「魔女の時間」講演記録 河西瑛里子(文化人類学者)2022.5.5 @ギャラリー・パリオ(東京都町田市)
〇はじめに
私は2005年から、魔女と名乗ったり、女神を崇拝したりしている人たちを調査している文化人類学者だ。初めはイギリスで、その後ヨーロッパ各地へ。そして、ここ数年は日本でも。そんなわけで、アーティスト安田早苗さんの個展「黄色い魔女が咲く」のトーク・イベントにお招きいただいた。本エッセイは、その講演とワークショップの記録である。
男女合わせて13名の参加者。自己紹介をしあった後、各自が持ち寄った「地」に関連するものを置いて、会場の魔女の祭壇を完成させる。
魔女たちが自宅や儀式の場に用意する祭壇は、多くの場合、西洋の4元素「地水火風」に関連するものを4方角に置く。風は東、火は南、水は西であり、今回持ち寄った地は北だ。
早苗さんが、個展のテーマに沿って、黄色い羽根、ろうそく、グラスを、黄色いクロスをかけた祭壇に用意してくれていた。魔女のシンボル、ほうきと五芒星も並べられている。
道端の石、柘榴や枇杷、春の花束、ローズマリー、パワーストーン、コイン・・・
示し合わせたわけではないのに、ふしぎとまとまりのある祭壇になる。同じ意図を持った人たちであれば、偶然のハーモニーを創り出すことができるのだと実感する。
続いては、講演の概要(出典が記されていない写真は全て私が撮影した)。
1、邪悪な魔女
魔女(witch)は、ヨーロッパの主要な宗教、キリスト教では邪悪さと結びついていた。以前、大英博物館で魔女が描かれた美術作品を集めた企画展を見たことがある。『魔女と邪悪な身体』[i]というそのタイトルを見て、身体そのものが邪悪とはよっぽどおぞましい存在と思われていたのかと、戦慄を覚えた。
[i] 2013年7月~11月にスコットランド国立近代美術館で開催され、成功を収めた企画展Witches & Wicked Bodiesが、大英博物館でも2014年9月~2015年1月に開催された。
魔女は、神の敵である悪魔と契約を結び、人間に害を与えたり、動物に姿を変えることができたり、ほうきで(あるいは飛行薬で)空を飛んで、悪魔たちと毎晩、裸で騒いだりしている人たちとされた。図1は、魔女たちのパーティの様子だ。空飛ぶ魔女、悪魔、蛇、火あぶりを見て楽しんでいる墓から掘り出された死体を見つけることができるだろうか。
15世紀から17世紀のヨーロッパ。魔女裁判で裁かれた「魔女」たちは、こういうことをしていると見られていた。もちろん空想の産物だ。しかし、不作や疫病、戦争といった不安定な社会状況が続き、人々の不安のはけ口として魔女狩りは行われた。
ドイツのローテンブルクの中世犯罪博物館には、当時実際に使われた魔女への拷問道具が展示されている(写真は全て2015年8月11日撮影)。
写真2は棘の椅子。これは木製だが、鉄製の場合、椅子の下か前に火を用意し、痛みと熱さで拷問したそう。2015~16年に日本各地を巡回した『魔女の秘密展』[i]に出品された1つでもある。写真3は、邪悪な魔女に触れずに捕まえるために考案された魔女捕獲器。動物を捕まえるように、輪の部分を首に引っ掛ける。写真4は、つねったり、引き裂いたりするためのペンチ。加熱することで、罪人の出血を止め、簡単に死なないようにしていた。写真5は、締め付けて、親指をつぶす道具である。
魔女裁判は、科学の発展により17世紀後半には終息した。魔女であると拷問により自白させ、有罪とするのではなく、より科学的な証拠をもとに裁くようになった。また、天候不順や家畜の病気の要因を科学的に考えるようになったのである。
[i] 2009年ドイツのプファルツ歴史博物館が企画開催した「魔女--伝説と真実」をもとにした特別展。2015年3月~2016年5月にかけて、大阪、新潟、名古屋、浜松、広島 、東京 、福岡で開催された。 そのレポートはたとえば「魔女の秘密展 ~ベールに包まれた美と異端の真実~」『IM internet museum』(2014年3月7日)。
2、魔女のエロス化
18世紀末から19世紀前半のロマン主義の時代、芸術の領域で魔女が描かれるようになる。エロティックな事柄を表現することに社会が寛容になり、「魔女」がよく描かれるようになったのだ。
これらは、邪悪な魔女とされてきた、旧約聖書のリリスと、ギリシャ神話のキルケやメディアを描いた19世紀の作品だ。それまでは性的な魅力で男性を惑わす女性は、邪悪とされていた。しかし、ひとひねりして、こういう女性は妖しげな魅力で男性を誘惑する女性として描かれるようになったのだ。彼女たちは「魔女」とは呼ばれていないが、この頃から「魔女」は、邪悪というより、妖しげな魅力をもつ女性の形容詞にもなっていく。
