利用者の視点に立ったシステムを独自に開発。若きエンジニアと伴走したNPO法人運営
奈良県・安養寺で住職を務める松島 靖朗さん。日本全国のお寺に集まるお菓子や果物などの「おそなえ」を、さまざまな事情を抱えるひとり親家庭に、独自システムを活用した匿名配送で「おすそわけ」する認定NPO法人「おてらおやつクラブ」を運営されています。
たった一人から始まった「おてらおやつクラブ」の歩み
吉永:
弊社が提供するサービス「VOTE」の開発に携わってくれたエンジニアから「おてらおやつクラブ」の話を聞き、活動内容に感銘をうけました。お話しできる機会をいただけて嬉しいです。松島さん、今日はよろしくお願いします。さっそくですが、おてらおやつクラブの活動はいつから行われているのでしょうか?
松島さん(以下、敬称略):
2013年の8月に、個人的におすそわけの活動を始めたのが原点です。その年の5月に、大阪市北区のマンションでお母さんと小さな子どもの二人が餓死するという痛ましい事件が起こりました。フードロスが問題になっているこの飽食の時代に、食べるものがなくて苦しんでいるご家族がいることを知り、いてもたってもいられない気持ちになって仔細を考えず動き出したのが、おてらおやつクラブのはじまりです。
吉永:
たった一人で始められた活動とのことですが、現在では日本全国の賛同寺院が活動にご協力されているんですよね。
松島:
ありがたいことに、今では北海道から沖縄まで活動が広がり、賛同寺院数が2,000か寺を超えました。寺院のみならず、子どもやひとり親家庭などを支援する各地域の団体にもご協力いただき、日本全国たくさんのご家庭に「おすそわけ」をお送りしています※。
吉永:
そんなにたくさんの寺院・団体と一緒に活動されてるんですね。どのように活動の輪を広げられたんでしょうか?
松島:
はじめから「大きな活動にしよう!」と思って動き出したわけでは全然なくて。当初は、住職をしているお寺で余裕のあったおそなえを、大阪の支援団体さんに届けるだけの活動でした。「珍しいお菓子をいただけて、子どもたちも嬉しそうです」とお伝えいただき喜んでいたんですが、ある日支援団体を訪れると、「全然足りません」と現場の状況を教えてくださったのでした。
吉永:
それはショックな一言ですね…。
松島:
私としては社会の役に立てているという気持ちでいたんです。でも、実際は全然足りていなかった。どうしたらもっとたくさんのご家庭に食べ物を届けられるか考えた結果「うちと同じく、おすそわけ先を探しているお寺は全国にたくさんあるはず」とひらめいたんです。そこから、企画書のような資料を一枚持って、いろいろなお寺を回りました。
吉永:
そんな地道な活動が、現在のおてらおやつクラブに繋がっているんですね。じつは私も、10年ほどシングルファザーをしていた時期があるんです。私の場合は実家の両親の手も借りつつ暮らしていましたが、シングルって仕事の面でも生活の面でも本当に大変で…。だからこそ、おてらおやつクラブさんの活動って本当に意義のあるものだと感じました。
試行錯誤を経て、活動のために匿名配送システムを開発
吉永:
お一人ではじめられた活動をここまで発展させるには、たくさんのご苦労があったと思います。
松島:
活動継続が危ぶまれるようなピンチが何度かありました。それでも、ここまで活動を広められたのは、おすそわけをする側の寺院・団体の方々と、受け取る側のユーザーさま両方が利用しやすい仕組みをつくろうとシステム化の試行錯誤を続けているからだと感じています。
吉永:
具体的に、どのような「システム化」を行われたんでしょうか? 活動の仕組みをシステム化されているNPO 団体さんってあんまりいないような気がします。あくまで私の勝手なイメージなんですけども…。
松島:
いろんな面でシステム化を進めています。でも初期の頃は、直接寺院や団体に足を運んで活動内容を説明して、ご賛同いただいた方々のデータを手打ちでExcelに打ち込んでいたぐらい、人力のみで運用していました。そこからまずWordPressでホームページを作って、お申し込みフォームを設置しました。でも、入ってきたデータをスタッフがSalesforceに入力する手間がかかってしまって。負担をなくすためにキントーンを導入し、WordPressのフォームと連結させて手作業の手間を省いた上で、おすそわけの量や内容もデータベース化できるようにしました。
吉永:
