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2021.3.27 お話し鑑賞会レビュー 笹木依茉Webライター

 2021年3月13日(土)から3週にわたる土・日曜日の計6日間、神奈川県在住のアーティスト安田早苗氏の展覧会「悪夢に咲く」が開催されました。27日(土)にはゲストに、東京家政大学講師の浦田(東方)沙由理氏によるエコフェミニズムのレクチャーと対話、案内人の青木雅司氏によるお話し鑑賞会という2つのプログラムからなるイベントが行われました。
会場は千葉県銚子市にあるギャラリーロクの家。このイベントはコロナ禍に行われたこともあり、会場で観賞するだけでなく、オンラインで全国どこからでもリモート参加できるという新しいスタイルでの開催となりました。
筆者は愛知県の自宅からオンラインで参加。アーティスト安田早苗氏の世界をより深く伝えることを目的としたレクチャー、対話、お話し鑑賞会というイベント構成により、リモートによるアート鑑賞の素晴らしさを体験しました。


エコフェミニズムとは?

エコフェミニズムとは、家父長制による女性支配が、環境問題につながっていると考える学問です。家父長制による男性優位社会では、開発という名目で自然破壊が行われてきました。環境・気候変動が問題となった現在において、従来と同じ男性優位の視点でエコを語っても、解決には至らないという問題提起がなされます。女性の柔らかな視点を排除したままでは、環境・気候変動を含む様々な問題を抱える社会が立ち直ることはできないのです。
女性だけでなく自然も含む、命あるものを尊重することは、誰もが権利を守られ、幸せに暮らせる社会の実現のために必要不可欠ではないか? 浦田(東方)沙由理氏の視線の温かさに胸がいっぱいになるレクチャーでした。

作品とエコフェミニズムの関係

今回の展示では、オウキンケイギクというキク科の外来種の花が、美しい色彩で描かれています。一見すると黄色くてかわいいコスモスのような花ですが、外来種は生態系を脅かす存在として問題視されています。アーティスト安田早苗氏は敢えてその外来種にフォーカスすることで、「抑えられないもの」として、女性の権利を奪う社会を投影したのです。
そして、作品はオウキンケイギクと一緒に、映画「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンの不穏な表情が、見る者に語りかけます。
後日、アーティスト安田早苗氏はTwitterで発信していました。「赤狩りの頃の映画の女優」、「ローマの休日」の原題 “ Roman Holiday ” には、「他人の犠牲の上で楽しむ娯楽という意味がある」。

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リモートのアート鑑賞とは?

リモートのアート鑑賞はHPで画像を閲覧するのと同じではないか? と聞かれますが、筆者が参加した感想としては、画像の閲覧とも、実際のギャラリーでの鑑賞とも違う魅力を感じました。
リモートではZOOMを使用することで、レクチャーを受けるだけでなく、対話への参加が可能です。また、2時間ほど会場とZOOMで繋がることで、自宅に居ながらにして、ロクの家の空気を感じることができました。
続くお話し鑑賞会は、対話に参加するのではなく、オンラインの生配信を試聴するスタイルです。作品だけでなく、案内人の青木雅司氏と会場の参加者がモニターに映し出され、ギャラリートークの模様が配信される様子は、ドキュメンタリー番組を見ているような臨場感があります。しかし、それだけではない特別な感動体験があったことを、この後ご紹介します。
配信からは事前に画像を観た時にはわからなかった作品のサイズ感が、参加者との対比で伝わってきて、その大きさに圧倒されました。また、今回のギャラリートークはお話し鑑賞会と呼称されていますが、VTSという対話型の新しいアートの鑑賞スタイルを取り入れたものです。案内人の青木雅司氏は、参加者一人一人に能動的なアート鑑賞と、コミュニケーションを促し、自分一人では理解することが難しいアート作品に込められた意味を、コミュニケーションによって導き出していくのです。
筆者はあくまでドキュメンタリー番組を視聴しているつもりでいましたが、それは違ったのだと気づくことになります。参加者が案内人とともに同じ作品について考えていくうちに、会場全体に感動が広がるような空気の波が起こり、それが生配信からも伝わってきたのです。モニター越しに見ていた筆者は、急に飴玉を飲みこむような小さな衝撃と共に、感動が自分の体の中に入ってくるのを感じました。これが、オンラインのアート鑑賞が、ドキュメンタリー番組を視聴することとは違うポイントです。
VTSを用いたギャラリートークのオンライン鑑賞は、会場でのアート鑑賞のようなダイレクトな感動はありませんが、参加者が感動している姿から感動が伝わるという独特の感情の共有体験ができるのです。

VTSとは何か?

