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試し読み:『脳のしくみとユーザー体験 認知科学者が教えるデザインの成功法則』

2021年4月21日に刊行する『脳のしくみとユーザー体験 認知科学者が教えるデザインの成功法則』から、巻頭の「はじめに」を試し読みとしてご紹介します。
この「はじめに」では、認知科学者でありデザイナーでもある著者のジョン・ウェイレン氏がなぜこの本を書いたのか、この本で提示する「シックス・マインド(<体験>を構成する6つの認知プロセス)」の枠組みが、製品やサービスのデザインにどう活かせるのか、本書の構成がどのようになっているかなどが述べられています。

ユーザーの本当の考えを知りたい・心に寄り添った製品を作りたい・愛着を持って長く使ってもらえるサービスを提供したい…などなどと考えているデザイナー、UXリサーチャー、開発関係者の方々にぜひご一読いただきたい一冊です。アプローチの引き出しがひとつ、増えるのではないかと思います。

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はじめに

私がこの本を書いた理由


デザインを手がける心理学者

 私が製品やサービスのデザインを手がけている心理学者だと自己紹介をすると、多くの人はこんな反応をする。「それってデザイナーの仕事なんじゃないですか? まあ、きっと顧客の頭のなかを想像するのがうまいんでしょうね。私のことも今ここで分析してみてくださいよ」。

 こんなふうにおもしろがる人たちは、人間の認知や感情に関する知識が、デジタル製品やサービスのデザインに活かせることを知らない。そういう人は珍しくない。サウスバイサウスウェスト(SXSW)でスピーチをしたときも、何人かの人から「すごくおもしろかったですよ。自分も開発前にこの話を知ってたらな」と言われた。

最高の体験をデザインする秘訣

 まず、自分がこれまでに味わった本当に最高の体験を思い出してほしい。卒業や結婚、子どもの誕生のような人生の節目となる出来事を思い浮かべた人もいるだろう。お気に入りのバンドのライブや、ブロードウェイでの観劇、クラブで夢中で踊ったダンス、ビーチでの見事な日暮れ、大好きな映画の鑑賞など、特定の瞬間という人もいるかもしれない。

 友人に話したくなる「輝かしい」あるいは「夢のような」体験だ。

 しかし多くの人は、そうした体験が多くの感覚と認知プロセスが織り成すものだと気づいていない。好きな映画を思い浮かべたとき、ポップコーンのにおいがしなかっただろうか。舞台の中身自体はいまひとつでも、衣装や照明が斬新だったり、見た目がよくて動きも優雅な俳優がいたりしなかっただろうか。ノリのいいファンと一緒に踊りはしなかっただろうか。このように、「一つ」の優れた体験は、いくつもの要素が組み合わさってできている。

 では、そうした優れた体験をもたらす製品やサービスはどうデザインすればいいのか。どんな感覚や感情、認知プロセスがその体験を構成しているのか。どうすれば体験を構成要素へ分割できるのか。自分が正しいものを作っていることをどう確認すればいいのか。

 この本は、人間の心理を理解して活用し、体験を構成要素に分け、最高の体験に必要な要素を導き出すためのものだ。今はそうした手法を始めるのに絶好の時期と言える。脳科学で新しい発見が成されるペースは着実に上がっているし、心理学や神経科学、行動経済学、人とコンピュータの交流といった分野は飛躍的に進歩していて、脳の個別の機能や、人間が情報を処理して体験を知覚する仕組みについても新しいことがわかってきている。

思考できない思考

 自分が何を考えているかを正確に把握するのは難しい。脳内のプロセスを自覚できる範囲には限界があるからだ。多くの人が、勝負のデートの日、あるいは仕事の面接の日に着ていく服で悩んだ経験があるだろう。これで相手の期待に応えられるだろうか。悪い印象を与えはしないだろうか。見た目は問題ないか。社会人らしく見えるか。靴は派手すぎないか。考えることはたくさんあるが、実は思考のなかには本人も明確にできない、それどころか意識もできないものがたくさんある。

