shallとshould

まずはshallを理解してみますね。shallはもともと、神の意志や王の意志、つまり「運命」みたいな力で、「そうなることになる」という意味だったそうです。

I shall return. は「私は(神とか運命の力で)ここに戻ってくることになろう」で結構、厳かに聞こえます。
I will be back. なら、「私は(自分の意志で)戻ってくるぞ」なので、shallがいかに厳かな感じかわかると思います。
Shall we dance? もともとの意味をさかのぼれれば、「僕たち、踊る運命かな?=踊りませんか」となるようです。

shallには、「自分ではどうしようもない大きな力が働き、当然、そうすることになる(のが正しい、ならざるをえない)」というニュアンスをもちそうです。

つぎのshallは訳出するのが大変難しいです。
Violators shall be subject to the following penalties.
違反者には次の罰則が科されるであろう。

このshallは、「あることが必ず履行されねばならず、もし履行されねば規定違反になる」という意味があるそうです。
バックには「神や王の意志、運命」から派生した「ルールや権威」がありそうです。「正しいのだから、当然そうするべき、そうあるべき」という圧がニュアンスにあるように思います。

次にshouldですが、shallの過去形と言うより、shallの婉曲的表現として使われることが多いと思われます。
「〜すべき、当然〜のはずだ」が基本的な意味です。

これは仮定法の世界でも登場します。

If S should V.... と、If S 動作動詞の過去形 はどちらも、「未来の仮定の話し」をしますが、shouldは「神の意志や運命」というものが背後にひかえている分、If S should V...は「もし(偶然に)〜することがあれば」という意味になります。偶然性がないことにはIf S should...とは言わないのですね。文献によりますと、Close(1975:59)はこう指摘しています。「if 節の内容が「偶然の機会、あるいは予測できない要因に依存するような場合に用いられる」「偶発性、予測不可能性」がキーワードとなります。

suggestなどのうしろの 節に使われる shouldですが、もともとは、イギリスでは原形(いわゆる仮定法現在)が使われていました。その古い英語がピルグリムファーザーズとともにアメリカに渡り、そのまま使われたようです。一方、イギリスではだんだんshouldをつけはじめました。なので、英米差としては shouldはイギリスに多く、原形は アメリカで多いことになりました。

動詞の原形は時制を与えられていません。原形は命令文や助動詞のうしろなどで見られますが、話者の頭の中だけにあり、現実になっていないものは、原形なのです。Be a doctor. も I will be a doctor.はまだ医者になっていません。 suggestなどのうしろで動詞の原形が使われるのは、まだ「話者の頭の中だけの話し」だからですね。さて shouldですが、「それが正しいのだから,当然そうすべき」という圧というか厳かな感じがします。

It is natural that you should help people in need. なら、やはり(何かの基準に照らし合わせて)「正しい・当然そうするべき」という「ちょっと厳かな」感じではないんでしょうか。原形だと「厳かさ」とか、「それが当然なのだからそうしろよ」という圧がとれる気がします。このあたりがshouldを用いるとフォーマルさが増す正体ではないでしょうか。

ただネイティブはそんなことは気にせず、話していると思います。一応、shallとshouldについて考察してみました。

参考

「日本人の英文法Ⅱ」 TDミントン
「実は知らない英文法の真相75」 佐藤ヒロシ
「英語語法詳解」 柏野健次

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