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東日本大震災で被災した博物館と子どもたちを応援 大きな命の歴史に触れることで生きる力を取り戻す 西澤真樹子さん〈後編〉

 6/15放送は「なにわホネホネ団」 団長、西澤真樹子さんの後編でした。
 同団体は約20年前に結成され、主に哺乳類の死体から毛皮や骨格標本を作ったり、鳥類の剥製を作ったりして、活動のホームグランドである大阪市立自然史博物館などに収めています。

東日本大震災で被災した博物館を「出張イベント」で応援する―東北遠征団

 私たち「なにわホネホネ団」は大阪市立自然史博物館を拠点に活動している標本作成サークルですが、お声がかかれば、日本各地の博物館や小学校などに出張して標本づくりに関するイベントなども行っています。これまでの約20年にわたる活動を思い起こしたとき、もっとも思い出深いイベントのひとつが、東日本大震災後に被災各地で行った「出張子どもワークショップ」です。
 東日本大震災では本当にたくさんの博物館が甚大な被害を受けました。私がこの事実を知って何よりショックだったのが、今私たちがつくっている標本や剥製は、100年200年遺るものだと思っていたにもかかわらず、あんな形で一瞬のうちにめちゃくちゃになってしまうということでした。まるで自分の博物館で起こったことのようにショックを受け落ち込んでいたとき、ある団員の高校生が「団長、私たち何かしたいんですけど」と相談してくれたのです。そして次の日からみんなで集まって話し合うようになりました。
 
 被災した美術工芸品などを救出する「文化財レスキュー事業」、全国の博物館による「標本レスキュー」が既に行われはじめており、私たちも骨格標本の洗浄や修復といったお手伝いができないかと学芸員を通じて情報収集しました。ところが、骨というのは案外軽いため、津波に流されてしまったものが多かったり、残っていても私たちの手には負えない剥製や巨大なものだったりで、標本に関するお手伝いはその段階では難しいことがわかりました。

 それならばと他の方法を考え、これまでさまざまな博物館や科学イベントに出展していた経験を活かせないかと思いたちました。この活動が「支援」と言えるかわかりませんでしたが、「出前博物館」のようなことができれば、暮らしの中の楽しみを少しでも増やせるのではないか。そう思ったのです。

 「東北遠征団」と名付けたこの活動で最初に訪れたのは2011年9月、「鯨と海の科学館」がある岩手県山田町です。会場になったのはWFP国連世界食糧計画(World Food Programme:国連の食料支援機関)のテントでした。大阪から荷物を200キロぐらい送って、会場にサーカス団のようにワークショップの小屋をつくり、子どもたちが一日中来られるようにしました。化石のレプリカをつくってもらったり、貼り絵をしてもらったり、また、岩手に昔から伝わる貝殻遊びのようなものを文献で調べて遊んでもらったりもしましたね。

 このワークショップは、子どもはもちろん、大人もすごく喜んでくれました。私たちは一方的に押しかけていくような気持ちでいたので、本当に喜んでくれるのかどうか、実際に行くまで自信がなかったのですが、開始後すぐに行列ができました。「何かの支給のために並ぶことはあっても、楽しむために並んだのは初めて」という声を聞いたときは本当に嬉しかったです。

 岩手県は8月末に避難所が全て閉鎖され、それぞれの家や仮設住宅に入られたタイミングだったのですが、大人が子どもの手を絶対に離さず歩いていて、まだまだ大きな不安が残っていた時期でした。けれど、子どもたちは本当に楽しんで参加してくれた上、会場設営や片付けも手伝ってくれたので「ああ来て良かった」と心から思いました。それ以後、オファーがあれば寄付や助成金を集めて駆け付けるようになり、約12年間この活動を継続して、35回ほどの遠征を行いました。

博物館を「開く」ということ

 「東北遠征団」の経験で確信したのは、命の危機が迫っている災害時は、緊急時だからこそ、生きていくために文化や教育が必要なのだということです。博物館に行くと、過酷な日常から離れて、大昔の地球や未来について考えたりすることに没頭できます。また、生き物って何度も絶滅しているけれど、また復活しているんだなということも体感できます。こうして大きな命の歴史に触れることで生きる力を取り戻せる場所として博物館が果たす役割は本当に大きいと思うのです。

 一方で、死んだ動物を拾ってきて解剖するという行為に関心を持つこと自体に偏見があることも否定できません。その批判に真正面から向き合うとこちらが傷ついてしまうので、すこし角度をずらすようにしています。例えば、解剖のことを「皮むき」と呼んだり「ホネホネ団」という変な名前をつけたり、といった感じです。私たちが楽しそうに活動し続けることでネガティブなイメージを打ち消していく方がいいと思い、いろいろと作戦を練っています。

