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#180 オトラブルー 〜ガンバ大阪 2023シーズン振り返り総括ブログ〜





2023年12月16日、パナソニックスタジアム吹田。
小雨の止んだそのピッチの上では、橋本英郎の引退試合が執り行われていた。


引退試合といえば、本来ならば「ガンバ大阪選抜」として橋本が所属した1998〜2011年の選抜チームを組む形になるのがベターではあるが、橋本英郎本人の強い意向によりガンバ選抜ではなく、2005年チームの再現という形式でこの試合は行われた。
後半開始前、橋本英郎が、遠藤保仁が、宮本恒靖が、シジクレイが、山口智が、フェルナンジーニョ、二川孝広、大黒将志、そしてアラウージョ……あの日、このクラブにとって最も美しい瞬間を奏でた面々が18年ぶりにピッチに集まり、円陣を成す。彼らが揃う姿が構えたカメラのフレームに収まった時、多分自分は少し泣いていた。その45分間はあまりにも美しく、あまりにも眩く、この上なく幸せな時間だった。何から何までもがあの日の…私がサッカーを見始めて、ガンバ大阪というクラブに魅せられた18年前と同じ姿。あの多幸感に包まれながら眠りに落ちてしまいたかった。帰り道、太陽の塔を眺めた時、オトナ帝国で20世紀博に行った時のひろしってこんな感じだったのかな…とさえ思っていた。自分もどこか、歳をとる感覚を覚えたような気がする。

だが、そんな幸せな時間の跳ね返りはじわじわと押し寄せてきた。大阪モノレールを降りる頃、人並みもまばらになったホームで急に切なさが襲いかかってくる。
「強いガンバを取り戻す」……近年何度も聞いたセリフがリフレインするように脳裏に響くが、橋本英郎の引退試合で見た幸せな時間は少し間を置き、ガンバが帰ろうとする場所は結局、あの監督とあのメンバーでしか成しえない奇跡の時代だったという事を突きつけてくる。一気に夢から現実に引き戻される感覚に苛まれていく。それはまるで2005年メンバーの躍動が今のガンバ大阪に過去を過去として受け入れる事を迫るかのように、過去は帰る場所にはならないという抗えない事を他でもない彼らが誇示してきたのかように…。



そういう意味では、今年のガンバ大阪には少なくともその自覚と決意はあったように思う。
苦しいシーズンだった。「たくさんのことを変化させて、たくさんのトライをしてきた中で、たくさんのエラーをしてしまった」と宇佐美貴史は語ったが、その言葉を地で行くシーズンだったと思う。
あまりにも極端だった好調と不調の落差、理想を追うか現実に縋るかのジレンマ、誰が合って誰が合わないのか、この路線は正しいか否か、そしてサポートの在り方を巡る論争はファンやサポーターにも亀裂を入れ、奇異の目にも晒され、スペイン人監督が就任したが故か空論が好きな人間のテーブルの上に乗せられるような事さえも多かった。
一番最後の類はともかく、ガンバのファンやサポーターは大前提にガンバを愛している。選手やスタッフは個人差はあるにしても、それぞれがガンバを選んできた訳で、そこに対する情は誰しもが持つ。だが今年を苛む葛藤はその情とはまた別に、ガンバに関わる人間全てに「もう一つの顔」を持つ事を強いたようも思う。裏の顔という訳ではないが、それは決して良いモノでもない。



ただ、それでもガンバが凝り固まった時計の針をどうにか回そうともがいていた事は確かな事実だ。
「産みの苦しみ」という言葉があるが、それは良き時代を迎えた時の過去を指す言葉である。ガンバはもう、過去に幻影を求める訳にはいかない。今やるべきことは今こそが過去になるべき事であって、この2023年をいつか「産みの苦しみ」と称される過去に出来るような未来にしなければならない。過去は戻るものではなく、未来の為に積み上げていく今でしかない。

今回はガンバ大阪の2023年シーズンを振り返る総括を書き連ねていく。





#1 変化の序章

2022.11.11〜2023.2.25




「改革」は何も、今年から掲げたテーマという訳ではなかった。
クラブ30周年を迎えた2021年を最後にエンブレムを変更し、リブランディングを実施する事で企業としての売り方に変化を施したクラブは2022年、新監督として大分トリニータで実績を残した片野坂知宏監督を招聘。片野坂監督は大分で特徴的なサッカーを見せており、同時にガンバOBかつ、西野朗と長谷川健太というガンバの良き時代にコーチとして関わってきた人物。クラブにとって片野坂体制は改革と継承という意味で、ある種のハイブリッド的な人材だったように思えた部分はあったように思う。だが宇佐美の長期離脱を始めとした不安な要素も多く重なったとはいえ、クラブは最終節まで残留争いに巻き込まれていく。8月から監督に就任した松田浩監督の下でどうにか残留だけは果たしたが、2022年に挑んだ変革と挑戦は頓挫、そして失敗という結果に終わる。