 意識というのは非常におもしろく、思考の多くは意識のレベルまでのぼってこない。たとえば、面接に履いていこうと思っていた靴を見つけるのは簡単だが、自分が靴をどう靴と認識しているか、靴の色をどう知覚しているかは自分でもよくわからないはずだ。私たちはいろいろなことをわかっていない。自分がどこへ視線を動かしていて、舌がどこに位置していて、心臓の鼓動をどうコントロールし、どのようにものを見て、どう言葉を認識し、最初に住んだ家をどう記憶しているかをわかっていない。だからこそ、私たちは意識できる認知プロセスだけでなく、目を動かす頻度のような無意識の行動や、何かに対する感情のような心の奥底にあるものを特定する必要がある。

 私は認知科学の博士課程で学び、記憶と言語、問題解決、意思決定を研究した。そして今、コンサルティングを15年以上続けた経験から、顧客にどう話を聞き、顧客の行動をどう観察すればいいかをわかっている。どうすれば顧客の心のスイッチを入れ、飛び抜けた製品やサービスを作るチャンスを見極め、ビジネスを成長させて顧客に最高の体験を提供できるかを把握している。グローバル展開する商品の戦略を練っている世界有数の企業をクライアントに持ったこともある。みなさんがこの本の情報を活用し、顧客を理解する過程を私と同じように楽しんでくれればうれしい。

この本の想定読者

 この本は、開発責任者となるプロダクトオーナーやプロダクトマネージャー、デザイナー、UXデザイナー、デベロッパーを読者に想定し、そうした人々が次の三つを達成できるようになることを目指している。まず、輝かしい体験を構成する認知プロセスがどんなものかを理解すること。次に、顧客からの聞き取り調査( 本書ではコンテクスチュアル・インタビューと呼ぶ)で得た情報を活用する方法を知ること。そして最後に、その知識を製品やサービスのデザインに応用する方法を学ぶこと。この本は学術書ではなく、実践書を目指している。

この本の情報が重要なわけ

 製品やサービス、体験の提供が圧倒的な成功を収めるには、ターゲット顧客のニーズを満たす必要がある。自分の商品をはじめて使った人に、「確かにこいつは見事だ!」と言わせるくらいに。

 とはいえ、企業の社長やマーケター、プロダクトオーナー、デザイナーが製品やサービスを使って飛び抜けた体験を生み出すにはどうすればいいのだろうか。確かに、顧客から話を聞けば彼らの望みはわかるが、自分のニーズを把握している、もしくはニーズをはっきり言葉で説明できる人は多くない。自分が何をほしいかという視点で作業を進める人もいるだろうが、13歳の娘が「インスタ」や「フィンスタ[インスタグラムの裏アカウント]」で何をしようとしているかを理解するのは難しいのではないだろうか。お金持ちの投資家が「シークアルファ」に何を求めているかがわかるだろうか。逆三角合併に関する税法を探している75 歳の弁護士の望みはどうだろう? そんなとき、どう開発を進めていけばいいのだろうか。

 この本は、顧客のニーズや視点を深く理解する必要がある人のためのツールとなることを目指している。認知科学者である私は、「ユーザビリティテスト」や「マーケットサーベイ」、「エンパシー(共感)リサーチ」は、単純すぎたり、逆に複雑すぎたりすることがあると感じている。ポイントが少しずれていて、チームが作るべきものを認識する助けにならない場合があると思っている。
 つまり、もっといい方法があると信じている。それは、体験を構成する要素を理解し(この本ではまず、その六つの要素となる「シックス・マインド」について解説する)、顧客のニーズを幅広いレベルでいっそう正確に特定できるようになることだ。この本を参考にしながら、顧客のニーズをさまざまなレベルで理解し、ツボを突いた商品を作れるようになってほしい。

