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【人怖話】誰にも止められない

現在の勤め先にてちょっとした問題が起きている。
現在進行形ということで、まだ詳細を記すことは出来ない。
だが、従業員の不満は積もり積もって、もうそろそろ限界が来そうな勢いだ。

そんなこんなで大変な時にまたしても天からの指令が降りてきた。
あることについて書けというものだった。

天の訴えたいことはすぐに理解したのだが、何をどういう風に書いていいのか悩んでしまった。
過去に似たような体験をしたことがないか。
頭の片隅に追いやられた過去の記憶から必死になって掘り返してみたところ、コンビニ勤務時代に似たような出来事があったことを思い出した。

今回はそれについて書いていく。
20年近く前に遡る。


コンビニ勤務歴が浅いある夏の日のことだった。
オーナーから呼び出されてバックルームに入った私はあることをお願いされた。

応援に行って欲しい系列店のE店がある。
そこは常に人手不足で困っている。
アルバイトを募集してもすぐに辞めてしまうので、手が回らないから週に2日でもいいから来て欲しい・・・と言う内容だった。

当時勤めていたコンビニの店長が何度も遅刻を繰り返すようなとんでもない人だったことで、少しでもまともな環境に行きたいという気持ちがあった。
オーナーの提案は天からの救いに思えた。
「E店の環境が良ければいいな」という淡い期待を抱いたのも束の間だった。

店長からは「こちらのお店だって人が足りないから連れていかれると困る」と止められてしまった。

オーナーと店長の両方のお願いに板挟みになってしまった。
とてもじゃないがこれは厳しい。
そこで、返事は一旦保留することにした。

帰宅後に夏休み中で実家に帰省していた弟に「アルバイトしてみない?」と提案してみたところ、「短期間ならいいよ」と言われたので、次の日にオーナーと店長に事情を説明すると、双方にとって都合の良い展開が良かったのだろう。
無事に短期アルバイトとして雇われることになった。

弟が人手不足のE店に週3~4日働くことになり、私は継続して現在の店勤務であり、どうしても人が足りない時に週1~2日くらいでE店に応援に行くことに決定したのだが、予想外の展開が待っていた。

弟がコンビニバイトに行き出してから1週間ほど経ったある日の夜。
E店がどうだったのか聞いてみたのだが・・・あまりいい返事が返ってこなかった。


私「E店はどんな感じだった?大変だった?」

弟「・・・・・はぁ、大変っていうか、まぁ大変だった」

私「何だかはっきりしないね」

弟「松本(仮名)って20代のバイトの女性が居たんだけどさ、気難しくて大変だった」

私「気難しいって・・・怖そうな感じなん?」

弟「気質が合わないというか、あの人に合わせられる人なんて絶対この世に存在しないと思う」

私「そんな大変な相手だったん?」

弟「これは先輩達から聞いた噂話なんだけど、どうやら松本さんのせいでバイトが長く続かない人が多いらしくてさ」

弟「酷い時にはたった1日働いただけで、次の日からボイコットした大学生がいたらしい」

私「え、たった1日で逃げるとか根性ないだけじゃ・・・?」

弟「松本さんがどんな人か知らないからそんなこと言えるんだよ」

私「そんなこと言われても、知らない人のことを理解するのは難しいよ」

弟「今度E店に応援に行くんだよね、その時に分かるって」

私(何だか不安だなぁ・・・)


数日後、E店に応援に行く日がやってきた。
弟から松本さんの話を聞いていたので少し不安だった。
どうか、松本さんと当たらないように・・・。

だが、神様は私に慈悲などくれなかった。

出勤後のバックルームに気難しい顔をした20代の女性と店長が居た。
自己紹介をする際にその女性が松本さんだと判明する。
確かに、ぱっと見はとっつきにくそうだが、見た目で人を判断してはいけないと言い聞かせる。

店長に言わせると、このお店で一番作業が出来る人だそうだ。
松本さんが居ないとお店が回らない。
他のバイトは松本さんほど動けないらしく、E店のエースとして期待されている。
松本さんは無表情でこちらを見つめている。
褒められたところでニコっともしない、弟の言う通りでこの人物は扱いにくいのかもしれないと思うと不安な感情がさらに強くなっていく。

私はこのお店でやっていけるんだろうか?

松本さんと8時間一緒に働いてようやく弟の言いたかったことを理解出来た。
気難しいってもんじゃない。
この人の心は普通の人のそれとは全然違う。

上手く説明出来ないが、他人との共存にまるで興味がないような、自分と他人はまるで別の次元の存在というような感じで見てくる。
周囲の心の動きがまるで見えていないし、自分には無関係だと思っている。

これでは逃げる人が居るのも仕方のないことだろう。
怖いというよりは理解出来ないに近い。

次の日にいつものお店に出勤すると、バイト仲間から「E店はどうだった?」と質問されたので、とっつきにくい人物がいたことを話した。
すると、私より1日前にE店に応援に入った男子大学生の杉田君(仮名)が苦笑いしながらこう言った。