来季の監督のを選ぶ上で、ガンバには選択肢は大きく分けて2つあった。
一つは2022年に途中就任から見事な手腕を見せてチームを残留に導いた松田監督の続投、もう一つは新監督を招聘するという事。ただ後者の場合…あくまで私個人としては、片野坂知宏という候補を想像しやすかった前年とは異なり、候補となり得る人物が誰になるのかを想像し難かった。
それだけに11月11日、スポーツ報知が報じた後任候補の有力候補は、少なくとも過去のガンバの流れからは想像が難しいチョイスであり、意外性とインパクトをもって伝えられる事になる。

ダニエル・ポヤトス───2シーズン率いた徳島では数字としての結果を残したとは言えなかった一方、徳島で確固たるサッカースタイルを構築し、ピッチ上で見せたパフォーマンスには賞賛の声も多く寄せられていた、ガンバにとって初のスペイン人監督である。同時に外国人指揮官としてガンバにとって5年ぶり、欧州出身者としては実に24年ぶりの人選だった。特に近年のガンバは2度の失敗から日本人監督で探しているような印象も持っていただけに、ここにきてのポヤトス就任はまさしく斜め上の展開だったように思えた。

ただ今季、クラブの唱える改革の意味合いは去年のそれよりも大きなものだった事は確かだろう。
まず編成である。近年のガンバの歴史に於いて掛け値無しに重要な存在だったパトリックと小野瀬康介の契約満了…これはどことなく、ポヤトス体制を発足させるに上でガンバが自ら退路を断ちに行ったようにも映った。昌子源は鹿島から移籍金を伴うオファーを受けていた事から前の2人と事情は異なるが、レギュラークラスが3人去る事はこのクラブでは異例だったように思う。
それは獲得選手にしても同じだ。J2で活躍した選手を補強する事自体はこれまでもあったが、今季は山形から半田陸、熊本から杉山直宏、長崎から江川湧清と一気に3人を獲得。最も大きな変化があったのは外国籍選手の補強で、これまでは日本でのプレー経験を持つブラジル人選手と韓国人選手にターゲットを絞っていたが、今年はチュニジア代表としてカタールW杯に出場したイッサム・ジェバリ、イスラエル代表かつ直近のUEFAチャンピオンズリーグにも出場したネタ・ラヴィを獲得。この2人はこれまでのガンバでの補強方針からはまず結び付かなかったであろう2人だ。変革と継承のいいとこ取りを目論んで失敗した昨季から、クラブとして方向性、考え方から改革していこうとしていた事は確かだったのだろう。

図らずも今年、ユニフォームサプライヤーもアンブロからヒュンメルに変わった。ガンバとアンブロの蜜月は世界を見渡しても稀有な長期契約で、ガンバの良き時代の右胸には常に菱形のロゴが輝いていた。サプライヤーの変更は違う理由だろうが、期せずして今年から変更となった事は、どことなく今年のガンバが変わらなければならないタイミングとリンクしていたように感じる。

何より、半永久的に空き番号になるものだと思っていた背番号7が今年、少なくともこの世界のプロリーグにいる人間で唯一と思われる「正しい継承者」への背中に受け継がれた。

「ヤットさんがアンブロの『7』の歴史を築いてくれたので、僕はヒュンメルの『7』の歴史をしっかり作り上げていきたいという思いもありました。」
ガンバ大阪の宇佐美貴史が今季から背番号「7」をつけるわけ。

「誰でもつけられる番号にしたくなかった」-高村美砂


ずっとそこにいると思っていたアンブロは去り、遠藤保仁はもういない。
だが、今年からはヒュンメルが右胸に刻まれ、宇佐美貴史が7を背負って走る。
「強いガンバを取り戻す」───呪文のように繰り返した言葉からガンバは一つ踏み出し、新たなる強いガンバをここから築いていく。過去は思い出の中にあり、立ち返る場所ではない。むしろ今この時をいずれ美しく振り返られるような過去にしてみせる。今季の補強方針と、図らずも時期が重なった2つの大きな変化は、このクラブの歴史の転換点に立っているような気分を与えてくれたように思う。





○○のせいでうまくいかなかったな、みたいな思考をガンバ大阪から無くしたい」という、近年のガンバにとってあまりにも重く響いたポヤトス監督の言葉から始まった沖縄キャンプから、その変化は随所に見受けられていた。

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