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暮らすように泊まる。初めての貸別荘生活(5泊6日・熱海)

朝から降り続いていた雨がやみ、セミが一斉に鳴き始めた。
大きな窓から入って来る風はひんやりとして心地よい。木々の向こうに見える海は濁った鉛色だが、水平線を見ているだけで穏やかな気持ちになる。

私はベッドの上でパソコンを広げてキーを打つ。
いつ顔を上げてもそこには緑があり、海が広がっている。
時々鳴るボーッという船の汽笛が、ここが海辺の町であることを再確認させてくれる。
ミンミンゼミの声が、夏の終わりを告げるツクツクボーシに変わった。
今年も夏が終わる。

*   *   *

自宅の周辺工事があまりにうるさく、療養で家にこもりきりの私はストレスで爆発しそうだった。
せっかくこだわって作ったリビングの出窓から見える風景は「竹林」から「他人の家の壁」になってしまった。もう出窓の意味は何もなくなったので、私はブラインドをつけて出窓をなくした。
窓から見える空は半分になり、開放的だった家は一気に閉塞感が漂うようになった。
ふさぎこむ私を見かねた夫が「どこかに行こうか?」と提案してくれた。
探してみると、5泊6日の貸別荘がある。いくつかの候補地から私が選んだのは熱海。その中でも築70年の古民家を改装した日本家屋に惹かれた。熱海温泉の源泉かけ流しの露天風呂付きであることや、家の周りが木々で囲まれていることも決め手になった。

最初は新幹線で行くつもりだったが、現地での買い物など「足」を考えれば自家用車があるほうが断然便利だ。しかし、車だと約5時間。最近は1~2時間しか車に乗ったことがなかったので不安だったが、なんとかなるだろうと思い、車での移動を選んだ。
結果的には車で来て正解だった。荷物を好きなだけ積めること、現地で便利だということもそうだが、「5時間の車移動が問題ないほど元気になっている」ということがわかったからだ。私は元気だった。

貸別荘は、かなり高台にあった。ナビがなければ間違っているのではないかと不安になるような急な坂道をどんどん上がっていく。
門をくぐり、階段を上がると、ちょっと京都の料亭を思わせるような細い通路に出た。

玄関の前には大きなみかんの木。連絡をもらっていた暗証番号を玄関の装置で入力すると、ガチャッと鍵が開いた。入口のタッチパネルで入力すれば、これでチェックイン完了となる。

広い玄関ホールを抜けると、左側に納戸兼ウォークインクローゼット。突き当りがトイレ、洗面所、お風呂。廊下を右に曲がると和室と寝室が現れる。
ぐるりと廊下(縁側)があり、それがどこか懐かしさを感じさせる。田舎のおばあちゃんの家や、子どもの頃に通っていたお茶の先生の家を思い出した。

和室
寝室
廊下(縁側)

何より素晴らしいのは、一面がガラス窓になっていること。庭の木々だけでも十分に楽しめるのに、その向こうには海が広がっている。高台なので邪魔をするものが何もない。

晴れた日はこんな感じ
みかんの木があった
モミジの木もある
秋の紅葉も美しいのだろうな
ベッドの上からの景色がこれ!
いつでも緑と海が見える

夫と「すごい!めっちゃいい!」とはしゃぎまわり、家中をバタバタ歩く。
初日は移動だけで疲れたので、近所のスーパーで買ってきたお刺身やお惣菜で夕食を済ませた。
キッチン道具が思っていた以上に充実していて、それもびっくり。鍋やフライパンはいくつもあるし、お皿も大中小の陶器やガラス、ティーカップやワイングラスまでそろっていた。

キッチン
窓を開けると気持ちいい

なぜか夫はキッチンの隅を陣取り、「ここで仕事する」と言い出した。せっかく眺めの良い和室があるのだから、そちらへ行けばいいのにと勧めても、「いや、ここが落ち着く」と言ってきかない。
(上の写真の手前にパソコンがあるのはそういうわけだ。ここに座って仕事をしている)

しかし、改めてリモートワークができる世の中になってよかったなぁと思う。あの流行り病は大変だったけれど、よかったことも一つくらいは残してくれたようだ。デジタル化が一気に進み、仕事のやり方が変わり、夫のように「どこにいても仕事ができる」ようになったのだから。

さて、この貸別荘で良かったことはまだある。温泉がついていることだ。
源泉を直接引いているので、いつでも好きな時に入ることができる。それも露天風呂だ。内風呂もあるが、「どうせなら」と、露天風呂にしか入っていない。

洗面所には洗濯機もある
奥に内風呂と露天風呂がある
露天風呂はこんな感じ!
少し小さめだが、最高に気持ちがいい
露天風呂に入ると、こんな景色が見える

あまりに気持ちがよくて、1日に3回入ることもあった。
貸別荘に来てから私はどんどん体調がよくなって、ご飯もおいしく食べられるようになった。
朝・昼は簡単なものですませて、夜は少し料理をしたり、外食したり。