VTSとは、Visual Thinking Strategyの略称で、対話による鑑賞・対話型鑑賞などと訳されます。今回のイベントでは、お話し鑑賞会という柔らかな名称が使われていました。
一般的なギャラリートークは知識を一方的に教授するレクチャー型ですが、VTSはファシリテーター(案内人)が参加者に問いかける方法で進めていく対話型の鑑賞方法です。1980年代にアメリカのMOMA(ニューヨーク近代美術館)で、当時の教育部部長だったフィリップ・ヤノウィン氏らによって開発され、国内でも、様々なグループ、教員、美術館などが取り組んでいます。
アーティスト安田早苗氏は、このVTSによるギャラリートークを、滋賀大学の先輩である人見和宏氏の「わくわく授業、わたしの教え方」(NHK教育テレビ)で知り、学んでいた時期もあったといいます。

今回のイベントでVTSを用いたお話し鑑賞会を開催したアーティスト安田早苗氏は、感想を次のように語っています。

「安田は現在、中学校でも週に一回教えていますが、作品制作に追われてしまって、じっくり鑑賞することに取り組むことはできません。また、VTSに対しては、知識の伝達という部分では疑問もあったのですが、自分の作品をじっくり鑑賞する体験をして、「不穏な表情」に意見が集約されるにつれて、作者の意図が伝わってくるのだと(初めて体感的に)よくわかりました。
また、参加者がのちにわたしに個人的なメッセージで面白かったと言われていたので、一般に知られていないのだなと気がつきました。 」

さらに、お話し鑑賞会の案内人である青木雅司氏からも、VTSについて以下のコメントをお寄せ頂きました。

「私が最初にVTSを学んだのは、2019年に開催されたあいちトリエンナーレ2019のガイドボランティア研修でした。VTSの魅力は、美術の知識がないと尻込みしがちな人でも、作品について語ることを通して、他者とコミュニケーションがとれる点にあります。
また、私たちVTSのファシリテーターは、事前に寄せられる意見を想定してアート鑑賞に臨みますが、思ってもみなかった意見に出会えると喜びを感じます。それは、喜びを超えた感謝に近い感動です。
VTSが日本で広まることは、アートシーンにとって新たな価値の創造となると感じています。それは、自分の考えを持ち他者と共鳴することで価値が生まれ、新しい文化の種になる可能性を秘めているからです。また、VTSはそれ自体が作品になるのではないかと、私は考えています。」
未経験の方も多いと思いますが、VTSのキーとなる「見る」、「考える」、「話す」、「聴く」、この4つのプロセスは、アート鑑賞だけでなく、社会生活の多様な場面でも応用が利きます。ぜひ一度体験してください。」

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リモート鑑賞が持つアートのポテンシャル

コロナ禍でエッセンシャルワーカーは感染リスクにさらされながら働き、さらに、減給・失業により困窮しています。また、女性の割合が高いエッセンシャルワーカーは、男性優位社会の歪が現れている女性の職業選択の問題点でもあるのです。女性たちはさらに、家庭内ではDV、性暴力の被害にさらされ、急増した女性の自殺率の高さは、エコフェミニズムの観点からも指摘されている社会問題と重なります*。その一方で、異常なことに、世界の富裕層は資産をこれまでにない勢いで増やしているのです**。
コロナ禍による自粛だけでなく、格差がますます広がるこれからの社会では、移動することは、リスクと費用の点で二重にデメリットになります。そのため、今いる場所で外の世界と繋がれるリモートのアート鑑賞は、人の繋がりと生きる力を強化する新たな文化としての確立を求められているのです。
芥川賞作家の村上龍氏は若者向けに自選した短編小説集『はじめての文学』(文藝春秋)の中で次のように書いています。「小説は戦争を止めることもできないし、飢えた子どもを救うこともできない。だがある種の小説は、人の自殺を止める力を持っている」***。この記述は小説についてのものですが、実際に、これまで多くの人がある種のアートにも同様に救われてきたことは想像できます。しかし、ギャラリーでのリアルな鑑賞に限る展覧会は、今後ますます特権的なものになってくのです。
その一方で、リモートのアート鑑賞はPCだけでなく、タブレット、スマートフォンなどのモバイル端末でも参加できます。情報の収集についても、特別なコミュニティに属すことなく、インターネットからのアクセスが可能です。
コロナ禍のような困難や、格差による貧困から、人が孤独に引き込まれそうな時、アートを自宅で観賞するスタイルが新たな文化として認知されれば、これまで以上に「人の自殺を止める力を持つ」ことが可能ではないか? と、考えずにはいられないのです。
アーティスト安田早苗氏の活動が訴えるものは、男性優位の社会の在り方や、リアルの体験ばかりを重視してきたこれまでの「強者のための世界」の変化の実現を、早急に求める声なき者たちの声を孕んでいるのです。

参考サイト
*
東京新聞
「コロナで女性の雇用急減、自殺者は増加 男性より深刻 内閣府の有識者研究会が処遇改善提言」 
https://www.tokyo-np.co.jp/article/69401 (2021年4月29日)

**
マネー現代 | 講談社
「コロナ危機のウラで、じつは日本全国で「超・富裕層たち」が急増していた…!」
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81637?imp=0(2021年4月29日)

書籍
***
村上龍『はじめての文学』,文藝春秋,2006年12月,2ページ


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