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回顧

9月。タイムラインに流れるプロとファンの2ショットに、気持ちのどこかで羨ましさを感じていた。大学図書館の隅でいいねを押し続ける。いいな、私も推しに会ってみたい。推しに貢献したい。

 麻雀関連は圧倒的に演者とファンの距離が近いのが特徴だ。以前いたジャンルは舞台の上に立っているのを見るまでで精一杯で、写真撮影なんて不可能だった。ただ、その「距離感の近さ」も地方在住の学生という身分において、共感できなかった。そもそも会場にいけない。
イベントは東名阪がほとんどだ。東京、名古屋、大阪、一つ飛ばして福岡。Mリーグの一気通貫ツアーですら来ない(そもそも開催できる映画館がない)のが中国地方である。
 Mリーガーをゲストに迎えて開催されるイベントはだいたい6000円〜だが、そもそも現地に行こうとすると往復でその倍はかかる。正直言って現地参加は不可能だった。4つ掛け持ったバイトのお金が学費と家賃と生活費に溶けていく通帳をながめる。奨学金の継続申請のために家計簿を見直すと、去年趣味に使ったお金は1万円に届いていなかった。親に心配された。私は元気です。

 麻雀業界、ひいては日本の資本主義経済において、推しに貢献するにはイベントに参加してお金を使うのが一番手っ取り早い。そんなことは分かっていた。感情を抑えきれずに、結局絵を描いて昇華した。満足した。クリスタを閉じて、何を考えるでもなくXを開く。鈴木優プロが10月のスケジュールを公開していた。そういえば次のおしパイっていつだっけ。

目を疑った。5回くらい見た。画像を拡大して、確かに書かれている文字列に、「いやいやいやいや……」と声が出た。

「10月8日 GPC岡山」

おかやま……岡山ってあの岡山ですよね??北海道に同じ地名の場所があるってことでもなく???中国地方の、岡山……?
すぐにGoogleで検索して、GPCという全国で行われているノーレート麻雀大会があることを知った。開催される雀荘を調べる。電車で行ける距離。やっぱり中国地方にある岡山だった。
連絡先がわからない。電話すればいいのか?Xでアカウントを検索しても、個人と思わしきアカウントしか引っかからない。この方が運営なのか……?確信が持てない以上、連絡することもできなかった。

そのまま数日が過ぎた。毎日運営さんと思われるアカウントを見に行った。すると、今後のスケジュールに「10/8GPC鈴木優プロゲスト(キャンセル待ち)」というポストがされていた。埋まっているのか。地方でも、いや、滅多にこない地方だからこそ、埋まりやすいのかもしれない。埋まっていればいい。満員であれば、運営に支障は無いだろうし、次回も呼ばれるかもしれない。需要は十二分に示されている。

 そうやって自分を納得させようとしたけれど、心の奥で悔しさが残っていた。愚かな人間である。なぜもっと早く情報を得られなかったのか。なぜ。一生に二度とないチャンスだったのに、己が情弱なばかりに。GPCの参加費だけならば日払いバイトに一回入れば賄えるのに。どうして。雀荘のサイトと運営さんと思われるアカウントを反復横とびしながら、もやもやが残る自分の感情にイライラした。

TLを眺めていると、大会によっては見学を許可しているというポストがあった。
見学。見学なら、もしかしたら。
わたしは雀魂は1年以上打っていたが実際の牌には触れたことがなかった。つい先日、勇気を出して10月末のベルバード全国キャラバンに申し込んだところだった。

見学ならできるかもしれない。でも問い合わせ先が分からなかった。不安を抱えきれなくなって、その気持ちをポストした。優さんファンのフォロワーさんが、「できることならぜひ会ってほしい」とたくさん言ってくれた。それだけでも優さんはやっぱりすっごく慕われる人なんだなぁと感じた。
心優しいFF外の方が問い合わせ先のアカウントを教えてくれた。問い合わせるだけでも……と半ばダメ元で問い合わせた。短い文章なのに送信までに30分かかった。

