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計画的陳腐化とデザイン。終わりのためにデザインする姿勢 その2

本記事は、「計画的陳腐化とデザイン。終わりのためにデザインする姿勢 その1」の続きです。前回まで、計画的陳腐化の説明と、デザイナーは何ができるのかのさわりを紹介しました。

その中でデザイナーは、「終わりをデザインできるのではないか」、「利用終了とはネガティブな要素のみではない」、「解約阻止ではなく、解約を心地良い体験に変えて再利用への期待を残す」という話をしたかと思いますので続きを書いて行こうと思います。

なぜ終わりの体験をデザインするのか?

始まりではなく、なぜ終わりを重視するのでしょうか?
それは、「終わりよければ全てよし」という諺がある通り、人は物事の終わりの印象でそのモノを評価するからです。
特に、「親近効果」、「ピークエンドの法則」というものが人の感情に大きく影響を与えます。
これらは、有名なので簡単な説明に留めておきます、

親近効果とは、「最後の情報でその人の印象が決定されやすい」という心理効果のことです。
アメリカの心理学者ノーマン・H・アンダーソン氏が、1976年に行った実験結果を元に提唱しました。

ピークエンドの法則とは、人の経験は感情のピーク(最も感情が昂ったとき)と出来事のエンド(終了時)の記憶のみで、ある経験についての全体を判断するという認知バイアスのことです。
アメリカの行動経済学者のダニエル・カーネマン氏が1999年に発表した論文の中で提唱した法則です。下記の記事が分かりやすいかと思います。

つまり、人の感情はある体験の全体ではなく、最初と最後の体験によって印象付けられるということです。そのため、終わりのデザインが重要になってきます。

1タスクの終わりのデザイン例:コカコーラのシークレットメッセージ

これは宣伝会議の2010年 「第1回 販促会議賞」のグランプリを獲得した企画です。

コカコーラと同じ色のペンで、ペットボトルにメッセージを書き、コカコーラが飲み終わった際に、メッセージが現れるというものです。

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シークレット・メッセージ
https://www.sendenkaigi.com/haward/haward_1st/finalist/images/final11.pdf

これは、コーラを飲み終わった後にフォーカスしているので、終わりのデザインといえます。
何も無いと思っていたコーラのペットボトルに、飲み終わったらメッセージが現れる、想像するだけでも素敵な企画だと思います。
計画的陳腐化ではなく、純粋に利用者をハッピーな感情にして、「次」に期待している行為です。
似たようなものでは、「ラーメン丼の底に記載してあるありがとう」や「ガリガリくんの当り棒」などもこの事例と同じ構造をしています。

最近の事例ですと、ネットでバズっていたカルピス夏限定パッケージも「コカコーラのシークレットメッセージ」と構造は同じです。カルピスを飲み干すと、ペットボトル背面のイラストと重なり、新しいイラストが完成します。コピー、イラストと相まって爽やかで素敵な企画です。また、「君の放課後が動き出す。」という情動的なコピーとイラストのみで表現しているので、飲み終わった本人に想像の余地が残されてる点が、個人的に凄く好きです。

販促会議賞はその後も続いているので、気になる人は受賞作品がアーカイブされているので見てみてください。

製品利用の終わりのデザイン例:サービスの解約

会員登録したけど使わないから、解約しようしているのに解約方法が分からない。見つからないのでgoogleで「サービス名+解約」で検索、ようやく解約方法が記載してあるところを見つけたけど、解約方法は電話のみ。電話をかけてみると全然繋がらない!

このような経験をしたことがある人は私だけではないはずです。
まさにサービスはアリ地獄です。「解約率を下げたい」これはサービスを提供している人なら誰しもが思うことだと思います。
ただ、解約率を下げるために解約しづらい仕組みにすると、利用者の印象は下がり、二度とサービスを使ってくれなくなります。(少なくとも私は使いません)

自身の中で色々考え、解約しようと決めたユーザーがいざ解約するしようとすると、不要な遷移や、やけに長いアンケート、何かしらの制限をかけて解約の邪魔をしてくる。
これでは、利用中のサービスの印象が良くても、最後に最悪の印象に置き換わり二度と使ってくれなくなります。辞める際は気持ちよく利用者を送り出す、その方が利用者のエンゲージメントを高めるとのではないでしょうか。