スーパーで売っていたカマスのお刺身
大阪だとカマスって干物のイメージなのに
人気のカフェ(ビストロ?)でハンバーグ

実は、熱海に来たらどうしても行ってみたい老舗の洋食屋さんがあって、昨日はそこで晩ごはんを食べた。
「レストラン スコット」本店

昭和21年創業というお店で、昔ながらの洋食屋さんという雰囲気。昭和っぽいけど、それがまたいい感じだ。
熱海に暮らしていた志賀直哉や谷崎潤一郎など、文豪たちにも愛されたという。元文学少女としては、それを聞いて行かないわけにはいかなかった。

ランチがメインのようで夜はガラガラだった
それに入店が19時までなのだ

メニューを見て悩んだが、奮発してコースにした。この2年ほど食が細くなり、コース料理など食べ切れたことがないので、夫が「食べられるならいいけど……」と心配そうに見ていたが、この日は絶対食べられるような気がしていたのだ。

オードブルは4種盛り
どれもおいしい!
(料理名はわからんけど)

オードブルは思っていたよりしっかりボリュームがあった。これまでの私ならもうこの1皿だけで「お腹いっぱい……」となっているところだ。

スープはコンソメとコーンクリームから選べた。
私は洋食屋さんの本気のコンソメスープを
飲みたくて、コンソメを選んだ。
海老フライ
プリプリ、サクサク!
タルタルソースがまた旨い!
選べるメインディッシュはビーフシチューに。
お肉がホロホロと溶ける。
秘伝のデミグラスソースもさすがだった。
パンorライスとサラダも付く。
デザートはかぼちゃのプリン
コーヒーにチュイールが添えられていた

ついに全部食べ切った!
いや、正直にいえば、ビーフシチューのお肉を1切だけ夫に食べてもらったが、ほぼ完食といっていいだろう。
夫がじんわりとした目で「こんなに食べられるなんて……」と感動している。数カ月前の私からは想像もできないことだ。少し食べるだけでふぅふぅ言って、すぐにしんどくなって横になっていたのに。
遠く熱海まで行って、自分で行きたいお店を探してきて(グルメを気取ってきたくせに、それすら最近はしたことがなかった)、コース料理をたいらげるなんて!
私、元気になったんだなぁと思う。こうやってご飯をたくさん食べると実感できる。健康って、数値より、薬の量より、自分で「感じること」が重要なんだと思う。
ごはんがおいしい。ただそれだけのことが嬉しくて仕方がない。

日々、こんな感じで、夫はキッチンにこもって朝から夕方まで仕事をし、私はベッドか和室でのんびりしたり、書き物をしたり、本を読んだり、疲れたら温泉に浸かったりして過ごした。
こんなにリラックスしたことは久しぶりで、体だけでなく心から回復していくのを感じていた。ストレスフリー!!

この貸別荘を選んだのもよかったなぁと思う。なぜか初日から自分の家のようにくつろげた。最初は「親戚の家に来たみたいやなぁ」なんて言って、多少は「他人の家に来た感」もあったのだが、数時間後にはすっかり「自分の家」になっていた。
ホテルや旅館と何が違うんだろう。キッチンなどがある生活感なのか、スタッフなど人に会わないことなのか。自然と「暮らす」感覚になっていくのに気づいた。

平屋の日本家屋というのもよかったのかもしれない。畳だからそれだけで落ち着く。日本人のDNAみたいなものか。
それに、一目で家のほぼ全体が見渡せて、全面ガラスだから開放感があって、閉塞感がまったくないのだ。
私も夫も大満足で、「貸別荘、ハマりそうやなぁ」と言い合っている。次は伊豆か山中湖か。これで満足できるのなら、大金をつぎ込んで別荘を買わなくて正解だった。
本当にいいリフレッシュになった。

*   *   *

一度あがった雨がまた降り出した。
時折、大荒れになり、風がゴウゴウと音を立てる。雨どいから滝のように水が流れる。

気圧の関係だろうか。
実は、昨日まであんなに元気になっていたのに、今日は朝からずっとお腹が痛く、気分も悪くて、ベッドの上にいる。血圧も朝から160を超えていた。
でも、不思議と不安じゃない。
台風が来ていて気圧が安定しないから、体に影響しているのだと思える。
今日は特に何もできなかったけれど、このnoteは書けた。よかった。

明日、大阪へ帰る。
台風がノロノロなので直撃は避けられたが、静岡~名古屋を抜けるまでは多少心配だ。(全国の皆さんもお気をつけて!)
それに、あまりに居心地がいいので、帰りたくなくなっている。またあの工事現場へ戻るのかと思うとげっそりする。

だけど、今回ここに来てみて思った。
とにかく家に戻ったら、徹底的に自分の仕事部屋の断捨離をしよう。もう少し暮らしやすい空間に変えよう。
部屋の三分の一くらいが本で埋まっているので、まずはあれをどうにかしなければ。
環境は変えられないけれど、できる範囲で暮らしやすい空間を自分で作ることはできるはずだ。そう思えるヒントがここにあった。

そして、また近いうちに貸別荘生活を楽しもう。

和室から見えるこの木が一番好きだった


★貸別荘に興味がある方はぜひこちらを。今回利用したサイトです。

1泊だと高いけど、5泊6日だとかなりお得になるというのがポイント。会費も無料。
ただ、関西圏の別荘がないのが残念。(そのうち増えるかな?)
もし関西圏で良い貸別荘を知っている方がいらっしゃれば、コメントで教えてください。


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