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ザリガニの鳴くところ/映画感想

2020年3月に日本で出版されたこの小説は前年の2019年、全米で500万部を突破する売れ行きを記録したベストセラーだ。2021年には日本でも本屋大賞・翻訳小説部門第1位を受賞し、アマゾンを参照すれば今や全世界2200万部を突破しているという。

タイトルを見て(動物学者や生き物に詳しい人間以外)誰もが一度は抱くであろう疑問、果たしてザリガニは鳴くのか。

結論から言えば、どうやらザリガニは鳴かないらしい。鳴き声の様に聞こえるのは呼吸をする際に出る小さな音のことだそうだ。そこでザリガニという生き物について多少調べてみた。

環境省のホームページに飛ぶとアメリカザリガニについてイラストと共に分かりやすい説明がなされている。

アメリカザリガニ
分類:甲殻網エビ目ザリガニ下目アメリカザリガニ科
原産地:アメリカ南東部~メキシコ北東部
体長:10cm / 寿命:4~5年
生態:水草、魚類、両生類、水生昆虫、貝などなんでも食べる雑食性
河川、湖沼、池、農業水路、水田、ため池など様々な水域に生息。
高水温・低酸素・水質汚染にも耐性があり、劣悪な水環境でも定着し増殖可

環境省 HP
https://www.env.go.jp/nature/amezari_info.html


舞台はノースカロライナ州の湿地帯。アメリカザリガニ、その生態について劣悪な環境でも生息できるという点が主人公•カイアと重なるのだろうか。2022年11月公開となった劇場版を先日動画配信サービスの中から摘んで鑑賞した。私自身は原作を2021年の2月も終盤の頃読み終えている。もう今から3年も前の話で、読了後結末を知った上で再読しても面白いかもしれない、と感想を残しつつその機は来ないままだった。

映像版のカイアはどこか大人びていてアダルトチルドレンを思わせた。母親が去り、また一人一人と兄弟たちが去ってゆく。どうしようもない父親の傍にそれでも残ろうと思ったのは被虐待児に見られるという「自分が悪い子だから」という罪悪感のためだろうか…にも関わらずその父はカイアを残して去っていき、胸が痛かった。

印象に残ったのは書物で感じた「異端」が映像では「からかい」というニュアンスに取って代わっていたこと。湿地の少女という名の繊細な部分がどこか昇華されてしまっていたようにも思えた。

唯一カイアが信頼を寄せることが出来たテイトは父親の仕事を継ぐ道ではなく大学で学ぶことを選び、約束の期日にも戻らなかった。その理由は映像では触れられていないが、間違ってたと釈明した姿にカイア以外に誰か近しい人がいたのかもしれないことを連想した。勿論そのまま帰ってこない道を選ぶことも出来たはずだが、彼は罪悪感や正義感を優先したのだろうか。それとも、その誰かよりカイアにより魅力を感じたのだろうか。純粋な気持ちで観たいところだが、どうしても邪推してしまう。

法廷では弁護士ミルトンに語らせ、カイア自身は終始無言を貫き、何かを弁明するために口を開くことの一切を拒んだ。それには大人や周囲の人間への不信が根底にあるだろうが、きっとカイアは無罪でも有罪でも構わなかったのかもしれない。生きるための必然、そこに善悪はないということ。湿地の生き様とでも呼べるだろうか、そこで生活し文明から遠ざかった暮らしの中でずっと一人模索してきたカイアだからこその価値観がそこにあった様に思う。

無罪となり、兄に頼んで家に連れ帰ってもらったのもごく自然であり喜びなどはあまり感じられなかった。もっとも、場所柄そういうものなのかもしれないが。

月日が流れ歳を重ねたカイアは船の上で、この地に戻ってくる母親の幻を観ながらそっとその一生を終える。彼女は母に再び会えることをずっと望みながらもついにその願いを叶えることはできなかった。母は死んだ、それは兄に知らされた悲しい事実だったがたとえ存命であっても会いに行ったかは疑問が残る。カイアが湿地の少女であったからこそ。

原作を改めて読みたいという欲がふつふつとまた湧き上がった。

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