彼女たちは、女性は家庭に入って、夫に従っていればいいという、当時の世間の風潮に流される女性ではない。むしろ男を翻弄していこうというように、自分の意志をもって、生きていこうとする強い女性だ。そこから、社会の常識に刃向かって、世間から批判されても、時代を先取りして、強く生きていく女性のことも、「魔女」と呼ぶようになっていったのではないか。
3、人々の暮らしの中の魔女
魔女裁判後も、キリスト教の教えにはないことをすれば、魔女とまなざされていたようだ。魔女の宅急便の主人公キキの母親のように、薬草に携わる女性たちがイメージとしてはわかりやすい。
イギリスのコーンウォール州のある博物館[i]には、100~200年ほど前の魔女たちが実際に使用していた道具がいくつも展示されている(写真は全て2017年8月11日撮影)。写真6は悪霊を閉じ込めておく瓶。写真7は、自分の前から消えてほしい物や人を象徴する何かを入れて、十字路におくための箱。写真8の結び目には風がくくりつけられており、購入した漁師たちは船上で結び目をほどいて、望む方向に吹く風を手に入れたそうだ。
その他、鶏の首を掻っ切って、その血を畑に捲くという豊穣の儀式。ヒキガエルの粉を入れたパンを傍迷惑な隣人宅の前に置くという呪い。50年ほど前のイギリスの田舎で、実際に見たという人の話を聞いたことがある。
[i] 魔女術と魔術の博物館。その展示品の一部は、「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展(2021年9月~2022年3月、神戸と東京)に出展されていた。
4、第二次世界大戦後の魔女ブームと現在の様子
1944年の霊媒師ヘレン・ダンカンの逮捕がきっかけとなり、1951年イギリスで魔女術令が廃止される。すると、それまでこっそり魔女術をしていた人たちが、少しずつ表舞台に出始める。といっても、その魔女術はまじないや薬草治療など田舎の習俗のようなもので、体系的ではなかった。
しかし同じ頃、イギリス人のジェラルド・ガードナーが、田舎に残る魔女術と儀式魔術を合わせて、ウイッカという魔女術の1つの体系を創る。このウイッカが、1960年代からアメリカやカナダにも広がり、魔女を名乗る人々が増えていくことになる。
現代の魔女たちは、関心を同じくする友達とカヴンというグループをつくって学びあったり、書籍や通信教育、ワークショップ、ソーシャルメディアを活用して学んだりしている。カヴンの中でイニシエーションを受ける人も多いが、身近にカヴンがない、グループは避けたいという理由で、セルフ・イニシエーションにより魔女となる人もいる。
魔女の存在を知ってもらうパレードや、魔女が使う道具や書籍を販売する店もある。
・ロンドンのPagan Pride Parade (2011年)
・ロンドンの魔女関係の書籍が充実している書店:Atlantis、Treadwells
・グラストンベリーの魔女関連の雑貨を扱うお店:Goddess and the Greenman
5、政治としての魔女
政治活動にも取り組む魔女もいる。
W.I.T.C.H.という団体は、1968年のハローウィンにニューヨークで結成された。魔女狩りで殺されたのは主に女性、裁いたのは男性の聖職者や裁判官だったから、魔女とは男性中心的な社会の犠牲になった人々だと考えたのだ。そして現代社会もまだ男性中心的だから、自分たち女性は魔女狩りの犠牲者と同じ魔女だと考え、黒づくめの格好でゲリラ的に女性差別に反対する運動を始めた。ちなみにW.I.T.C.H.は、Women’s International Terrorist Conspiracy from Hell(地獄からやってきた国際女性テロリストの企み)の略称でもある。
キリスト教を離れ、新しい信仰を創り出したフェミニストもいる。男性形で表されるキリスト教の神(God)は男性中心的。だから女性の精神的支柱には女神(Goddess)が必要なのだ、と。そのヒントとなったのは、魔女たちが女神と男神を崇めていることだった。フェミニストの始めた女神崇拝では、キリスト教では邪悪とされた女性の身体とセクシュアリティを聖なるものだと評価する。ここにきて、女性の身体は性的に男を惑わす邪悪なものから、聖なる女神へと転換されたのだ。
頭で考えるだけではなく、魔女術の儀式を取り入れる人々も出てくる。そんなフェミニスト魔女の1人、スザナ・ブダペスト(1940~)は、女性には女性だけのコミュニティが必要ということで、女性だけのカヴンを結成した。ローマ神話の月の女神にちなんで、ディアナ(ダイアナ)派という。
魔女の呪いの力は正しく使えば強力な武器になるとして、彼女は仲間と公開儀式を行い、女性を狙う連続殺人犯を捕まえる手助けをした。その人物は3年間も殺人と逃亡を繰り返していたが、儀式が行われた3か月後に、逮捕されたそうだ。
スターホーク(1951~)は、日本語にも翻訳された『聖魔女術』(国書刊行会、1994年)という魔女術のテキストの著者だ。反核運動や環境運動にも深くかかわっていることで知られる。
