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こどもは等身大の鏡の様だ

こんばんは。これいいね、記入するところに「お疲れ様です」とあるの、労いに多少なりともほっこりするの、気遣いが嬉しいね。

今日はなんだかグズグズと泣いてばかりいた息子。日曜日だけど夫は仕事なのでもちろんワンオペなんだけども、料理するにもグズグズと泣いて泣いて泣いて…正直本当に疲れた。抱っこで寝そうになったので布団に置いたら秒で寝たので眠かったんかな、とか思いつつ昼寝のタイミングで別室に籠って勉強したりしてたんだけど、その時にふと思った。なんか自分ってもっと寛容で心広いとぼんやり思ってたのになー、と。目先の泣きじゃくる子どもを前に作業が進まずイライラしたり焦りを感じたりすると、自分の器の小ささと向き合う感じがとてもする。もっと余裕をもって行動出来たら、子どもにももっと寛容に対応出来るのになぁ、と。不器用さと余裕の無さが前面に出てしまって対子どもにも反映されてしまっているんかな、とか。

子どもには子どもなりの言い分があって、まだ話せないので泣きじゃくるしか伝達の方法がないんだけども、親側としても事情があるのでその折り合いをどうつけるのか、結局不器用な自分と対面して一つ一つクリアしてくしかないんだろうな…とても難題で時間がずっとかかる、これからもずっと課題であろうこと。そしてもう一つはいかに自分の気持ちをリセットして切り替えを早く行えるか。その時疲れていても、その時嫌になってもずっとその感情をその後も引きずるわけにはいかないし、イベント(ごはん、おむつ替え、風呂等々)は次々と訪れるわけで。元から自分の感情は自分で面倒を見ろ、という姿勢の自分だけども、この切り替えをサクッと行うのはまだもう少し課題だな、と現状感じている。

結局今日の息子はいつもより多く排便したので、お腹の調子が悪かったんかな、などと寝かしつけ前に夫と話した。

なかなか寝付けない時は自分の良い位置を探して布団の上をコロコロしては寝ようと目をつぶって頑張ってて、ようやく寝付いたその寝顔を見守っては一日の反省をする日々です。

「また明日いっぱい遊ぼうな、おやすみ。」



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