キントーンといえば、サイボウズさんが提供するアプリがつくれるクラウドサービスですよね。利便性はもちろん、データ管理もできるようになったのは大きいですね。新しいサービスをはじめたての頃って、後から「なんであのときのデータ、ちゃんと残しておかなかったんだ」って後悔することがよくあります。
松島:
新型コロナウイルスの流行拡大をきっかけに「匿名配送システム」を開発しました。コロナ前は351家庭に、おてらおやつクラブから直接おすそわけを送っていたんですが、コロナ禍によるさまざまな影響で「助けて」の声が急増、2021年には5,943世帯、2022年には8,547世帯とおすそわけを希望されるご家庭が増えました。
吉永:
ものすごい増え方ですね。約24倍…! ひとり親世帯だけの話ではなくて、コロナ禍って本当にいろんな人が生活の急激な変化に戸惑っていた未曾有の事態だったので、ご対応も大変だったかと思いますが…。
松島:
突然の出来事で、かなり戸惑いました。ここまでの数のご家庭におてらおやつクラブの事務局から直接おすそわけを送ることは難しくて。でも、せっかく「助けて」の声を上げてくれたのだから、なんとかしたい。
吉永:
人力で8000世帯に直接荷物を送るとなると、ちょっと現実的じゃないですね。アルバイトを雇うにしてもお金の問題もありますし。
松島:
とはいえ住所やお名前は個人情報なので、各地の寺院・団体に開示して発送をお任せするわけにはいきません。そこで、寺院・団体(発送元)も各ご家庭(発送先)も匿名で、荷物を送ることができるシステムを構築しました。フリマアプリの匿名配送をイメージしていただくと、わかりやすいかな。同時におてらおやつクラブをご利用しやすくなるよう、2021年にはLINEアカウントも開設しました。
吉永:
LINEまで! たしかに、電話やメールだと問い合わせしにくい雰囲気があるかも…。ユーザーにとって、CTA※が喚起されるサービスって、意識しないとつくれないんですよね。私にも子供がいるのでよく分かりますが、LINEで問い合わせできるのは忙しい親世代にはありがたい仕組みです。
松島:
日本各地の寺院・団体も、LINEアカウントでマイページにログインできる仕組みなんです。マイページではこれまでの支援履歴、支援を待っている団体さまやご家庭の件数などが確認できます。そちらをチェックしていただいて、発送できる寺院から順番におすそわけを発送してもらっています。匿名でおすそわけを受け取ったご家庭のお子さんからは「日本のどこかに、自分たちのことを見守ってくれている人がいるんだと安心する」という嬉しい感想をいただいております。
吉永:
協力してくださる寺院・団体の方々にとっても使いやすいシステムなんですね。
松島:
日本全国共通で、どこの寺院や団体でも同じ手順で支援を行えるシステムを目標に、エンジニアのみなさんと試行錯誤しながら作り上げました。どの地域でも活用できる共通のフォーマットを設けることで、日本全国のご家庭におすそわけの送付が可能になったんです。
奈良先端科学技術大学院大学の学生と伴走したシステム開発
吉永:
ここまで伺ってきたおてらおやつクラブのシステムですが、なんでも現役の学生さんたちと協力して作られたとか。
松島:
安養寺と同じく、奈良にある「奈良先端科学技術大学院大学」<通称:NAIST(ナイスト)>の学生さんたちが集まって立ち上げた「株式会社I co.(アイコ)」と共に開発しました。在学中の若手エンジニアが代替わりしながら、システム開発を行っている会社なんです。
吉永:
いったい、どういった経緯で学生さんたちとお知り合いに…? 募集をかけたりされたんでしょうか?
松島:
お寺の本堂って、昼間はいろんな行事に使っていることが多いんですが、夜間は誰も使っていないんです。なにかできることはないかなと、夜間の本堂を一般の方々向けに開放したところ、地元の高校生たちが遊びにきてくれるようになったんです。
吉永:
なるほど、そんな経緯でお寺に若い人たちが集まるようになったんですね。
松島:
当時、「夜間自習室」と呼んでいたんですが、自習室に通っていた学生がアイコの創業メンバーを連れてきてくれたんです。そのうち、お盆の行事で人手が足りないときに、彼、彼女たちがお手伝いもしてくれるようになって。親交が深まったある日、おてらおやつクラブの活動上の悩みを相談したら「そんなの、プログラム3行で解決できますよ」と言われてしまったんです…。
吉永:
すごく自信満々な発言です(笑)えっ、まさか本当に3行で解決してしまったとか…!?