間をおかずに返事がきた。
「見学は受け入れていないんです。でも、学生ということであれば大会前の学生勉強会には参加可能です。」
私はまだ、ぎりぎり、学生だった。
これほど自分が学生で良かったと思えた瞬間はなかった。是非参加させてください、という内容の返信をして、慌てて準備を始めた。

とある大学で麻雀サークルがあり、そこがGPCの前に勉強会を開いているらしい。学生であれば飛び込みでも問題ないとのことで、自動卓どころかリアル麻雀の経験がないと伝えると30分ほど早く来ていただければ問題ありません、と答えてもらった。

 10月7日。時刻は19時をまわっていた。

麻雀を打ちに行くという経験すらなかったので、何から準備すればいいのか分からなかった。とりあえず「コバゴー式麻雀早覚え点数計算ドリル」で平和と七対子の点数だけ叩き込んだ。比較的まともな服を引っ張り出して、メイク道具を漁った。漁るほどメイク道具はなかった。

そうだ、お土産。プレゼント。何もない。すでに日は暮れていた。買いに行く時間はない。ふと自分が描いたUKコンビのイラストデータが生きていることを思い出す。そういえばそこそこのサイズで作っていたはずである。テンプレートに当てはめた。トリミングし直して、色調をCMYKに直して、ネットプリントに登録。自動卓の操作について書かれたサイトを見て、眠りにつこうとしたが眠れるわけもなく、気がつけば時間になっていた。

電車の噛み合わせが悪く、予定の時刻より大幅に早く駅についてしまった。近くのローソンに飛び込んで登録したイラストとMリーグローソンコラボのブロマイドを印刷した。もうすぐこのブロマイドに写っている人と会える。1ミリも実感がなかった。

10月末になんとかリア麻デビューしてみようと思っていたのに、2週間以上早まっていた。
気がつくと目的の雀荘についていた。参加できることが決まってから、15時間が経過していた。

雀荘に入ると、ずらりとMリーガーゲストのポスターが並んでいた。

岡山にも来てくれていたんですね。己の情報キャッチ能力の弱さたるや。

階段を登って、ドアをあける。
すでに手が震えていた。なんとか声を出して受付を済ませると、自動卓のある部屋に通される。点棒と卓操作を一通り説明されて、
「まず手牌を開けてみましょうか」
と声をかけられる。

開かない。

力の入れ加減とかどうこう以前に、開けようとすると両サイドの端牌しか立たなかった。
ただでさえ手も震えていたし、内側に力を入れようとすると牌が震えてこわい。5秒で諦めて4枚ずつ開けた。最初はみんなそうなりますよ、自動卓は牌も大きいですし、と言われた。めちゃくちゃ恥ずかしかったがちょっと救われた。

たまたま早く来ていた方と一緒に打って、諸々の流れをなんとかおさらいしていた。
すると遠くから「おはようございます〜」と声が聞こえた。

この声。この爽やかな声。
紛れもなく鈴木優さんだ。
初めて電波を介すことなく、イヤホンをつけていない状態で聞いた優さんの声は、なぜかさらに爽やかに聞こえた。

同じく打っていた学生さんも明らかに背筋が伸びていて、「本物だ……」と反応していた。そりゃそうだ。

学生が数人、1つの卓を囲んで準備をしていると、優さんが入ってきた、と同時に学生の背筋がまた伸びた。

「U-NEXTPiratesの鈴木優です。短い時間なんですけどよろしくお願いしますね」

 笑顔で挨拶され、学生側もよろしくお願いします、と返す。最強戦等で見かける紫のシャツと黒のベスト、ハロウィン仕様のネクタイ、胸元には以前奥様がプレゼントしていたラペルピンが輝いていて、オタクは一人Piratesの絆を感じて感動していた。

