人事異動の内示がありました。組織内の方針が新年度から変更され、本来、くるべき人が入れなくなったため、ポストが開いたところに、私がねじ込まれたような印象です。本当に運命的に決まった人事でした。私が行くとは私自身も予測していませんでした。当然、行くことはないだろうと思っていたところなので希望もしていませんでした。
皆さんも今の季節、様々な異動の内示を受けていると思います。希望とは異なるような内示も多かったこととも思います。(希望どおりのほうがめずらしいでしょうか。)
さて、三木清の人生論ノートを読むと希望についての冒頭の断章に面白いことが書いてあります。
本当に今回の異動は偶然に決まった運命的なものでした。私が今回の異動に抱いていた希望とは今回の異動内示の内容は異なるものでしたが、三木のこと言葉を自分なりに解釈すれば、きっと新しい異動先に運命が自分に与えた希望があると言うことなのでしょう。続いての断章も紹介します。
そもそも、私達が両親から生まれたところから、その人生ってある意味で運命的なのだと思います。運命の中、私達は人生を生きている。だから、今抱いている少しの希望が奪われたとしても、再び運命が新たな希望を導くのが人生なのだと思います。
#エッセイ #コラム #人生論ノート #三木清 #人事異動