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あなたのおかげで、今日も楽しい一日だったよ。

万博記念公園で「OUTDOOR PARK」というイベントが開催された。
その名のとおり、アウトドアメーカーがギアの展示・販売をするほか、フード・ドリンクの屋台も出る。ポップアップテントなどの簡易テントを立てたり、シートを敷いたりする人も多く、アウトドア好きな人たちが集まって、思い思いに楽しむことができる。

ここ数年開催されているイベントで、キャンパーの私と夫も何度か足を運んでいる。今年も楽しみにしていて、日曜日の昼前に出かけた。

ただ、朝起きた時からあまり体調が良くなかった。
いつもの腹痛だ。
私は2016年にがんを宣告され、手術と抗がん剤治療を受け、一時的に回復したものの、3年後に再発している。また辛い治療が始まったが、抗がん剤のアレルギーが出たため治療は中止。その後は経過観察するだけの生活に入って2年近くが経っている。つまり、がんと共存しながらなんとか生きているがんサバイバーなのだ。
そのため、時々体調が悪くなった。

この日は腹痛の他に体の倦怠感もあり、いざ出かけてみると、足が思うように前に進まない。何キロも走った後のように重かった。

それでも楽しみにしていたイベントだったし、いつも楽しいことをしていれば体調も良くなっていくことが多かったので、無理して出かけていった。
でも、だんだんしんどくなってくる。
朝からほとんど何も口にしていなかったので、お腹がすいているせいもあるだろうと思い、イベント会場に着くとすぐにフードコーナーへ行った。
お目当ては箕面ビールとコブカフェの無農薬玄米を使ったカレーだ。

心地よいと思えるくらいのちょうどよい気温で、空も晴れている。
キャンプブームも手伝って、これまで見たことがないほどの人混みで、箕面ビールもカレーも長蛇の列だった。
私はカレー、夫は箕面ビールに分かれて並び、それぞれ2人前をゲット。
持ってきたコールマンのシートを敷いて、足を投げ出して座り、箕面ビールで乾杯!カレーもとても美味しかった。

楽しく心地よい時間のはず。それが、食べているうちにだんだんしんどくなり、ビールも最後は夫に飲んでもらった。
まだ何も見ていないし、ここでダウンするわけにはいかないと、頑張って歩いてみるが、足がほとんど動かない。お腹がうずくように痛み、気が遠くなるようだった。
テントをいくつか見てまわったが、何も考えられない。とにかく椅子を見つけて座ると少しほっとした。
夫に心配かけてはいけないと、なんとか気丈にふるまっていたが、たいして時間が経たないうちに限界がきた。

「しんどい……」
私が訴えると、夫は木陰に連れて行ってくれた。そこのベンチでひと休みするが、ここから1時間近くかけて帰るのかと思うと、それすら無理なような気がしてくる。
それに、せっかく楽しみにしていたのに、私のせいで何も見ることができていないじゃないかと思うと、夫に申し訳なくてたまらなかった。

「ごめん。しばらくここで休んでるから、好きなところ見てきていいよ」と言っても、夫は「もう見たからいい」と言って私の横から動かない。
「うそ。何も見てないやん」
「見た。もう十分」
見た見たと曲げないから、「私は何もまだ見てない。もっと見たかったのに」と言ってみたが、夫は何も言わない。
そのまま帰った。

時々、ベンチや花壇などを見つけては座って休憩しながら、なんとか家に帰り着いた。
帰ってから寝ていたら少し楽になったが、悔しくてたまらなかった。
しょんぼりしながら何度も謝り、何度も「楽しみにしてたのに……」とつぶやいていた。こんな不自由な体になった自分が嫌だった。情けなかった。

夕方6時頃、布団の中でふと目が覚めた。
ああ、もうこんな時間。晩ごはんの用意をしなくては、と思ったら、夫がキッチンで何かしているのに気づいた。
「何してるの?ご飯にしよ」
布団の中から声をかけたら、「燻製作ってる」と言う。
「え?燻製?なんで?明日誰かにあげるの?」
夫は燻製作りが上手で、よく会社にも持って行くことがあったからだ。
「ううん。家で食べる。食べたいだけ。だから、少し待って」
そうか、晩ごはんが昨日の残りの肉じゃがくらいしかないし、私が寝ているから、自分でおかずを増やしているのか、と理解した。申し訳ない。
「わかった」
そう言ってもう一度目を閉じたら、いつの間にかまた寝ていた。

次に気づいたのが7時過ぎ。
体がかなり楽になっていたので、起き上がってキッチンに行くと、夫がレタスをちぎっている。キッチン中に燻製の良い匂いが立ち込めていた。
夫が何か作っている横で、とりあえず洗い物をした。
リビングのテーブルを見ると、残り物の肉じゃがとポテトサラダ(コンビニのもの)がお皿に盛り付けてある。
それから、夫が作っているのは、スモークチキンサラダだということに気がついた。
鶏肉をスモークし、そこから出てくる肉汁をためておいて、お酢と醤油と油でドレッシングを作る。レタスを盛り、そのうえにカットしたスモークチキンをのせて、ドレッシングをかけるのだ。
いつもは夫がスモークし、私がドレッシングを作って仕上げていたのだが、全部一人でやっていた。

「できたー!食べよう」と言って、夫はきれいに盛り付けたスモークチキンサラダをテーブルに並べた。
少しだけ酸っぱかったが、おいしかった。
「おいしいね」と食べながら、「どうしたん?なんで急にこれ作ったん?」と訊くと、夫はこう言った。
「なんか、かおりに『今日も楽しい一日やった』って思ってほしかってん。それで何かごはん作ろうと思ったけど、俺ができるのはこれくらいやった」
「……楽しい一日やったよ」
「ほんま?よかった!」
「……」

この時はまだ寝起きで頭がぼーっとしていて、ただニコニコと夫と顔を合わせただけだったが、今日私はこのことを何度も思い出し、思い出すたびに目の奥を熱くした。
あなたの「楽しい一日」を奪ったのは私のほうなのに、あなたは私の「楽しい一日」をなんとかして作り出そうとしてくれるんだ。
私が「なんも見られへんかった」「楽しみにしてたのに」「ごめんね、私のせいで」と何度も繰り返していたから、今日のグレーな色を明るく塗り替えようとしてくれたのだろう。

彼の不器用な、酸っぱいドレッシングの味を、私は一生忘れないだろうなと思った。今も思い出すたびに元気が出る。

うん。
あなたのおかげで、今日も楽しい一日だったよ、ありがとう。



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