Mimi

Si. Mi chiamano Mimì

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Si. Mi chiamano Mimì

最近の記事

産褥

自分の産んだ子供が家に2人もいるということに未だに不思議な気持ちがする一方で、3人産んで2人しかいないことへの受け入れ難さがあるのもまた事実である。

    • Genuine genius

      なるほどSchubertの一生はとりわけ短かったということができるだろうが、彼の作品群を研究し始めたら凡人の一生なんて何周でも消費し尽くしてしまうだろう。

      • Der Leiermann (Winterreise)

        初夏だというのに何日も続けてWinterreiseを聴いている。 終曲のDer Leiermannに言いようもなくゾッとしている。恐ろしくて恐ろしくてたまらない。どこまでも虚無なのである。ライアー回しの具体的な描写があるのにも関わらず、それすら靄がかかったようになって見えてこない。表情が見えない、顔が見えない、見えるのはただ回り続けるライアーだけ……。 Drüben hinterm Dorfe Steht ein Leiermann, Und mit starren Fi

        • Wiegenlied

          数ある子守歌の中でSchubertが一番好きだったのだが、2番があることを知ってから、歌うのをやめた。その不吉さと恐ろしさに耐える事ができなかったのである。ぞっとして歌うのをやめたにもかかわらず、皮肉にも、歌の通りになってしまったのだが……。 Schlafe, schlafe in dem süßen Grabe, noch beschützt dich deiner Mutter Arm; alle Wünsche, alle Habe faßt sie liebend,

          Dichterliebeのみを食べて生きたい五月かな

          Dichterliebeのみを食べて生きたい五月かな

          たった1回だけ読ませてくれた本

          ふと、お誕生日でもサンタさんでもなんでもなく絵本を贈りたくて、丸善でよくよく考えて選んだ1冊でした。考えに考えて選んだのでした。 小学生からでもいいようなその長い絵本を試しに読んでやると、最初から最後まで1冊まるまるじっと聞いていました。 えー、3歳でこんな長い本が読めるの、と内心で関心したものです。 でも、その一度きり。その後は何度読もうとしても読ませてくれません。 自分で手にとって、「あたし全部知ってる!」とばかりに、ぱらぱらぱらぱらと始めから終わりまでめくり続けるだ

          たった1回だけ読ませてくれた本

          一杯の珈琲

          何ヶ月ぶりに自分のために珈琲を淹れたのだろう。いや、何ヶ月は言いすぎかもしれない。でも、少なくとも一月半以上であるのは確かだ。 時間もないのだが、大方、心理的余裕の問題なのだ。それと睡眠時間。睡眠を優先したい時や或いは物理的に寝落ちしている場合に珈琲なんか飲んでいる場合ではあるまい。今日は一杯珈琲を淹れることができて飲むことができた。たかが一杯、だが、一杯の珈琲を淹れて飲むことができるということの意味するところはそんなに小さくはない。 一杯の珈琲といえば、ケストナーの本で

          一杯の珈琲

          絵本

          例えば、数限りなく読んだ絵本の見知った風景の中に、 この歳になって初めて、 フリージアの鉢植えや家の壁いっぱいに咲き誇るバラを見つけたりすることがあって、 そんな時、大人であることも悪くないかなと思ったりする。

          Fountain

          たくさんたくさんの好きを抱きしめて。 たくさんたくさんの人に、 たくさんたくさんの好きを注ぎたい。

          Когда бы жизнь домашним кругом

          オネーギンそんなに嫌な奴か?というのが持論なのだが、今、オネーギン聴きながら、「あーいるいる!こういうスカした面して皮肉っぽいことばっかいうやつ!現実で会うと超ムカつくやつ!!」と一瞬で持論撤回した。まあそれでも、若気の至りなのはターニャよりオネーギンじゃねーか、その斜に構え方が十分青臭いぞお前、とちょっと思ってしまってどちらかというと若干同情してしまうのだけど。

          Когда бы жизнь домашним кругом

          Io l'ho perduta

          拾った骨の色がどんな色だったか、もう思い出せないと思ったけれど、否、そんなことはなかった。

          Io l'ho perduta

          汝の生傷を愛せよ

          「人間の心理だってある意味では生き物の生理現象だから、時間の流れに伴う変化を防ぐのは難しいと思うのよね。それは自然なことだしいいことでもあると思うよ。生傷がいつか必ず痂になるように。でも、だからこそこうやって生傷を生傷のままにしながら生きていけるっていうのもそれはそれで一周回って幸せなことじゃないかしら。」

          汝の生傷を愛せよ

          First of all

          脳内に思いついた言葉を書き起こそうと思っているうちに、いつのまにか消えてしまっていることが結構ある。 なんとなくそれではいけないような気がするし、なんだかどこかに書き留めたい気がして、場所を作ってみた。 書き続けるかもしれないし、続かないかもしれない。 エッセイかもしれないし、フィクションかもしれない。 そんなスタンスでとりあえず初めてみます。

          First of all