Growthは次の優先順位で考えるべきものである。 1. エンゲージメント 2. リテンション 3. 獲得 獲得だけが強調され過ぎているが、真のグロースにはエンゲージメントが一番大事である。 by Andrei Marinescu (Huluのグロースを手がけ、現在は500StartupsでGrowthのメンター)
ABテストなどの最適化は一番最後にやるべきこと。まずはユーザー体験を最大化させることを考える。「この”ユーザー体験”ってもっと良くならないのか?」というのを徹底的に疑って、体験の器をショットグラスからバケツに変える。 by Yuki Kanayama (VASILYのCEO)
みんなAcquisiton(ユーザー獲得)やReferral(友人紹介)に飛びつきたがるが、最も重要なのはRetention(ユーザー再訪率)だ。すべてはRetentionに帰結する。 by Yusuke Takahashi (AppSociallyのCEO, 日本にグロースハックの概念を広めた第一人者)

とあるように、印象が悪くなるとユーザーの再訪に繋がらなくなります。

解約するユーザーを止めるために、「解約のタイミングでどうにかする」では遅すぎるということです。これは、会社を既に辞めると決めている社員には何を言っても効果がないのと一緒です。

そもそも辞めないように、日常の従業員満足度、顧客満足度を上げていくしか方法はありません。
暫定対応として、従業員なら年収UP、役職UPなどの待遇の改善があり、サービスの利用者に対しては、ダウンセルや利用休止、特別プランの提供などがあると思いますが、結局はその場しのぎにしかなりません。

下記の記事にもあるように、解約を回避するためには顧客に成功体験をしてもらい、満足度を上げるのが王道だと思います。そのために初回利用までの期間をなるべく短くし、価値を実感するまでの時間をなるべく短くし、サービス利用の習慣を持ってもらうのが重要になってきます。

顧客に成功してもらうために、徹底的に寄り添って、開発でも運用でもできることは何でもした。

話が少しそれましたが、解約する際は邪魔をするのではなく、気持ちよく送り出す方が、サービス提供者にとても利用者にとっても幸せになれると思います。

これまでは、終わりのデザインと言いつつ、消費を促すためにデザインを活用している例を上げました。今度はその逆に、制限するために活用している例を説明したいと思います。

錯覚で行動を終わらせるデザイン例:HALF / FULL

これは錯覚により「食べる量を減らす」ために、デザインされた食器です。

■いつもより小さな食器を使う
実際の量に関係なく、お皿いっぱいに盛られた食べ物を見ると、十分な量に見えます。逆に、お皿の一部だけに盛られていると、粗末に感じるでしょう。同じ量の食事でも、小さな食器に食べ物を盛れば量が多く見えるのです。お皿のサイズを変えるだけなら、苦しくなんてありません。

食べる量を自然と減らすヒント

原理は上記の記事で説明していることと同じになります。

HALF / FULL」は食器を半分にし、鏡に食べ物を反射させることで、十分な量を食べていると錯覚させ、お腹がいっぱいになるという仕組みです。このように人の認識は錯覚により大きく変わります。「HALF / FULL」は錯覚を利用して人の行動を変えているよい例だと思います。


錯覚を適切に使うと私たちにとってメリットになりますが、悪用することもできます。
例えば、グラフを意図的に改変し、情報を誤認識させるパターンや、誘導尋問を行い、あたかも自分が言っているかのように認識させるテクニックなどがあります。だたし、これらの良し悪しは利用側のモラル次第になるので、悪意のある利用を行わなければ、特に問題も無いと思います。

他にも錯覚による効果で有名な例としては、プラセボ効果(プラシーボ効果)というものがあります。これは「病は気から」というのが、ことわざではなく、実際に効果があるということを立証しています。下記の記事に分かりやすく説明されているのでおすすめです。

行動変容のデザイン例:ナッジの活用

終わりのデザインは、続けることから終わりへと行動を変化させると捉えることで行動デザインの考えが適用できます。そこで今回はナッジを紹介しようと思います。

「ナッジ(nudge)」とは、ひじ等でそっと押して注意を引いたりすること、特定の決断や行動をするようにそっと説得・奨励することを意味する言葉(ロングマン英英辞典)です。そこから、行動経済学や行動科学分野において「そっと後押しする」仕組みや手法を示す言葉として使われています。
「そっと後押しする」仕組み=人々が強制によってではなく自発的に望ましい行動を選択するよう促す仕掛けや手法のことを意味します。

