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背伸びしたあの日の恋を覚えてる?

CMに流れている音楽について知ってれば、周りの女子たちとも会話ができる。私にはそれが十分だった。だから隣で優美子が私に興奮気味にバンドのライブがあると教えてくれても、私にとってどうでもよかった。でも、優美子はその流れで今度の土曜日にコンサートがあるから一緒に行かないと誘ってきた。それもそのはずで、こんな田舎でビジュアル系バンドの話が合う人なんていない。だから友達の私を誘ったのだった。彼女は私が断れ切れない性格だと知っていたので、行ってくれると見込んでいたのだ。その見込み通り、私はコンサートに行くことになる。

ライブの当日、私たちふたりはコンサート開始の6時間前に着いた。どうやたグッズ販売が早くからあるらしく、優美子は誰よりも先に買い占めたかったらしい。こんな田舎で売り切れないよと思ったのだが、彼女の熱意はすごい。早く行ってまんまとグッズを買い占めていた。でも、同じような熱意のあるファンはいるようで優美子は会場で出会ったファンと意気投合していた。私は彼女たちの金魚のフンのようについて雰囲気を消していた。コンサートが始まるタイミングになっても私は太々しいままだった。さすがにこれだとノリの悪い客だと思われると感じ、コンサート会場からひとりでソッと抜けることにした。どうせ優美子はファンの人たちといる。

会場から抜けて歩いていると、警備員に止められている男の人がいた。「頼むから入れてくれ!」と叫んでいる。どうやらチケットが取れなかったらしい。私はそれも下らないと冷めた目で横を通り過ぎ、喫煙所近くのベンチで時間を潰すことに決めた。しばらくして、目の前の喫煙所の方にさっきの男がやってきた。真っ赤な髪にジャラジャラのアクセ。今でこそ死語になったが、いわゆる「お兄系」のファッションだ。会場に入れなくて太々しい態度を取りながらタバコを吸っていた。こんな奴絡みたくないと思ったのだが、こっちの方をジッと見てきた。

「おい!お前チケット持ってるだろ。俺によこせ」初対面なのにメチャクチャな言葉で話しかけてきた。私はイラッとしてぶん投げてやろうかと思ったが、どうせコンサートには興味がなかったので素直にあげることにした。男は喜んでまた警備員のゲートの方に走っていった。まさに愚か者とはこういった男を指すようだ。しかし、3分後にすぐ戻ってきた。どうやら入れなかったらしい。彼は2回目に断れられた時は、さすがにダメと悟って落ち着いてたのか今度は敬語で話しかけてきた。「コンサート、なんで行かないんですか?」

私も暇だったしテンションの落胆具合を見ると、話し相手に付き合ってやるかと思った。実は友達に連れられてきて、自分は全く興味がないことを打ち明けると、彼はまた大興奮してきた。「お前、このバンド聴いてないと人生損してるぞ」どうやら熱烈なファンらしい。そこまで熱があるならきちんとチケットを取れよと思ったのだが、彼はそのままバンドの良さを熱弁し始めた。それが彼との出会いだった。

最初は暇つぶし程度に聞いていたけど、どうやら話を聞くと破天荒なクソ男じゃないらしい。実はアルバイトで貯めたお金で大学に通っていて生活費も自分で出している。母子家庭育ちで下には弟がいて、少しでも負担をかけたくないから自分のお金で生活しているそうだ。今日のチケットが取れなかったのも、販売開始がバイトの時間で売り切れてしまったらしい。このバンドの音楽はまだ好きになれなかったけど、彼の話は面白かった。

コンサートが終わってみんながゾロゾロと帰りだし、優美子は私を見つけて謝ってきた。そのままの流れで彼とはさよならをしたけど、メールアドレスは交換した。もう少し彼の話を聞いてみたかったけど、流れる人の波で彼を見失ってしまった。ライブハウスがある田舎の中の繁華街の道のネオンの光を浴びながらその日は帰った。

後日、彼と遊びに行くことになった。メールをする中で、彼の情報をさらに知った。名前は海斗。それにバンドのおすすめの曲を丁寧に教えてくれた。私もそこまで興味がないままだったけど、偶然いいなと思うラブソングにも巡り合った。私は高校生だったけど、少し大人の世界を知る大学生の海斗の考え方に興味が沸くようになった。一見乱暴そうな見た目に見えたけど、実は苦労人で真面目な人だった。私と変わらない中身は素朴な人。そして、1ヶ月後に私たちは見知らぬ人から恋人同士になった。私は真面目な人が好きだったんだけど、彼は根は真面目なのにバンドマンに憧れてお酒を飲むようになったらしい。海斗の影響で私は危ない遊びもした。まさに青春だった。本当はスカしているだけで、自分はどこか遊びに興味があったらしい。海斗は大人の世界を知ってそうで、知らない可愛いところもある。私はライブハウス近くのラブホテルで彼の童貞を奪った。後に知ることになるが、このホテルには薬物中毒の人の巣窟になっていたらしい。田舎には娯楽がないが、イキすぎた娯楽に手を伸ばす人もいるみたいだ。中毒の女のひとりが自分の男が違う女に手を出したことに腹を立て、一緒の寝室で自殺しようとガソリンを巻いてホテルごと消失した。田舎でほとんどニュースがないのに、この時ばかりは大きく報道された。

あれから20年。恋の始まりは覚えてるけど、終わりは忘れた。私が受験生になって距離を置いたから海斗とは疎遠になって消滅したのだと思う。出会いの思い出は残っているのに、別れの思い出はない。少しずつ経験を重ねていった。

久々に地元に帰ってきて、ライブハウスの前の繁華街を歩いてラブホテルの前に張り巡らされた「立ち入り禁止」のテープを見ながら私は当時を思い出していた。