松島:
「言うたで!」と嬉しくなりました。まあ、実際には3行では解決しなかったんですが…(笑)。その後、いろんなツールを利用するにあたってサイボウズさんや、いろいろな方々にご協力いただきましたが、ここまでシステム化を進められたのは、やはりナイストの学生さんたちが声をあげてくれたことが大きかったですね。
吉永:
自然と集まってくれた学生さんたちのお力添えで、ここまでシステムが発展していったんですね。すてきな出会いです。
松島:
今回の対談に同席してくれているアイコCEOの山﨑くんは、私と同じく奈良育ちなところに親近感を持っています。奈良の中で学びを得て、こんな立派なシステムを開発できるエンジニアが生まれたことを嬉しく思います。さきほどお話した「3行で解決します」という発言も、一緒にチャレンジしてくれる意欲を感じて、私はすごく嬉しかったんです。柔軟な発想力、こうしなきゃいけないという過去の囚われがない純粋な彼らと伴走してきたからこそ、おてらおやつクラブはここまで発展したんだと感じています。
吉永:
山﨑さんは、なぜおてらおやつクラブの活動に加わりたいと感じたのでしょうか?
山﨑さん(以下、敬称略):
僕がはじめておてらおやつクラブの存在を知ったのは、僕の母校である奈良工業高等専門学校とおてらおやつクラブが2021年に共同で開催した、「子供の貧困問題」を解決するためのアイデアソン・ハッカソン※でした。そこで松島さんのプレゼンを聞いて、自分の知らない社会問題の内容に衝撃を受けて…。「自分もなにか力添えができないだろうか」と考えていたところに、先輩から声をかけてもらい活動に加わりました。
松島:
こうやって、いろんな学生さんが活動に関わってくれているので、卒業の季節になるとすごく悲しいんですよ。就職で遠くに行ってしまう学生さんも多いので…。学生さんたちと関わりだしてからは、春はちょっと元気がなくなる季節になりました(笑)
おてらおやつクラブの功績と、今後の課題
吉永:
おてらおやつクラブの活動は「グッドデザイン賞」※に選出されたり、優れたキントーンの活用アイデアを発表する「kintone hive 2023」※にご登壇されたりもしているんですよね。
松島:
ありがたいことに、2018年に大賞をいただきました。受賞をきっかけにおてらおやつクラブの認知が広がり、いろんな企業さまから「一緒になにかしたい」とお声がけいただけたことが嬉しかったですね。kintone hive 2023ではキントーンを活用して貧困問題の解決を目指していることや、システム開発を地元の学生が担っていることに多くの賛同の声をいただきました。
吉永:
活動がいろんな場所で評価されているんですね。すばらしい活動内容とシステム構築を誇るおてらおやつクラブですが、松島さんが感じる今後の課題はありますか?
松島:
発展途上国などで問題視されている生存に関わる「絶対的貧困」に対して、日本の「相対的貧困」は食生活も服装も一見普通に見えるので、世間に気づかれにくいという特性があります。一見すると何不自由なく暮らしているように見えても、学習塾や修学旅行、その他の娯楽など「他の子が当たり前に体験できることが、自分にはできない」と感じている子どもたちは少なくないんです。
吉永:
ひとり親家庭だった頃に実感しましたが、自分一人だけで子育てしている環境だと、お金を稼ぎたくても就職することもなかなか難しいんですよね。女性の場合はいわゆる「マタハラ」の被害もあるらしいですし…。
松島:
そういった問題を誰にも相談できず、「たすけて」といえない親御さんや子どもたちもいらっしゃいます。おてらおやつクラブでは、ひとり親家庭に向けて「もの」だけではなく「体験」を提供するため、飲食店を展開されている企業さんと協力し、親子での外食の機会をおすそわけするために色々と計画しています。ドーナツやかき氷のおすそわけ体験では、ご参加いただいたお子さんたちにとても喜んでいただけました。まだ始めたばかりですが、今後いろんな社会のリソースと活動を繋げていきたいです。
元エンジニアや元大手広告代理店勤務の住職が集まる運営メンバー
吉永:
現在、おてらおやつクラブでご一緒に活動されているメンバーはどんな方がいらっしゃるんですか?
松島:
アイコのメンバー以外にも、元エンジニアや元大手広告代理店勤務など、いろんな経歴の住職たちと一緒に運営しています。私自身、大学卒業後は企業でインターネット関連事業、会社経営に従事していたサラリーマンだったんですよ。
吉永:
すごいご経歴ですね! いろんな活動を進めていくうえで、すごく心強いお仲間かと思います。社会人経験のあるメンバーもたくさんいらっしゃるなかで、松島さんが感じる学生エンジニアさんたちの魅力ってどんなところでしょうか?
