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あなたの1番古い記憶はなんですか?


“ビジネスにデザインで成す”株式会社NASUの代表 前田さんのノートを読んだ。

「自分のことをわかっていないといいものは作れない」これが身に沁みてわかる。

結局、連続的にクリエイティブジャッジをするのは自分しかない。自己理解ができてないと何も決められないんですよね。


私は、自己理解プログラムに参加するほど、自分のことを理解したいと思っている。
これまで35年間自分を生きてきたのに、感情の機微について考えたり、思考や行動パターンを振り返ることがあまりなかった。
あまりにも何にも考えずに生きてきてしまった。もっと自分の心の声を聞けば良かったと後悔しているので、今からは自分の感情を観察しようと思っている。

そんな自己理解したがりの私なので、前田さんがnoteに書いていた、フェチ(偏愛)を知る方法を実践してみた。

自分の記憶の中で1番古いものを思い出す。

恐らくこれだと思う。幼稚園の図書室

絵本が好きなのもあるけど、好きが集まった場所も好きだと思う。
擦り切れるほど観た『美女と野獣』のビデオテープでも、野獣の城にある図書室のシーンがとっても好きだった。本が壁一面に並んでいるのは壮観。


偏愛の根源となる絵本の絵柄

懐かしいなと思う絵本はいくつかある。
『14ひきのおひっこし』
『11ひきの猫』
『ふたりはともだち』
『ねずみくんのチョッキ』

手書き、細い線で細かい描写で、淡い色使いのもの。水彩絵の具やクレパスのような風合が好き。

絵本の絵柄はそうゆうものだと思っていたけれど、違うものもある。
自分に子供ができてもらった、必要なものだけシンプルに描かれて色がはっきりとした単色塗りの『こぐまちゃんシリーズ』を読んだ記憶がない。
ブルーナの『字のない絵本』をひたすらに弟に創作ストーリーで読んでいたと母に聞くが、絵本にどんな絵柄があったかひとつも思い出せない。

子供なりに好みがあって選んでいたのか。見たことはあるけど、偏愛ではないから記憶に薄いのか。

無意識のうちに気になって、印象深くて、時間が経っても記憶にある。
1番古い記憶は、子どもの頃にただ純粋に良いなと思った自分の心の動き。その純粋な気持ちはあまり変わることなく、自分の根っこになっていたりする。

14ひきシリーズは今年40周年を迎えるそうです。全巻読み返したい。


自我が芽生えた頃にはまった漫画の絵柄

その後、私は漫画が好きでひたすらに古本屋に通って立ち読みをする小学生になる。

古本屋で表紙に惹かれて立ち読みし、内容も大好きになったので結局全巻買った浅田弘幸先生の『I'll』。後に、『多重人格探偵サイコ』の作画をしている田島昭宇先生の絵も好きになる。

線は細く、描写が細かい。人物や風景など、リアルなタッチ。カラーは鉛筆のラインに水彩画。

幼少期の好きをひきずっている。しっかりと根付いたものが芽吹いて育て上がっている。

絵を描くのは好きで、小さい頃からよく描いていた。小学校にあがったら、漫画にハマり真似して描いていた。一時期、友だちから無視されて休み時間になっても遊び相手がいない時があったが、その時も絵を描くことで時間を過ごしていた。
絵を描くことがあったから「別に私は平気ですけど」「むしろ絵を描くために1人でいます」くらいのスタンスで教室に存在した。
今思えば強靭なメンタルを持っていたなと思う。

しかし、こんなにも好きな水彩画は、授業で描いてその難しさにすぐ筆を投げ出した。今思えば、理想が高すぎるのにすぐにそこへ到達できないことが嫌だったのか、自分には無理だと早々に諦めた。
そうゆう、自分の成長や挑戦に対してのメンタルは激しく弱い。豆腐メンタル。

外側に向けての見栄や強がりに対しては強きでいられるのに、内側の成長や挑戦に対して弱いと言うのはなんとも悲しい。。

去年35周年をむかえた浅田弘幸先生。こんなことになってたんだと、当時仕事と育児とキャンプで他が見えてなかった自分に教えてあげたい。



色んな枝葉が伸びていく


インスタグラムで、好きなイラストレーターさんを見つけてはフォローして眺める毎日。
今は動画で描いている様子が見れるので、延々と見続けてしまえる恐ろしさ。

私がフォローさせてもらってるのは様々なタッチのイラストレーターだけど、やっぱり手書き感満載の絵が多い。好きだなと思う。

そして今更ながらに、1番古い記憶として特定の絵本じゃなくて幼稚園の図書室だったのだろうか。深く考えずに、絵本につなげてしまった。。
私としては「この絵本がわたしの根源です!ばばーん!!」という1作があったら、なんとなく良い感じに思えるのに。こうゆうとこで、理想と違う自分に出会う。そんな自分も受け入れるのが自己理解か。

私は空間やシーンの方に目がうつりやすいのかもしれない。細かいことや、特定のものは覚えられないかもしれないけど、楽しく過ごした空間やシーンは記憶に残っている。または、それを重要視している。かもしれない。
目の前のことしか見えてないと思ってたけど、意外と全体のことが見えてて認識しているのかも。


1番古い記憶でのフェチ・偏愛探究、面白かった。NASUの皆さんはそんなフェチが垣間見れそうな、ポスター展を明日までやっています。


私も水彩や手書きイラストでポスター作りたい。とりあえず、筆投げ出さないようにちょっとずつ練習していく。

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