2017 年にノーベル経済学賞を受賞した Richard H. Thaler 教授(シカゴ大学)は、Cass R. Sunstein 教授(ハーバード大学)との共著『Nudge』(2008 年)(邦訳:『実践行動経済学』、2009 年)において、ナッジを次のように定義しています。選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素ここで選択アーキテクチャーとは、人々が選択する環境のことをいいます。Thaler教授は、『Nudge』発刊から 10 年を経て、ナッジを通じて選択アーキテクチャーを改善することで、選択肢を制限することなしに人々が賢い選択をできるようになるとし、また、「自分自身にとってより良い選択ができるように人々を手助けすること」が目的であるとしており、このような「良いナッジ」を推奨しています(Science 361 (6401), 431)。Thaler 教授はまた、賢い意思決定や向社会的行動を難しくするような「悪いナッジ」を「スラッジ(英語 sludge:ヘドロ)」と名付け、公共部門・民間部門を問わずスラッジを一掃するよう働きかけています。

ナッジは行動科学の知見(いわゆる行動インサイト)を用いたアプローチの1つに過ぎな いことから 、海外ではナッジの代わりに行動インサイト( BehavioralInsight、BI)がしばしば用いられます。日本版ナッジ・ユニット BEST についても、ナッジに限らず行動科学の知見全般を活用することから 、英語の 名称で はBehavioral Sciences Team と、学際的な学問領域である行動科学(BehavioralSciences)を冠しています。
日本版ナッジ・ユニット BEST では、私たちのより良い選択の実現のために、一人ひとりの価値観を尊重したアプローチによる「良いナッジ」の推進と「悪いナッジ」の排除について、何が良い・悪いか、誰にとって良い・悪いかを含めた倫理的な配慮の検討と併せて議論を重ねているところです。

出典:平成31年3月 日本版ナッジ・ユニット BEST 年次報告書(平成29・30年度)

英国では、2010 年のキャメロン政権時に、ナッジを使い人々が自分たちにとってより良い選択ができるように 、「行動インサイトチーム(Behavioural Insights Team)」通称BITを発足しました。そして BIT は、「ナッジ・ユニット」の通称として呼ばれるようになり、以降、世界中でナッジを活用した同様の組織が設立され、正式名称とは別に、総じてナッジ・ユニットと呼ばれたりしています。

こうして説明すると、なんか随分と難しそうだなと感じますが、私たちの日常に結構使われていたります。例えば、スーパーが消費税5%から8%へと上がった際、「8%オフセール」ではなく「消費税還元セール」と題したセールを実施したとします。これは増税分の損失を回避したいという消費者心理を利用したナッジ的な販売促進策といえます。

また、アムステルダムのスキポール(Schiphol)空港の男性トイレの小便器のハエの絵もナッジの事例としてよく挙げられます、男性トイレの清掃に大きな出費を強いられていたので、小便器の中に小さなハエの絵を書き入れることによって床が汚れるのを減らそうとした試みです。実施した結果、清掃費を8割まで削減することに成功しています。現在では日本の商業施設のトイレにも描かれていたります。似たようなもので、コンビニのレジに誘導する床の絵もナッジの活用といえます。

また、自治体での取り組みも広まってきています。

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出典:西日本初 2017 年ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学「ナッジ」理論の自主研修グループ「ナッジ・ユニット」を設置した尼崎市

このような、行動インサイトを活用するフレームワークは、大きく2つ「プロセスフロー型」「チェックリスト型」に分けられます。

「プロセスフロー型」の例

これは、実践の一連のサイクルの各ステップで留意すべき点をまとめているのが特徴です。
OECD:BASIC (Behaviour, Analysis, Strategy, Intervention, Change)
OECD:ABCD (Attention, Belief formation, Choice, Determination)
BEAR: Assess, Aim, Action, Amend

「チェックリスト型」の例

効果的な介入のために満たすべきコンセプト・条件を整理しているのが特徴です。
Thaler & Sunstein: NUDGES、
Behavioural Insights Team:MINDSPACE (Messenger, Incentives, Norms, Defaults,Salience, Priming, Affect, Commitments, Ego)、
Behavioural Insights Team:EAST(Easy, Attractive, Social, Timely)、
BIAS project:SIMPLER (Social influence, Implementation prompt, Making
differences, Personalization, Loss aversion, Ease, Reminder)などがあります。詳しく説明すると長くなるので、ナッジについての記事は別途機会があれば書こうと思います。

ここでは、有名なチェックリスト型のフレームワーク「EAST」を紹介します。

イギリスのBehavioural Insights Team(BIT)が提案しているEAST

「EAST」とはEasy、Attractive、Social、Timelyの頭文字からきています。何か仕組みを作る際にこの「EAST」を基準に考えることで、効率的にナッジの活用が行えます。
Easy:簡単
・簡単なものになっているか?
・情報量が多すぎなか?
・手間がかからないか?