杉田「あの松本って人、怖くなかった?」

私「あー確かに、ちょっとやりにくい相手だったね」

杉田「俺が応援に入った日も松本って人でさ、とにかくややこしいったらありゃしない」

私「うちの弟は夏休みの間だけ週3~4日ほどE店にバイトに行ってるんだけど、やっぱり松本さんが苦手って言ってた」

杉田「普通だとああいう人って接客業選ばないと思うんだよね、なんでコンビニを選んだのか謎なんだよな~」

私「あの人は事務みたいな職種の方が合うと思うんだけどなぁ、何か事情があるんだろうか・・・」


・・・勤務時間が終わって帰宅後、弟にそれとなく松本さんについて聞いてみる。

何でも、家庭環境が原因で心を閉ざしてしまったらしい。
両親との関係があまりよろしくないようで、松本さんとは全く正反対の社交的で明るい妹さんの方が両親に可愛がられているそうだ。
長年そんな環境で過ごしていれば人嫌いになってしまうだろう。
強いコンプレックスになって現在の松本さんの性格を形成してしまったのかもしれない。

その話は店長と他の先輩バイトから聞いたらしく、その先輩バイトも松本さんに何度も泣かされたそうだ。
松本さんは「私の気持ちなんて、私の辛さなんて誰にも分ってもらえない」というオーラ全開で心の扉を永遠に閉ざしてしまった可能性が高い。

オーナーは何度も「いつまでも心を閉ざしてばかりだと何の進展もないよ」と説得を試みたのだが、松本さんには通じなかった。
お店のトップであるオーナーの言葉が通じないのだからこれ以上は対処しようがない。

とはいえど、一番仕事の出来る人だったことで、辞められると困る。
だから松本さんとうまく行かなくても我慢して欲しい。
そう言われて嫌気が指してバイトを辞めてしまう人が多い。
それが万年人手不足の原因となっている。

確かに、仕事が出来る人に辞められると困るのは分かるが、新人バイトも何か月かすれば少しは仕事が出来るようになるだろう。
もしかしたらダイヤの原石のような人材だって今までに存在していたかもしれないのに、その人が早々に辞めてしまったとしたら?

いつまでも人が育たない、出来るというだけでその人だけ特別視されて他には我慢を強いる。
そんな勤務先に無理して働きに来たところで病んでしまうのは明白だと思うのだが。
コンビニなんていくらでもあるのだから、E店がダメなら他の店に行けばいいだけだ。

松本さんを説得したり心を開けるような存在がE店には誰ひとりとしていない。
彼女のやりたい放題は誰にも止められない。

だから、余計彼女は暴走していき、上の立場の人ですら手に余る。
確かに、家庭環境に問題があったとしても、人はきっかけがあればいくらでも変われるし、周囲がそのチャンスを与えてくれたはずだが。

結局は本人がそれを受け入れることが出来ないために、厄介な相手だから関わりたくない、深入りしたくないと敬遠されてしまう。

じゃあどうするか。
他の人に我慢してもらうしかない。
問題から目を背けたために大勢の人が泣きを見る。
本当にこれでいいのだろうか?
未来のエースが育たないお店の将来は灰色に違いない。

弟が言う「あの人と仲良くなれる人なんてこの世に存在しない」というのは大げさでも何でもない。
人当たりの良い弟ですら、松本さんにかなり気を使いまくって神経すり減らしているのだから。

扱いが難しい人はどこにでも存在するが、それを止められる者が居なければ、ひとりふたりと去って行き、いづれは人手不足となる。
そうなったら経営どころではないはずだが。

そんなことを考えても現状は変わらない。
考えるだけ時間の無駄かもしれない。
私だっていつまでもE店に応援に行くわけでもないし、そのうち誰か応募があれば何とかなるだろう・・・そう思ってしまった。

弟は夏休みが終わって東京の大学生活に戻っていった。
再び人手不足状態となり、オーナーの頼みということで私がE店に回される形で人員不足を解消させられてしまった。
当然、ほぼ毎日松本さんと顔を合わせては気を使いまくって神経すり減らしてしまい、ストレス性蕁麻疹が出るまでになってしまった。

私というターゲットが出来たおかげで先輩バイトは松本さんからキツイ態度が取られなくなったことで、何かあればすぐに私の責任にされ、何も悪いことをしていないのに矛先を私に向けさせて難を逃れる。

店長ですら「我慢して、松本さんが居ないと成り立たないお店だから」と言ってくる。
オーナーも「あの人は可哀想な人なんだよ、だから大目にみてあげて」としか言わない。

こんな状況が長く続けば私の体力も精神力も限界が来てしまう。
ある朝、体調が悪化すぎて鬱に近い状態になってしまい、何とか電話をしてその日は休みにしてもらったのだが、明日のことを考えるとめまいがしてきた。
その日の夜に電話でオーナーと交渉し、体調不良を理由に強引に辞めさせてもらった。

ちなみに、E店はその後どうなったのかというと・・・。
土地開発を理由に1年ほどで閉店となった。
松本さんがあの後どうなったのかは誰も知らない。

他のメンバーがどうなったのかも分からない。
まぁ、無くなってしまった以上は詮索しようがないが。


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