであり、私たちは、社会の構成員が有権者として政治力を発揮できるよう取り組んでいます。

社会の問題を解決する方法はテクノロジーなのでしょうか? それは、2020年代以降の切実な課題です。私は、テクノロジーは市民生活をより良くできると信じています。しかし、テクノロジーはしばしば期待を裏切り、時には悲惨な実害をもたらすこともあります。

シビックテックは登場したばかりで、私たちが変えようとしている政府という組織は非常に大きく、多くの人々の生活に影響を与えているため、私たち一人ひとりが自分の価値観や前提をよく理解する必要があります。パートナーやステークホルダー(利害関係者)に自分たちのことを説明し、自分たちが本当に良いことをしているかどうかを定期的に確認する必要があるのです。私自身のシビックテックへの取り組み方は、いくつかの基本となる要素が重要であると考えています。

  • 協働的な働き方

  • 開発、デザイン、政策立案のいずれにおいても、実証された証拠に基づく(エビデンス・ベースト)反復的な実践

  • ユーザー中心設計

  • 安全(セキュア)で持続可能(サステナブル)なテクノロジーの採用

  • 公的な透明性と説明責任

  • 市民生活とシビックテックへの、少数派(マイノリティ)の人々からの全面的な参加

本書は、シビックテックの活動が10年目を迎えようとする時期に書かれたもので、これまでに出てきた制度的な実践について最も有用な原則と実践を集めることを目的としています。

シビックテックの分野は新しく、異なる文化の交差点で活動しているため、どの専門分野なのかにかかわらず、ほとんどのシビックテックプロジェクトでは比較的一人で自分の仕事を孤独に管理することになります。たとえ既存のチームに参加したとしても、新しい取り組みが始まるたびに、どのようにパートナーと組むのがベストか、どのようにプロジェクトを構築すれば最大のインパクトを与えられるか、といった疑問がわいてくるはずです。本書の多くの章は、このような疑問について考える手助けになることを目的としています。

あなたにはすでに、改善したいことや、奉仕したい具体的な人々がいると思いますが、そのうちどれを選択するかは、本書の範囲を超えた個人的な問題です。目標を達成するためには、次のようなことを考えなければならないでしょう。

  • エコシステムに影響を与えるにはどの部分で活動する必要があるか(第1章)

  • どのようなパートナーシップのかたちがシビックテックの立場に最も適しているか(第3章)

  • どのようなプロジェクトが最も大きなインパクトを与えるか(第4章)

  • 自分の専門スキルをどう活かすか、加えて必要となるスキルは何か(第7章)

  • 活動を持続させる方法は何か(第10章)

そして、シビックテックで成功し、持続的に活動するためには、さらに多くのことが必要です。どのように活動するかは、どれだけ良いことをするか、どれだけ長くその良いことを続けることができるかに関わります。そこで、他の章では次のような事柄について紹介しています。

  • 技術者の特権、また私たちの多くが持つ人種的ないしその他の特権について考慮する(第2章)

  • イノベーションという概念と、シビックテック分野にとってのその意義を考える(第5章)

  • 大きな制約のある環境で仕事をする際に、何を予期しておくべきかを学ぶ(第6章)

  • 公共部門の仕事のためのチーム構造と手法について考える(第8章)

  • シビックテクノロジスト(市民技術者)が公共政策について知っておくべきことを理解する(第9章)

  • 技術者と政府機関の仕事文化の橋渡しをする方法を学ぶ(第11章)

  • あらゆる立場・階層での味方を見つけ、彼らとのパートナーシップを構築する(第12章)

  • セルフケアをする(第13章)

シビックテックは、その目標が「変化」であるため、現代のテクノロジーの可能性を明らかにすることと実際に運用することのあいだで、興味深い枝分かれを体現しています。私はこれを、「可能なことを示す(showing what's possible)」と「必要なことを行う(doing what's necessary)」と呼んでいます。多くのプロジェクトにこの2つが混在していますが、それぞれ異なる考え方(マインドセット)が必要です。「可能なことを示す」は、開発スピード、プロトタイピング、デザイン、一般市民からのフィードバック、そしてデータについてです。これらの目的にはウェブツールが最適なので、ウェブを活用したプロジェクトになることが多いでしょう。一方、「必要なことを行う」は、バックエンドシステムの構築、セキュリティへの配慮、調達、雇用、チーム編成、さらには予算の優先順位の決定など、背景にある慣習やシステムを転換させていくことについてです。

本書では意図的に、明示的な方法論よりも、原則、カテゴリー、問いに焦点を当てました。あなたのプロジェクトでスクラムを使うかどうかはあまり重要ではないと思いますが、反復開発の原則は不可欠であり、それをあなたとパートナーが共有するプラクティスの一部にするために最も適した方法を検討する必要があると考えています。どんな戦略的フレームワークが最適かはわかりませんが、キャリアスタッフやステークホルダーと強いパートナーシップを築かなければ、その努力は報われないということだけは確かです。

民間テック産業は、規模を拡大すること、スケールさせることを重視しますが、公的機関はスケールについて産業界とは異なる考え方を持っています。公的機関は、人々の生活に多大な影響を与えるだけでなく、長い時間をかけて影響を与えます。多くの公的機関はこのことを十分認識しており、自分たちの役割は急速なイノベーションではなく、公共財産(および公的資金)の維持であると考えて活動しています。

このように、規模の拡大と時間に関する異なる視点を持つ私たちシビックテクノロジストは、表面的なレベルのプロジェクトで堅固かつ信頼できるパートナーシップを築くことを通じて、デジタル公共インフラのより深いレベルに取り組むための道を切り開かなければなりません。開発者、デザイナー、データ分析者、プロダクトマネージャーのいずれであれ、より深いインフラ層における小さな変化に焦点を当てることで、最も効果的な仕事ができることがあります。本書の目的は、あなたが成功するための準備を整え、そのような深い階層での実践ができるように仕向けることにあります。

アメリカの市民社会を構成する何千もの団体や文化にまたがって、わたしたち一人ひとりが直面するこの仕事をどこでどうやって行えばよいか、という問いへの答えを探す場所はどこにも見つかりません。だからこそ、私たちがシビックテック分野として10年目を迎えようとしている今、この書籍が来るべき議論を支える礎となることを願っています。


本書で示されているURLへのリンク集

Amazonページはこちら。Kindle版(リフロー形式)もあります。

BNN直販ページはこちら。


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