【日記】夜の風を浴びたくて

 23時過ぎ。

 夕飯を食べ、風呂に入った俺は夜の風を浴びたくてわざと少し遠いところにあるコンビニまで歩いた。

 昼間はとても蒸し暑かったのに、夜になるとそれまでの暑さが嘘のように感じた。冷たい風が火照った身体を優しく溶かしてくれているようで、心地が良かった。

 夜風を浴びるために家を出た訳だが、コンビニへ向かう理由が一つだけあった。電子タバコの新しいフレーバーを買いたかったのだ。

 20分くらい歩いてようやく目的地のローソンに着いた。
 手押しのドアを引いて入った俺はそのままの足取りでレジの奥にあるタバコの番号を一通り確認し、別に目当てでもないコーヒーのある方まで歩を進めた。進めたかった。
 店員さんが佇んでいるレジの前で、いちいち足を止めてジロジロとタバコの番号を確認する勇気が俺にはまだない。
 いつも吸う銘柄の番号を覚えているほどタバコ歴も長くない。今回のように新しい銘柄をスムーズに買うなんてもってのほかだ。

 本当は、店に入ったままの速度でレジの前を横切り、あたかもタバコなんて探してないですよーなんて雰囲気を出していたつもりだったのに、あろうことかレジで暇そうにしている店員さんと目が合ってしまった。

 俺と同じくらいの歳の女性だった。おそらくアルバイトだろう。風呂上がりのサッパリとした俺とは反対に、一日の疲れを溜め込んだような表情をしていた。それでも丸くて大きな目はとても澄んでいて綺麗な人だった。

 俺と目が合った店員さんは気まずそうに会釈をしたあと、俺にタバコを見やすくさせようと2歩ほど横に動いてくれた。俺も軽く頭を下げたものの、タバコなんて興味がねぇけどを貫いたまま、もっと興味のない飲み物の棚の方へ逃げるように足を運んだ。

 ここまで来てしまったからにはタバコは買いたい。しかし店員さんと目を合わせてしまったがために、お目当ての銘柄がどこにあるのかということをてっきり見過ごしてしまっていた。

 今更手ぶらでレジの前に佇んでタバコをじっくり探すなんてことはできない。
 そう思った俺は特に欲しい訳でもないのにブラックコーヒーとシュークリームを手に取り、初めからこれ目当てで来ましたよという風にレジへ向かった。

 レジへ向かう直線で、私はお目当ての銘柄のシルエットを見た。しかしそれが紙タバコなのか電子タバコなのか、そこまでの判別はその短時間ではできなかった。

 コーヒーとシュークリームの会計は先程目が合った店員さんがしてくれた。そもそも時間も時間だったので、対応してくれるのはこの女性1人だけだった。

 その店員さんは多分(こいつタバコも買うな)と思ってコーヒーとシュークリームをスキャンしたのだろう。俺に告白をさせようとするみたいに、無言で目を合わせてこようとしてくる。そしていつでもタバコを探し出せるように、半身を少し横に向けている。

 とうとうその空気に耐えられなかった俺は、一か八かで先程見たシルエットを瞬時に再確認した上で、「61番を1つお願いします、、、」と口を割った。
 他の人から見たらほんの些細なレジの一幕。時間にして数秒にも満たなかったこの冷戦状態は俺の一言で集結を迎えた。

店員さんが61の棚から箱を1つ取り出し、「こちらでよろしいですか?」と確認をしてきた。

、、、違った。

私が求めていたのは電子タバコ用のスティックだ。確かサイズが紙タバコのそれより一回り小さく、「電子タバコ用」というような記載がパッケージにあるはずだった。

しかし店員さんに渡された61番は、銘柄こそ同じであるものの、明らかに紙タバコのそれだった。
(あっちゃーーーー)

頭の中が真っ白になった。
勝負に負けたポケモントレーナーの気持ちが、このときわかった気がした。

それでもきれいなアルバイトを目の前にあたふたなんてしていられない。
俺は爽やかなほほえみを店員さんに向けて「、、、あっ、違いました(笑)やっぱいいです(笑)」と優しそうに返答して、間違えて持ってきてくれたタバコを棚に戻してもらった。
その時の俺は絶対にクソキモかった。

無駄に長く歩いてしまったと反省をしながら、特に欲しくもなかったコーヒーとシュークリームの入ったレジ袋を振り回して家へと向かう。

俺はわざと大きな深呼吸をし、それでタバコを吸ったことにして、車通りのまったくない大通りの信号が青に変わるのを待つのだった。

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