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挑戦は恥ずかしいことじゃない

かずっちゃです。

楽しそうなこと・面白そうなことを見つけたら、どんどん挑戦しています。今年で44歳になりますが 笑

挑戦は恥ずかしいことじゃありません。
どんどんするべきです。

なんでこんな恥ずかしいこと言ってるの、と思いましたか?

その恥ずかしいと思うことが間違いです。

じゃあ聞きますが、何が恥ずかしいんでしょうか?

・年齢?
・言ってること?
・バカバカしい?

全然そんなことない。

挑戦することは別にいつからでも、何歳からでもできます。


挑戦することがおかしいという風潮


公務員だった若いころ、上司に言われたことがあります。

「挑戦することなんて馬鹿げてる」
「身の丈にあったことをしてればいい」

理由がまったくわかりませんでした。今でもわかりません。

別にその上司だけじゃないんですが、日本全体で挑戦することに対する否定的な風潮があるように感じる。

それが当たり前のような感覚が挑戦することに対する大きな壁として立ちはだかってます。


同調圧力という壁


確かに昭和のころや僕が就職したころ(2000年)は、いい大学に入り大企業に就職することが当たり前でした。

会社で働くこと以外に選択肢はなく、挑戦するための土壌はできてなかったです。

それ以外の選択肢を知らないから、それが当たり前になって社会の常識のような感じになってたのも事実。

周りが、世間がそうだから間違ってないという同調圧力が今でも残ってる、というのが挑戦を良しとしない風潮の原因。

だから、その枠から外れることをする人に対しては、「できるわけもないのに何言ってるんだは恥ずかしい」という思いを抱くことになる。


時代は変わったし、もともと恥ずかしいことでもない


時は経って2018年。

僕は公務員を辞め、フリーランスになったんですが、やっぱりバカにする人は多かった。それでも、後悔はしませんでした。

会社で働くだけしか稼ぐことができなかった2000年代とは違い、多くの稼ぐための選択肢がある時代になりました。

時代は変わったんです。

挑戦なんてバカげてるという風潮は残ってる気はしますが、そんなことはないというのは誰もが分かってるはず。

できない自分への苛立ちからそういう言葉を吐くんだ、と考えるのが正しい。

それに、今だからじゃなく昔から挑戦することは恥ずかしいことでもなんでもない。

日本がここまで発展してきたのは、間違いなく日本人が挑戦を続けてきたからです。

特に時代の変遷が起きた時、貴族政治から武家政治へ、幕末を通じて天皇制から民主制へと変化を遂げた時、歴史に名を残す人だけじゃなく、その時代に生きていた人は、環境に適応するため、より良い環境を作るために挑戦を続けてきました。

それが今の時代だけ恥ずかしいことのわけがない。

そう思ってます。


挑戦しよう


挑戦は恥ずかしいことでもなんでもない。

どんどんするべき。

時代が変わるように、僕らも変化をするべきです。

今やっていることに満足せず、新しいこと、やろうとしているけど足踏みしていることを始めよう。

何回でも言います。

恥ずかしいことじゃない。

むしろ当たり前のことです。

どんどんチャレンジしよう。

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