Attractive:印象的
・魅力的なものになっているか?
・人の注目を集めるか?
・面白いか?

Social:社会的
・社会規範を利用しているか?
・多数派の行動を強調しているか?
・互恵性に訴えかけているか?

Timely:タイムリー
・意思決定をするベストなタイミングか?
・フィードバックは早いのか?

「EAST」に関しては、本や日本版ナッジ・ユニット BESTだけでなく、横浜市のナッジ・ユニットであるYBiTの方々が、翻訳した資料や記事を色々公開しているしているので気になる人は見てみてください。

このように、ナッジを生み出すのは、インサイトであると考えることができます。それも人の怠惰な性質、固執する性質、損したくないという強欲な性質など、欲望マンダラでいうデビルインサイトにあたる部分を活用します。欲望を刺激し、欲望を制御しより良い選択へと誘導させる仕組みがナッジです。

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 「正義は欲望を超えない」。だから、正義や正論をふりかざすより、欲望を正しく利用する仕組みを考える方がきっと正しい。

またナッジは、私たちは経済人(経済的合理性にのみ基づいて行動する人)ではないという視点に基づいています。人の行動は感情に支配され、合理的ではない選択を行う生き物だから、ナッジを活用して社会をよくいていこうという考えです。

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出典:日本版ナッジ・ユニット BEST ナッジ以外の行動インサイトを活用した政策アプローチについて(ブースト)

したがって、より良いという言葉の響きは心地よいですが少し注意が必要です。あくまでもより良いというのは、〇〇にとってより良いという意味にしかなりえません。つまり、〇〇にとって都合の良い選択のためにナッジを活用する。特にサービスなら、サービス提供者にとって都合の良い選択へと導くためにナッジを活用します。しかし、サービス利用者側はそれに気付きません、自ら選択したように感じさせるのがナッジだからです。
このようにナッジを使えば人々の行動を変えることができるかもしれません。

少し暗い話になりましたがナッジが悪いのではなく、使い方の良し悪しで結果が変わるということです。人々の欲望の向かう先、倫理観などにより結果が変わります。

これからの欲望の向うさきはどこなのか?消費経済から○○経済へ

GDPで幸福は測れないということは、結構昔から言われています。ケネディ大統領のカンザス大学での演説でも語っています。

カンザス大学での演説の全文は、元の録音から転記されたものですが下記で確認することができます。

また、荒川区ではいち早く幸せを区政に取り入れようと、「荒川区民総幸福度(GAH)」の研究を行っています。最近では企業でもウェルビーイングの取り組みに注目が集まってきています。

荒川区は、幸せを実感できる区政を目指して、「荒川区民総幸福度(GAH)」の研究に取り組んできました。荒川区では、区に住んでいる人たちや、区で働いている人たちが、どれだけ幸せを感じているかを調べる指標をつくり、この指標を用いて、区民の幸福実感の向上を目指しています。 国の豊かさを国民がどれだけ幸福だと感じているかという「幸福度」で測ろうという考え方は、近年世界中で注目されてきており、荒川区の研究はその先駆的存在となっています。

また、応援経済共有経済循環型経済など、ただものを買うのではなく、買うことの意味や、自身の社会での役割を考えている人が増えてきているように感じます。このような社会では、誠実ではないサービスは淘汰されるでしょう。人々の倫理観が高まり社会全体が、マズローの自己超越欲求に向っているのかなと感じます。

今回はこのような、変化している社会の兆しみたいなことを紹介している記事(単純に紹介したい記事)を共有して終わりにしようと思います。ありがとうございました。

『都市を耕すーエディブル・シティ』
経済格差の広がる社会状況を背景に、新鮮で安全な食を入手するのが困難な都市で、市民自らが健康で栄養価の高い食べ物を手に入れるシステムを取り戻そうとさまざまな活動が生まれて行く。そして、一人一人の活動がコミュニティを動かす力となり、社会に変化をもたらす。卓越した草の根運動のプロセスを実感できるドキュメンタリーフィルム。
http://www.yuki-eiga.com/films/ediblecity

途上国における保険普及の取組 ~ノーベル賞で注目の「ナッジ」を活用~



参考資料

日本版ナッジ・ユニット BEST 年次報告書(平成29・30年度)

株式会社日立総合計画研究所 「旬」なキーワードについての研究員解説 

日本版ナッジ・ユニット BEST ナッジ等の行動インサイトの活用に関する
フレームワークについて


途中で飽きてしまいましたが、何とか書くことができました。続けるって難しいですね。

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