からだの中の森へ。春水✳︎Syunsui

春水✳︎Syunsui療術所主宰。 榛名修験道先達、大峯修験行者。 某山岳仏教宗派教師。…

からだの中の森へ。春水✳︎Syunsui

春水✳︎Syunsui療術所主宰。 榛名修験道先達、大峯修験行者。 某山岳仏教宗派教師。修験僧侶。 聖地霊山巡礼 榛名山、大峯山、戸隠山、武州御岳山、満行大権現、金剛蔵王大権現、飯綱大権現、白龍大神。 テルミー療術師。ボディワーカー。 青睡蓮や修験道、体の中の森の世界へ。

最近の記事

ニセアカシアの花吹雪の中を。 その1

4月の下旬から5月の初め。 ニセアカシアが一斉に白い花を房状につけて満開になり。 朝窓を開けると、甘い香りが部屋に流れ込んでくるのです。 外を歩いていると、ニセアカシアの並木道にさしかかる前に、風が花の香りを含んでいるのがわかるのでした。 10歳から20代初めまで住んでいた町の、駅までの道のりには、沢山のニセアカシアの大木が植えられていました。 ニセアカシアの花の香りは、少しジャスミンにも似たような、とても良い香りで。私はその堂々とした美しい樹木の姿も愛していました。

    • 石それぞれの物語。

      「水晶へ、祈りをこめて地球へ捧げる」に書いたシャーマンの女性からは、その集いの参加者ひとりひとりに、クリスタルを手渡しされました。 それは、日本、そして日本人への。愛と祈りが込められている遠い国からの贈り物でした。そのクリスタルは、今も大切にしています。 クリスタルを、祈りをこめて水に還し始めてから、 私はだんだんと日本の石、水晶に出会うようになりました。 以前はネットショップや、クリスタルのお店、ミネラルショーなどで海外から運ばれた石を購入することが多かったのですが。 日

      • 手の響きと岩の神様。その4

        手で触れる、という行為は。 私にとっては、その対象が持つ穢れも含めて、その中へからだごと足を踏み入れ、入ってひとつになることです。 そして、一見泥のなかに沈んでいくように見えて。 ふかくふかく潜ったその先の、相手の魂の元の光と美しさにアクセスして。 手を繋ぎ、また、ここに戻ってくること。 同じく、ある土地に足を踏み入れて祈る、ということは。 イヤシロチ、ケガレチの区別はなく。その土地に触れるということ。触れあう、ということ。 そして、その地へ実際に赴き、足を踏み入れること

        • 手のひびきと、岩の神様。その3

          山頂付近の巨石の大岩を男神として、小岩を女神として祀っている、この神社の創建の伝説。 むかし、このお山には男女ふたりの神さまが暮らしていたそうです。 でも、ある時に男神さま、女神さまの二人とも、それぞれに重い病にかかってしまいました。 お二人は、お互いを献身的に看病し、癒しあって。 それによって、奇跡的に病が治癒したのでした。 土地の人々は、そのふたりの神様の徳をたたえてお社を造り、「大岩」を男の神「小岩」を女の神として祀ったのです。 この伝説を信じ、伝染病や不治の病、そ

        ニセアカシアの花吹雪の中を。 その1

          手のひびきと、岩の神様。その2

          それは、京都にある神社で。特徴のある彫刻が施された石の鳥居が、異世界や古代遺跡のような雰囲気があるとも言われています。 もう、神主さんもいらっしゃらなくて。無人のため、倒木や、台風による被害で。お社や鳥居、狛犬なども所々倒壊してしまっている様子でした。 最初に写真を見た時に、その石の鳥居は、100年以上前とか、そんなに古いものではないように感じました。また、苔むしていて、様々な神仏や女神像なども彫られていますが、もともとは、この地の神さま方への崇敬の想いを持った方が奉納さ

          手のひびきと、岩の神様。その2

          手のひびきと、岩の神様。その1

          むかし、むかしから。 手で触れること、手をかざすことによる癒し、というものが世界各地で、多くの人々により行われてきたのではないかと、ずっと考えていました。 そして手に限らず、ひとと、ひとが。お互いに触れあうことによって完成するエネルギーがあるのだろうと。 ひとりひとりが、そらと、大地と、自然とつながり。その気の循環を自分自身のなかに巡らせてゆく。そしてそのエネルギーを純化し、強化してゆく。 そしてその状態がほぼ完成に近くなったときに、 ひとと、ひとが、触れあい、お互いの陰陽

          手のひびきと、岩の神様。その1

          都会の人工河川にも、精霊は宿るのか。

          物心ついた時から、近くには川が流れていました。 最初の川の記憶は岩槻の元荒川の流れ。 橋の上から水の流れるさまをぼんやりと眺めているのが好きな子供でした。 私が10歳になり引っ越して住んだ街にも、家の近くに小さな川が流れていました。 「緑川」と呼ばれていたその川が、 江戸時代に灌漑用に作られた荒川水系の人工河川だったと知ったのはつい最近のことです。 その頃の私にとっては、身近に流れていた親しい唯一の川であり、それは自然そのものでした。 そして、私に初めてエコロジカルな意識

