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「ひと夏の恋」が私を待ってくれている

夏酒を大量購入した。
無意識、とまで言ってしまうと嘘になってしまうが、酒屋からメルマガが届き、「夏酒特集」につられてサイトを見に行ったら、衝動を抑えきれずにいつの間にかカートに5本も入れていた。

飲めないのに。

そう、毎日5~8種類もの薬を服用しているし、副作用も辛い日々で、お酒など飲めないのに、買わずにいられなかったのだ。

昨年あたりからお酒をほとんど飲めなくなった。
今年に入ってからは、2月の最後の出張で仕事仲間と少し飲んだのと、休薬中の結婚記念日に60mlくらいだけ。家で飲んだのはお正月の乾杯酒を小さなお猪口に1杯だけ(3口くらい)だ。

「365日のうち360日飲んでいる」と言っていたことを考えると、こんなにお酒を飲まないでいられるなんて信じられない。
でも、よく「病気になってお酒が飲めなくなったらどうしよう。もう人生終わるな」と思って本気で恐れていたが、実際に病気になってみると体だけじゃなく気持ちもお酒を受け付けなくなった。
つまり「飲めない」のではなく、「飲みたい」とすら思わなくなった、ということだ。
私が「我慢している」わけではないことを知り、夫は少しホッとしたようだった。飲みたいのを我慢している人が横にいたら、自分だけ美味しそうに飲むのは気が引けるからだろう。

これまで日本酒の仕入れ担当は私だった。
うちには日本酒やワインを冷やす専用の冷蔵庫があり、そこにはいつも私がセレクトした日本酒がずらりと並んでいた。
でも、私が飲まなくなり、夫はクラフトビールの仕事を始めたこともあってビール党になり、専用冷蔵庫からいよいよ日本酒の瓶が姿を消した。少し寂しかったが、それでも飲みたいとは思わなかったし、飲めるような体調でもなかった。

それが、治療を始めてだんだんガンが小さくなっていくにつれて、再び「お酒が飲みたいな」という気持ちが芽生えてきた。
治療の副作用があってしんどいのに、気持ちは「飲みたい」。まだ実際に飲むところまではいかないが、お酒に対する情熱だけは戻って来た。
ずっとお酒を飲むことをイメージするだけで気分が悪くなっていたのに、5月頃から「おいしそうだなぁ」と思うようになった。いろんな酒屋から来るメルマガも開封したことがなかったのに、「今年のあの蔵の酒はどんな感じだろう」と思い、酒屋のサイトを見るようになった。
そして、先週ついに、夏酒を選び、5本も購入してしまった。

大量に届いた日本酒を見て、夫はびっくりしていたが、喜んでもいた。
「元気になった証拠や!」と言って。
私も久しぶりに専用冷蔵庫に日本酒が並んでいるのを見て嬉しかった。

今回思わず買ってしまった理由はわかっている。
新澤醸造店の「ひと夏の恋」を見てしまったからだ。夏限定のお酒で、昔から大好きだった。宮城県の酒蔵で、「愛宕の松」「伯楽星」という定番銘柄もおいしいが、「ひと夏の恋」は本当にこのネーミングにぴったりのお酒で、特に気に入っている。バナナ系の穏やかな香り、フレッシュで爽やかな軽い酸味。まるでひと夏の恋のように、優しくてせつない。
季節限定で毎年楽しみにしていたので、目にした瞬間にあの味わいが思い出されて、どうしても我慢することができなかった。

カートに入れてしまったら、あとはもう夢中になって他のお酒を選んでいた。すでに懐かしさすら感じるこの作業。
やっぱり「文佳人」のうすにごりは外せないでしょ。
あっ、市澤杜氏の「千歳鶴」も夏酒出してるんだ!
「寒紅梅」の春酒(ウサギラベル)は今年は一口も飲めなかったから、夏酒(ペンギンラベル)は飲みたい。
「みむろ杉」の夏酒はもう売り切れてるのか~、でも、大好きな「Dio Abita」は一升瓶で残ってる!これ、はせがわ酒店のコンペティションでゴールドを受賞したから、今買っとかないと手に入らなくなりそう……。

そんなことをあれこれ考えて、気づいたらカートの中は5本になっていた。
楽しいひと時だった。
あー、私、まだ大丈夫だなと思った。
実はちょっと心配だったのだ。お酒を飲めなくなって、日本酒にもだんだん興味がなくなってきて、もう酒蔵取材に行きたいとも思わなくなるんじゃないかと。その情熱までも失われてしまうのではないかと。
でも、大丈夫だ。

早く飲みたいけれど、まだ一口も飲んでいない。
次に休薬した日に、「ひと夏の恋」を開栓して、お猪口に1杯だけ飲んでみようと思っている。
夏はまだこれからだ。慌てなくても、冷蔵庫の中でじっと私を待ってくれている。

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