勉強会はいわゆる「麻雀の匠」形式で行われた。学生は一局終わるごとに一人交代していき、卓に座らない人は後見させてもらう。ヘッドホンは無いので同卓者は聞いていない体で自分なりに打つ。優さんはMリーグで打っているつもりで自分の思考を話していき、あがりが出たら手牌を開けて質問したり検討したりする、という流れを踏んだ。

自分が打っているときはもう周りに迷惑をかけないことで精一杯だった。ちょっと気を抜くとツモる場所すら混乱しそうになる。必死に集中して自分なりに考えて打った。

2回目くらいでなんとか慣れ始めた頃、ドラ7sで配牌は筒子に寄っていて、自風の西が対子と字牌が単独で2種、索子が2sと6sというものだった。(ふわっとしか覚えていないので間違えているかもしれない)ピンズの混一色が見えるが6sにドラがくっつけば染めなくてもそれなりの手にはなりそう、と考えて2sを切り、次順赤5sを引いてきて中を切って染めない方向に進めた。
河に2s、中と並んだところで

「もうこれ普通の面子手じゃなさそうですね。役牌が対子である可能性が高い。リーチ手順の場合はこの順番が逆になることが多いです」

と指摘された。変な声出るかと思った。声は抑えたが瞳孔はかっぴらいた。

その後優さんから西が出てポンした。初めてのリアル麻雀でのポンだった。西だけはポンするとずっと脳内で唱えていたのが功を奏した。

「予想通り役牌対子でしたね。でも僕もこの手なので戦います」

こわい。こわすぎる。
結局この直後に優さんがリーチしてリーチツモピンフドラであがった。お見事です。

こんな感じでリアルタイムで思考を浴びた。とんでもなく贅沢な時間だった。1時間ほどだったが一瞬で過ぎた。常に優さんが東1局で行われていたので点棒授受もなかったのがたすかった。結局一度もあがれなかったが時間が濃すぎてずっとふわふわしていた。配牌からものすごく色々な展開を構想して、進むごとにツモや他家の進行に合わせて照準を合わせていく。まだ私は素人同然だが、思考の濁流を浴びて、強さを体感することができた。

その後、サイン&撮影会が行われた。
よかったら受け取ってください、と震える手でポストカードを渡す。
「ぶるすかさん!いつもありがとうございます!」
役満級の笑顔を直撃されオタクは飛んだ。

写真撮影も距離が近い近い、と思ってたら終わっていた。もうなんか現実だと受け入れられていないまま退出する時間になり運営さんに挨拶してそそくさと出た。


ふわふわとした頭のまま自宅に帰り、気がついたらベッドの上で数時間が経っていた。
2時間も寝られていないまま参加していたので体が限界を迎えていたらしい。やっぱり朝のあれは私の都合のいい夢だったのではないか。

なんとか体を起こして荷物を整理して、頂いたサインをラミネートで保護しようと取り出した。


あの時間は夢ではなく、紛れもない現実だと言われている気がして、涙が出た。
つい昨日まで自分は一生選手のイベントには参加できないかもしれないなぁとか考えていたのに、急転直下で達成されてしまって、とんでもないラッキーだな、と実感した。


重ね重ねになりますが運営の皆様、あんな直前の飛び入り参加を受け入れてくださってありがとうございます。おかげで一生の思い出ができました。

来年は大学を卒業して社会人になる。決まっている職種は配属先によるとはいえ、運が悪ければ休みがあるようで無いブラック一直線みたいなところである。イベントに参加できる経済力を手に入れても休みが勝ち取れなくなることは濃厚だった。それでも自分で決めた道なので責任は自分で取る。

仕事で辛くなったらこのことを思い出して、人生意外ととんでもないところでいいことがあるかもしれない、と前向きになれるように、この記録を残しておく。

私の夢を叶えてくれてありがとうございました。これからも地方の何処かで応援しています。

気が向いたときによければ!