 同時に、団員の質にもこだわっています。動物の形を遺す作業を心から楽しみ、この活動の意義をきちんと感じてもらえる人でないと一緒には活動しづらいため、入団試験時に人の説明を聞かずに勝手にやってしまうような人には大人でも子どもでも「はい、追試!」などと言って帰ってもらったりもします。そういう人は嫌になって二度と来なかったりもしますが、とても大切なことなので、団長として厳しく対応しています。

 博物館は、今みなさんが見ているこの一瞬も大事だけれど、この資料を100年200年先にも遺さなければならないという重要な役割をもっています。そのため、資料の安全性を最優先にする必要があり、来館者にとっては展示物(資料)を静かに見て回らなければならない場所、といった敷居の高いイメージがあるかもしれません。

 ところが、このところ全国の博物館から「多くの人や地域に向けて、博物館をどのように開いていくか」といったテーマで講演やワークショップの依頼がくるようになりました。最近では、70年ぶりの博物館法改正もあり、地域課題の解決や、人々のネットワークのハブになるなどさまざまな役割を期待されるようにもなっています。

 ただ、その役割を認識しながらも「方法が分からない」という博物館もあります。そこで、依頼があれば、現地に行ってアイデア出しのワークショップを行ったり、ホームページでその博物館のミッションや特徴などを確認した上で、私ならこうやってみるといった提案を行ったりしています。実は大阪に来てすぐの頃「流しの学芸員になる!」と宣言していたことがあり、気恥ずかしいので今は言わなくなりましたすが、まさにそういった立場で活動を行っている感じです。

ますます楽しい「ホネホネ団」―サミットも開催!

 私がいる大阪市立自然史博物館では、より多くの人に生活の中で身近に親しんでもらえるよう骨格標本グッズなども作って販売しています。ちなみに今日着ているTシャツは収蔵標本のシルエットTシャツで、ゲラダヒヒ、キーウィ、ウサギ、アカウミガメ、タイ、ハリネズミ、ゴライアスガエル、ペンギンがプリントしてあります。これは私たちの博物館に行くと実際に会える標本です。
 
 今年10月19日(土)、20日(日)には静岡で「ホネホネサミット2024@しずおか」というイベントが開催されることになっています。
 https://honesami2024.wixsite.com/honesami2024 
実は、「ホネホネ団」というキャッチーなネーミングは、より自由な活動を行うために商標登録をしていないため、全国各地で「駿河ほねほね団」や「安芸ホネホネ団」といった「〇〇ホネホネ団」が自然発生的に次々と誕生しました。こういった骨好きの仲間たちが集まり、骨格標本づくりに関する情報交換や団員同士の交流などを行っています。

 既に大阪や高知で8回開催しており、昨年の大阪大会には約5000人もの方々にご来場いただきました。クジラやアザラシといった大きな骨のブースや、神戸の尼崎にある私設ミュージアム「シャレコーベ・ミュージアム」さんは、ヒトの頭骨コレクションなどを宣伝しておられました。骨に関するいろいろな展示があって本当に面白かったです。

 骨格標本や剥製の魅力は「死んでも遺る」ということです。団員のみなさんとは、歳をとったあと、ヨボヨボしながらみんなで収蔵庫に行って「これはわしが16歳の時につくった何とかじゃ」みたいに言いたいね、と話しています。これが一番の夢ですね。

 私自身、これまでも子ども向けに動物のホネに関する絵本は何冊か出版しているのですが、今「なにわホネホネ団」についての本を執筆しています。私を受け入れてくれた博物館に感謝し、本当に住みたいくらい博物館が大好きという気持ちで書いていて、なんとか今年中に出したいなと思っています。

◆中村陽一からみた〈ソーシャルデザインのポイント〉
 
ソーシャルデザインの世界において、活動や団体の「ネーミング」はとても重要だと思っており「なにわホネホネ団」というネーミングセンスは抜群だ。一度聞いたら忘れられないうえに、いったい何をやっている団体なのだろう、とワクワク興味をそそられてしまう。また、自由な活動を行うため、敢えて商標登録を行わず、どこでも誰でも勝手に「ホネホネ団」と名乗り活動して良い、としているところも緩やかで素晴らしい。さらに全国各地からホネホネ団を中心とした骨好きの人たちが集い、不定期ながらサミットまで開いているとは驚きだ。
 博物館は太古の昔や未来に思いを馳せ「非日常」を体感することができ、忙しい日常生活から少し距離を置くことができる貴重な場であると同時に、西澤さんが「東北遠征団」で実感されたように、命の危険が迫る緊急時においてこそ、その役割は極めて重要だ。博物館が持つ、大きな癒しと恢復の力を多くの人々に知っていただけるよう、ホネホネ団にはますます活躍していただきたい。


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