この本の構成

●Part I  「体験」の本当の正体

 第Ⅰ部では、人間の認知という魅力的な領域について、デザイナーやプロダクトマネージャー、デベロッパーが意識すべきことを解説する。

・ 1章では、「体験」が実は多数の体験と認知プロセスの集積であるという考え方を紹介する。

・ 2章では、視野と関心についてみていく。人間が何に惹かれ、何を探し、無意識の思考がどのくらいの頻度で発生しているかを考えていこう。

・ 3章では、人間の脳の多くの部分が空間認識に使われていることを指摘し、その機能がアプリやウェブサイトなどの仮想空間にどう応用されているかを考える。チュニジアの砂漠に棲むアリを実例として紹介するのでお楽しみに。

・ 4章では、体験が実は記憶の影響を受け、記憶で穴埋めされていることを強調し、具体的な物体が抽象的な思考へすぐさま変換される過程を解説する。顧客が思考で満たしているものはなんだろうか。

・ 5章では、顧客はあなたではないことを思い出してもらう。企業が使うのと同じ言葉を顧客が使うことはほとんどない。だから、あまりにも単純すぎたり、逆に専門的すぎたりする言葉遣いをすれば、顧客の信頼をあっさり失う。しかも、同じ言葉でもこちらの考える意味と、顧客の考える意味は異なっている場合がある。

・ 6章では、思考と言われてたいていの人が思い浮かべるもの、つまり問題解決と意思決定を扱う。とはいえ、この章は注意喚起の意味も持っている。私たちの考える問題は、実際の問題とは異なっている場合も多いのだ(その例として、この章では脱出ゲームを紹介する)。顧客が製品やサービスを使って解決しなくてはならないと思っている問題はなんだろうか。

・ 7章では、6章の「賢明な決断をしたい」という意図が、実はたいてい、感情的な自分が選んだものであることを解説する。顧客にとって魅力的で、顧客の生活を向上させ、顧客の心の奥底にある情熱を目覚めさせ、恐怖を和らげるものはなんだろうか。

第Ⅰ部を最後まで読むと、人間の認知や体験を構成する多数の思考、認知プロセス、感情に対する理解が深まるはずだ。

●Part II  顧客の秘密を明らかにするリサーチ手法

 第Ⅱ部では、あなたのチームの全員がユーザーリサーチの貴重なメンバーになることを目指す。仕事中の顧客を観察し、彼らから話を聞くなかで、第Ⅰ部で解説した認知プロセスについて価値あるインサイトを明らかにする方法を紹介しよう。いわゆる「地に足をつける」を実践するパートだが、心理学者になる必要はまったくない。

・ 8章では、ぜひ実施してもらいたい「コンテクスチュアル・インタビュー」の進め方を紹介する。これはシンプルな聞き取り調査と仕事中の顧客の観察を組み合わせた調査手法で、「コンテクスチュアル・インクワイアリー」という呼び方もよくされる。この章では、インタビューが必要な理由、集めるべき情報、集めたメモを整理してそこから製品に関するインサイトを引き出す方法など、さまざまな点を扱う。

・ 9章では、顧客が関心を惹かれているもの、探しているもの、探している理由について、重要なインサイトを数多く集める方法を解説する。私がこのテクニックを使ってサポートした警備員たちが、大きなビルやスタジアムでカメラや警報を巧みに管理し、開いたままのドアや止まったエレベーター、故障した湯沸かし器まで、あらゆるものに常に注意を払って人々の安全を守っている様子も紹介しよう。

・ 10章では、顧客の使っている言葉を入念に記録し、そこに込められた意味を考察する方法を解説する。多くの組織の共通課題である専門性とわかりやすさの共存について、私たちがアメリカ国立衛生研究所のウェブサイトであらゆる疾病の解説を整理し、それを実現した話を紹介しよう。

・ 11章では、製品やサービスに対する顧客のメンタルモデルを考えてもらう。顧客はアプリやサービスのどこにいると思っているだろうか。彼ら自身は、次のステップへ進むのにどうすればいいと考えているだろうか。

