寝ることを貫き通す力

 母は睡眠力が高い。睡眠力とは寝つきの良さ、寝場所の選らばなさ、眠りの深さなどを総合したものを指す造語だ。母の快眠については寝つきが良いなどの一言では表現できないのだ。
 とにかく母はよく寝る。脳が『寝てもいい』と判断すれば10秒で寝れる。いや、既に眠気を感じている状況であれば1秒を切るだろう。状況が整えば0.93秒で熟睡するという惑星を救った伝説のガンマンといい勝負かもしれない。
 とにかくどういう状況であってもすぐに寝る。日中どれだけ仕事などでストレスを受けても夜に寝れないということはない。たまに「夕方にコーヒーを飲んだから/ 昼寝をしたから昨日はすぐに寝れなかった」と言うことがある。しかしどれくらいの時間寝れなかったか訊くと「10分」と答えるのだ。10分。そんなものは寝れないうちに入らない!と誰もが思うだろう。しかしこれこそが母の睡眠力の高さの証なのだ。
 以前、何かの折りに母との会話で不眠症が話題になった。深刻な不眠症では寝ようとして布団に入っても、3時間たっても眠りに落ちることができないという。母はその症状に対して「もったいない」と言うのだ。寝ないでいるなんてもったいないと。これは揶揄でも何でもなく、寝れる状況で眠りに落ちないということが心底不思議でしかたないのだ。
 母は「もう寝る時間」と認識した時点で立っていようが座っていようが意識の8割が寝てしまう。そしてパジャマに着替えて「寝てもいい格好」になった時点で9割。布団が視界に入った時点で10割、布団に入る動作は文字通り夢意識だ。枕に頭を乗せれば3秒で熟睡、これが普段のルーティンである。
 母の父(私にとって母方の祖父)は従軍時、歩きながら寝たという。その穏やかな祖父が生き延びた遺伝子が母にも引き継がれているのかもしれない。
 寝つきを良くするためのサプリや薬がこれだけ宣伝されてるってことはそれだけ不眠に悩む人が多いんだよ、と私がいくら訴えても、でも寝てもいいのに寝ないなんてもったいない、と母は首をかしげている。


今日の英語:SLEEP

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