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【続編】弱くてもされどワン・ツー~第二話~不思議なご縁~

翌朝、和生人は十三時に言われた場所に降り立った。駅は自由が丘駅。
落ち着いた大人な雰囲気と、行きかう人の笑顔から活気を感じる。
和生人はそのまま駅から少し歩いた路地裏に入ると、そこにヘアサロン〈ノエル〉はあった。

和生人「あ、ここ……」
思わず息を呑む。住所だけでは気付かなかったが和生人はこのお店を随分前から知っていた。和生人が美容師を目指すきっかけとなった、親戚が営む美容室、それがノエルだった。

お店は頑丈な煉瓦造りの壁に、柔らかな明るい照明で店内が奥までしっかりと見える。お店の入り口には大きな観葉植物(というか、木?)の鉢植えが置かれている。看板も木でできていた。クラシカルで、清潔感があり、アットホームなお店の雰囲気はお客を外観から既に歓迎していた。

意を決して、店内へ入る。ドアを押すとチリリン♪と涼やかなベルの音が鳴った。
関根「あ!来た、来た!ようこそ、いらっしゃい」
和生人「どうも……ご無沙汰してます」
関根「いや~ね、堅苦しい。今日は来てくれてどうも有難う。店長の関根です。んであっちがうちの大事なスタッフ、須藤君」
紹介された先に、兄貴と同い年か、少し年上位の男性が静かに頭を下げた。三十代位だろうか。すらりとした体型に、細面の落ち着いた須藤からは大人の余裕を感じた。
関根「んじゃ早速奥で話そうか!須藤君、少しの間お店頼めるかな」
須藤「かしこまりました」

そのまま促されるように店の奥へ案内される。けっこう広いのに、それをたった二人で回してるのか、凄いな。
部屋に入ると、「ここは休憩室ね」と関根が言った。簡易のテーブルに椅子二客で一杯の空間。
関根「一応、面談みたいな感じで。どうぞ、座って。では早速。泉君はまだ美容師という仕事に興味はある?」
和生人「はい……あ、あります」
関根「そうか。んじゃさ、今日軽く見学して、泉君さえ嫌じゃなかったらウチで働いてみない?勿論、お試し大歓迎だし、お給料もでるよ♪」

和生人「あの、すみません!」
関根「ん?どうした」
和生人「俺、実は発達障害が……あって!人と会話したり、空気をよんだりができなくて!苦手で、人間が。美容師という仕事は大好きなんですけど、接客できない美容師は、所詮ポンコツなので」
すみません……と和生人は蚊の鳴くような声で頭を下げた。本当はノエルだって気付いた時から胸がドキドキしていた。こんな素敵な所で働けたら、なんて内心少し期待もしていた。でも、現実が残酷な事を和生人は嫌という程前の店で体験していた。

和生人「俺、上手く人と話せなくて。前の所もお客様と話せないからって、ずっとシャンプー担当か、カラー補佐で。その、即戦力を求めるならカットの実践経験がある人の方が良いと思います」
関根「ふーん。話せてるけどね、私とは普通に。それに少し雅人君から聞いてるけど、前のお店は切りたくても、切らせてもらえなかったんでしょ?そこまで自分を卑下する必要ないと思うな、私」
関根は少し考えてから、
関根「んじゃさ、今日私の髪、切ってみない?いつも大河君の切ってると思うけど、大人と子供じゃ頭の大きさ違うし。泉君が私に似合うと思う髪形に、変身させてよ」
と関根は事も無げに笑顔で言った。そしてそのまま関根は休憩室を立った。慌てて和生人も席を立つ。

関根「んじゃ面談も終わったから、次は実技試験ね♪」
と楽しそうに笑った。え、もう面談終わりなの?
こ……こんな大人、俺は知らない。親戚といっても、血の繋がりはなく、ただ美容室をやってる遠縁の親戚に、昔から家族全員のヘアカットをお願いしていただけなのだ。なので事実上、関根は赤の他人。
なのになんでこの人はこんな俺に優しいんだ?髪だって、前の店じゃ、頼んでも誰も触らせても、切らせてくれなかったというのに。
和生人は歩きながら俯き、ほんの少しだけ泣きそうだった。

フロアーに戻ると、須藤が五十代位のマダムのパーマをしていた。
す、須藤さんが笑っている!マダムも凄く笑っている!す、すげ~。
そしてそのままお客に挨拶して関根は椅子に座る。
お客「あら、今日は店長もお客さんなのね」
とゆったりした声でマダムが店長に話しかける。
関根「はい、そうなんです。今日はお客様になって変身するんですよ、私。んじゃ泉君、カラーやパーマは無しで、カットをお願いできますか。制限時間は一時間!一時間後に私の予約のお客様来ちゃうから、よろしくね」
そのまま関根はテーブルに並んだ雑誌に手を伸ばし読み始める。なんていう状況だ?これは!でもこうして迷ってる間にも刻、一刻と時間は過ぎてく。こーなったらやるしかない!

和生人は関根の艶があるブラウンのロングヘアーのゴムを解いた。
せ、関根さんの髪、本当に切っていいのかな?

和生人はビビりながら、持ってきたコームで関根の髪を優しくとかす。そのままブロック分けしながら、髪をクリップでどんどん留めていく。
どうしょう……俺、関根さんはショートが似合うと思う。しかもイメージもちゃんと湧いてる。けど、いきなりのド新人が店長の大事なロングヘアーを切り落とすなんてありえないだろ?

和生人はためらいながら、そんなに長さが変わらないスタイルで量だけ軽くする事に決めた。




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