松島:
「デジタルネイティブ」なんて言葉がありますが、アイコのメンバーたちはまさにそういう世代なんですよね。私たちが踏襲してきたこれまでのやり方を知らないぶん、考え方がすごく柔軟です。私が提案したアイデアも、学生さんたちは「そのシステムはいらないです」ときっぱり却下してくれたり。
吉永:
20代になったばかりの学生さんたちですもんね。私にも学生エンジニアの知り合いがいますが「ものの考え方が自分とはまったく違って面白いな」と感じます。最近も、他社の社長さんと「最近の若い子ってしっかりしてるよね」なんて話したりしました。
松島:
頼りになりますよね。あと、私は子どもの貧困問題の解決に尽力してはいますが、今年49歳になるので、当事者の子どもたちとは年齢の差が大きすぎます。当事者と近しい世代の学生さんたちが、子どもの貧困という社会問題に目を向けてくれるのは、すごく嬉しくもあるんです。
吉永:
先ほども話にあがりましたが、システムを開発する上で利用者の視点に立てることは大切ですもんね。
松島:
システムというのは「誰かが使うための仕組み」なので、そのシステムを使うユーザーの困りごとを念頭に開発を進めてくれるのが、いいエンジニアの条件だと感じます。あと、ナイストの学生さんたちを見ていると「本当にシステム開発やコーディングが好きなんだな」とよく感じます。私はインターネット過渡期に社会人をしていたので、windows95の登場にはものすごい衝撃を受けた世代なんですよ。
吉永:
私も同世代なので、よくわかります(笑)
松島:
今後もいろんな新しいツールや技術が生み出されると思いますが、それを使って「なにをつくりたいのか」「どんなことをしたいのか」を考えて、わかりやすく話せるエンジニアさんというのは、いつの時代も魅力的に見えるんじゃないかな。
課題は「対話」から割り出す。今後、エンジニアのあるべき姿とは
吉永:
ここまでお話を伺って、学生さんたちの活躍をたくさん知ることができましたが、現役学生の山﨑さんはいま悩んでいることや課題に感じていることはありますか?
山﨑:
おてらおやつクラブのように、日本全国の課題をシステムで解決する上で、ユーザーたちが共通して感じている課題や、その課題が発生する背景を把握するにはどうしたらいいのか悩んでいます。システム開発を基盤に置かれている企業では、どういった方法で課題を割り出しているのでしょうか?
吉永:
ユーザーや企業が感じている課題というのは、何気ない会話から把握できることが多いですね。会話の中で頻出するキーワードに、課題や課題が生まれる背景が隠れていることがよくあります。これからはシステム開発だけに注力するのではなく、ヒアリングができるエンジニアが重宝される時代になるなと日々感じています。
松島:
「AIの技術が発展することによって、エンジニアの仕事がなくなる」なんて言う人もいますが、そうではなくて、今後はAIでは補えない対話や営業もできるエンジニアが増えていくんじゃないかと私は思います。
吉永:
「エンジニアは社内で仕事をするもの」という常識に囚われず、エンジニアも営業さんに同行して、どんどんお客さんやユーザーとおしゃべりして対話力を身につければ、おのずと課題を見つけ出す目も養えるんじゃないかな。
松島:
「ユーザーがいる環境に身を投じる」のはとても有意義な行動ですよね。そういうふうに振る舞えるエンジニアは、どんな場所でも重宝されるはずです。
吉永:
松島さんから、今後エンジニアとして活躍される若手の方々にメッセージはありますか?
松島:
エンジニアに限った話ではないですが、やはり若い人たちには無限の選択肢があるということを伝えたいですね。「自分の作ったシステムが、この世界を変えるかもしれない」という可能性を信じて、頑張ってほしいです。今、国内では38万世帯のひとり親家庭がさまざまな事情で困窮していると言われています。おてらおやつクラブでは、そのような世帯全てにおすそわけを届けたいと考えていますが、そのためにはまだまだ色々な仕組みが必要です。この悩みを解決するようなシステムを「一緒に作りたい」と言ってくれるようなエンジニアさんに出会えたらいいなと思っています。
吉永:
山﨑さんやアイコのメンバーと知り合ったときのような、すてきな出会いを期待しています。松島さん、ありがとうございました!