          都会の人工河川にも、精霊は宿るのか。

          右腕の中の、暗い夜の森。

          「からだに触れると、見えるもの。」を書いていくうちに思いだしてきたことがあって。 そういえば、右腕の中の空間が、美しい暗い夜の森だった人がいたなあと。 15年以上前、ヒーリングのクラスの同級生と。 練習を兼ねて定期的に交換セッションをしていた時期がありました。 その男性はサイキックでしたので。 お互いのセッションをそれぞれの感覚からフィードバックすることができてとても興味深く、勉強になったのです。 その日は、私がヒーリングをする側でした。 施術が進み、彼の右腕に触れた時。

          からだの中の記憶たち。その4

          これは、遠い過去の記憶のお話ですので、ゆっくりその時のことを思いだしながら書いています。私は普段、過去のことはすっかり忘れて過ごしているのですが、記憶の奥に格納庫?のようなものがあるのかな。 意識的にアクセスすると、するすると紐解かれた記憶が立ちあがってくるのを、流れてくるままに書き留めています。 その3で書いた、最後の方のセッションで出てきた記憶と、風景、感情。 あれは、実際に5歳のころの私が体験したものでした。 その後、数年間の間、家族は離れ離れに暮らすことになります。

          からだの中の記憶たち。その4

          からだの中の記憶たち。その3

          それは、とても静かな風景でした。 5歳の私が、月の出ている夜に。 父と母に手を引かれて歩いているのでした。当時2歳の弟は、母におんぶされていました。 これは、これから家に帰るのか、それともどこかへ出かける途中だったのかはわかりません。ただ、ずっと忘れていた記憶でした。 その夜の、月の光、両親につながれた手の感覚。響く足音。 夜の草の香り。ひんやりとした空気などが蘇ってきました。 家族と一緒で、手も繋いでもらっているのに、私は訳も分からずとても悲しく、不安な気持ちで歩いていまし

          からだの中の記憶たち。その3

          からだの中の記憶たち。その2

          その後、セッションを重ねていくうちに。 だんだんと自分のからだや感情を感じることや、リラックスして施術者を信頼し、委ねることができるようになってきました。 そして様々な手技により、からだの強張りや詰まり、深層部分の固さがリリースされる時や、ヒーリングで、からだにそっと手を当てられた時に。 過去の記憶、映像や、その時に感じていた感情などが、まるで凍って保存されていたものが、溶けて解凍するかのように突然湧き上がってきて、再体験するということが度々起きてきました。 思い出す、という

          からだの中の記憶たち。その2

          からだの中の記憶たち。その1

          私は20代半ば頃に、これからの人生の方向性や、どんな仕事をして行きたいのか。このままでいいのかなど、とても悩んだ時がありました。 ジュエリー制作、デザインの専門学校に通って3年目。 そろそろ今後の進路や就職について真剣に考えていかねばならない時期にさしかかっていました。 アルバイトをしながら制作、課題提出に追われる日々は大変でしたがとても楽しい学生生活でした。デザイナー、作家になりたいなどの夢があって自分で選んだ学校だったのですが。 だんだんと心身に違和感と不調が出てき

          からだの中の記憶たち。その1

          水晶に、祈りをこめて地球へ捧げる。

          10代の終わりよりクリスタルに惹かれ、色々な種類の石を集めてきました。 独学で様々な書籍を読んで学んで実践したり、クリスタルヒーリングなども学び。セッションで使ったり、プライベートでも、今も愛する石達に沢山助けてもらっています。 でも、ある時期からは、本当にご縁があり仕事や自分自身に必要な石以外は。以前のように度々購入しなくなりました。 そして、数年前からは主に日本産の石を自分にも仕事にも使うことが多くなりました。 そのきっかけは、8年ほど前でしょうか。 世界中の聖地、

          水晶に、祈りをこめて地球へ捧げる。

          ベルガモットの香りを、色で感じる。

          10代の終わり頃は調香師になりたいという夢があり、数年間働きながら調香の学校へ通っていました。 アロマテラピーの世界に入るのは、もう少し後になります。 香水を自分自身が日常的につけることはほぼ無かったのですが、調香師がブレンドした昔からの名香といわれる香りを集めて、 作品として香りを嗅いで、その世界をイメージするのが好きでした。 それは音楽や絵画の鑑賞とも似ていて、様々な色や風景、映像に包まれてその香りの世界を旅するのが楽しかったのです。 だから、部屋で1人で居る時に香り

          ベルガモットの香りを、色で感じる。

          白い花を咲かせる樹とのお別れ。

          6歳の私がとても愛していた樹のことを、お話しします。 私は埼玉県の岩槻に住んでいて、まだまだその頃は自然が豊かな環境でした。 その当時、私の母は教育ママでしたので。 幼稚園の年長組を登園拒否して行かなくなった私に、小学校6年生までの勉強を一日数時間かけて教え込んでいました。 午後2時くらいにやっと自由時間をもらえるので、それから私は家の前の野原や林の中で木に登ったり、虫を追いかけて遊びまわっていました。 家の前の広い野原に、ぽつんと。 その頃の私の身長の3倍くらいの高さの

          白い花を咲かせる樹とのお別れ。

          note再開と自己紹介です。

          お久しぶりです✨春水です。 2年間お休みしていたnoteを再開します。 2年前に、3ヶ月間だけ書いてました。 その頃はまだ古いスマホを使っていて、スマホのアプリからは投稿できなくて、パソコンを使ってました。 急にパソコンの調子が悪くなって以来、お休みしてたのです。 また再開しようと思いつつ2年も経っていたのですね。。 どんなふうにまた書いていこうかな?と悩みつつ、、以前の記事はどうしようかな?と思いましたが、まとめたり、加筆したりして再投稿していくことにして一旦未公開にしま