・ 12章では、顧客の既存の知識を活用する方法を紹介しよう。顧客はどんな知識を持っていて、製品やサービスの仕組みをどう捉えているか。どんな経験がその知識のもとになっているか。小規模ビジネスの社長向けの商品を例に、小さい会社の社長には大きく分けて二つのグループがあり、グループによってニーズがまったく異なっている、つまり製品やサービスも2種類用意する必要があることを紹介する。

・ 13章では、顧客が解決しようとしている問題と、解決の方法だと思っているものを見つけ出すやり方を解説する。優れた体験を提供する方法の一つは、実際の問題が認識している問題とはまったく異なると顧客に気づいてもらうことだ。その絶好の例として、はじめて車を買う人々に登場してもらう。

・ 14章では、顧客がインタビューで口にしなかった内容を察知する方法を扱う。顧客の大きな目標は何で、恐れていることは何か。顧客に製品やサービスに対してイエスと言ってもらうには、何を知らせる必要があるか。インタビューでは、財布に入っているクレジットカードの種類といった質問から始め、徐々に奥深い願望を明らかにする質問へ移っていくべきだ( 最後にはハグされることもある)。製品は顧客の大きな目標の実現を助ける必要があることが、改めて実感できるだろう。

Part III シックス・マインドのデザインへの応用

 さて、これで顧客の関心の対象と使っている言葉、抱いている感情、解決しようとしている問題などについて、魅力的なインサイトが見つかった。ここからは、自分の商品をどう変えていけばいいかを考えていこう。

・ 15章で扱うのは「センスメイキング」、つまりデータから特定のパターンを見つけ出し、顧客を分類する方法だ。それには、顧客の思考パターンと感情に関する知識を有効活用する必要がある。顧客について検討するには、郵便番号や平均売上、経験年数に注目するよりもいい方法があるのだ。そのアプローチを、自分なりのお金の使い方を模索しているミレニアル世代や、詐欺に遭った家族など、さまざまな顧客層に応用する方法を紹介しよう。

・ 16章では、15章で特定した顧客グループに合わせて適切なマーケティングを行い、成功する商品を作り出す方法を解説する。自分が必要としている商品だと顧客に認識してもらい、「魅力」を感じてもらうにはどうすればいいのか、商品を使ってどう顧客の生活を「改善」し、顧客が心の底でやりたいと思っていることを「目覚め」させ、人生最大の目標の達成をサポートするにはどうすればいいかを考えよう。

・ 17章では、製品とサービスのアイデアを検証する方法を紹介する。成功と発売は早いに越したことはない。シックス・マインドをリーンやアジャイル(こうした流行語をまだ使っていなかったことをお詫びしたい)といったアプローチに組み込む方法を習得しよう。

・ 18章は一種のまとめだ。世界のトップ100 に入るウェブサイトを私の会社が立ち上げ、そのデザインにシックス・マインドを活用した話を紹介しよう。また、シックス・マインドは静的なものではないことも知ってもらう。シックス・マインドの構成要素の中身は、購入プロセスの最中など、時間とともに変わっていく可能性がある。

・ 19章は今後を先取りした内容になる。最近のシリコンバレーでは、ネコを振り回せば人工知能(AI)や機械学習(ML)の話に行き当たるというくらい、AIやML戦略が花盛りだ(この本を書くためにネコを傷つけたわけではないので、ご心配なく)。みなさん、特にプロダクトオーナーや技術チームのリーダーには、一歩下がって本当に達成すべき目標を考え直してほしい。人間に対する理解が深まるほど、商品開発というコストもリスクも大きい取り組みが大成功を収める確率も高くなる。

 人間をサポートする能力を持った機械学習やAIシステムに正しい情報を与え、適切な言葉遣いとそれを使うべき適切なタイミングを教え込み、AIが優れた決断をしてもっと多くの問題を解決できるようにする方法を考えよう。


 さあ、本編に入ろう。この本で得た新しい知識やツール、スキルを使って、顧客がいまだかつて経験したことのない最高の製品やサービスを作り出そう。

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