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【続編】弱くてもされどワン・ツー~第四話~あらぬ誤解~

和生人「青木様、本日カットを担当させて頂きます、泉です。宜しくお願い致します」
挨拶もそこそこに和生人は早速施術に入る。時短の為にシャンプーを手早く済ませ、席へご案内する。青木の要望は毛先が痛んでるので、あまり長さは変えずに整えて欲しい、というシンプルなものだった。
カットをしようとブラッシングをしていたら黒髪にキラリと光るものが混ざっていた。

和生人「青木様、白髪がけっこうありますね。本日カラーもしますか」
本当に悪気のない言葉だった、和生人にとっては。
目についた白髪、自分じゃ見えにくい(気付きにくい)場所だから、良かれと思い親切心から出た言葉だった。
しかしこれが失敗だった。相手はまだ三十代、営業の外回りの中、自分の休憩時間を切り売りして来て下さっている、そこに「白髪」というワードが彼女のプライドを酷く傷付けた。
青木「……早く切って終わらせて下さい」
和生人「あ、は、ハイ!」

いくら空気が読めない和生人でも青木の怒りの空気は肌で察知した。関根と須藤がお客様を担当しながらハラハラとこちらを見ている。
また怒らせてしまった、言わなくていい事言ったんだ、俺。どうしよう……。
和生人は青木の髪を丁寧にカットし、白髪もできる限りカットした。さっきのミスをなんとか挽回しようと、ずっと笑顔でいると青木から声がかかった。
青木「そんなに楽しいですか。人の白髪が」
和生人「え?」
思いもよらない青木の言葉に唖然とする和生人をキッと睨み、そのままレジの方へ真っ直ぐ歩いていく。
店長が駆け寄っていき、しきりに頭を下げている。須藤もすぐさま頭を下げに行く。和生人はというと、望まない状況を前にひどく困惑していた。

どうして俺だけがまた、一㎜も動けないでいる……?すごく悪いと思っているのに。
相手が怒っているのに、どうしてこうなったのかが分からない。

お会計が終わり、立ち尽くす和生人の横をすれ違いざま、
青木「なんで全然悪くない店長たちがあんなに必死に謝っているのに、貴方は謝りに来ないのですか。そんなに偉いんですか、貴方」
と吐き捨てる様に言った。

頭が真っ白になった。その後ろで青木がお店から出ていくベルの音が聞こえる。今走ればまだ間に合う、のに!どうしても、足がすくんで動かない。
そんな和生人を厳しい表情で関根が呼んだ。
関根「泉君、ちょっと」
和生人「はい」
関根「手短に状況を説明してくれる?どうして青木様は怒って帰ったのか」
いつもは優しい関根が、厳しい口調で和生人に聞く。手短に、簡単に、早く。思えば思う程、和生人の頭はパニックになり、しゃがみ込む。
和生人「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
頭を抱えて謝罪を繰り返す和生人に、関根は溜息を吐き、
関根「今日はもういいから、上がって。お疲れ様」
と言って休憩室を出ていった。終わった……俺の人生、終わったよ、もう。

和生人は泣きながら自分の荷物を手早く掴み、お店を出た。店長や須藤さんの顔には目もくれず。お疲れ様です、や謝罪の一言もなしに。和生人は泣き顔を見られたくない一心で小走りにノエルを出た。
社会人失格なんて目で見るなよ。そんな事最初から知ってる。
こんな時でも、俺は自分のことばかりだよ。だってそうだろ?説明したってきっと誰も分かっちゃくれない。

和生人は声を殺して泣きながら、駅までの道を遠回りをして歩いた。この時、
青木と偶然すれ違った事にも気付かないほど、和生人は和生人で打ちのめされ傷ついていた。

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