大地は食べ物を育む。女性は子供を生む。この共通性から、大地/地球(Earth)を女性、女神とみなす。だから魔女たちは自らが崇める女神を傷つけるような環境破壊や核ミサイルに反対するのだ。
1981年からイギリス南部のグリーナム・コモン基地で始まった反核運動も、その1つ。アメリカ軍の核燃料搭載ミサイルが配備されそうになる。納得できない女性たちは、鉄格子にリボンを結びつけたり、基地の中に不法侵入して格納庫の上で踊りながら歌ったり、泥だらけの基地周辺で何年もキャンプしたりするなど、独特でポップでカラフルでエキセントリックな抵抗運動を繰り広げた。
6、ごく最近の話題
2015年10月、シカゴでW.I.T.C.H.が再結成される。それは高騰を続ける住宅事情への抵抗であった[i]。フランスでもWitch Bloc Panameという団体が活動している[ii]。2017年9月のパリとトゥールーズにおける労働法改正反対デモでは「マクロンを大鍋にかけろ!」という横断幕を掲げている。
2017年1月に大統領に就任したドナルド・トランプに、呪いをかけようと呼びかける人々がいた[iii]。トランプ・タワーの下や自宅の祭壇の前で、儀式をしてその写真をソーシャルメデイアに、#BindTrumpや#MagicResistanceのハッシュタグをつけて投稿し、拡散したのだ。
たとえば、全米各地にある魔術師同盟「Magic Resistance(魔術による抵抗運動)」のメンバーによる呪縛の儀式がある。タロット、羽根、オレンジと白のロウソク、針、水、塩、マッチ、灰皿、トランプのイケてない写真を並べ、呪文を唱える。この呪文は通常、相手を呪縛し、自分や他の者が危害を加えられないようにするため使われる。
儀式では、まずオレンジのロウソクか小さなニンジンに、針でトランプの名を刻み、呪文を声に出して唱える。呪文はいろいろあるが、その最初の1つは「水、火、地、空気の精霊たちよ、天使よ、地獄の悪魔よ、先祖の魂よ、耳を傾けたまえ。(中略)ドナルド・J・トランプを拘束し、その悪行のすべてを水の泡にするのだ」と始まる。そして、トランプのイケてない写真に火をつけ、「You’re Fired!(お前はクビだ!)」と続く。2017年2月以降、逆三日月の夜に毎回この呪文を唱えてきたそうで、儀式を執り行う魔女やオカルト信仰者は成功したと話している。
[i] WITCH stages ritual to protest housing inequalities in Chicago, The Wild Hunt (Heather Greene, 31st January 2016)。
[ii] 団体のFacebookページ。
[iii] Witches cast 'mass spell' against Donald Trump, BBC News (25 February 2017)。
7、現代の魔女術とは何なのか
現代の魔女術は、キリスト教に代わる新しい形の信仰だ。ただし、宗教を離れて、政治的な運動につながることもある。
ウイッカは魔女術の1つで、遵守が必須ではない指針。祭壇や儀式の細かいところは、自分で決めることが大切とされる。一般にイメージされる宗教よりは、クリエイティヴなアートに近いかもしれない。
魔女たちの多くに共通する点もある。男性神と女性神の崇拝。沢山の神さまの崇拝。積極的に関わりたい神様は自己決定(神話や伝説の神々でもいいし、指輪物語など物語からとってくる人もいる。定期的に変えてもよい)。これらはすべて、キリスト教とは違う点だ。
そして、自然崇拝的な側面ももつ。初めの祭壇のところに出てきたように、地水火風の4元素を大切にし、年に8回、季節の変わり目と盛りを祝う。
〇おわりに
こんな話をした後、参加者それぞれが4元素として自分なら何を思い浮かべるか考えて、アイディアをシェアした。最後に全員で輪になり、祭壇の上にCOVID19せっけん(早苗さん手作り!)をぶら下げている黄色い毛糸を手に取る。12星座のシンボルが刻まれた木製のビーズがくくりつけられている。毛糸を通して、私たちは1つになる。
そして、早苗さんの伴奏で歌う。
May the circle be open yet unbroken
May the love and peace of the Goddess be ever in your hearts
Merry meet and merry part, and merry meet again
この輪が開かれ、かつ途切れることがありませんように
女神の愛と平和がいつもあなたの心にありますように
良き出会い、良き別れ、そしてまた会いましょう
魔女の儀式の後に、出会いを喜び、再会を願って、よく歌われる曲だ。
隣の人との間で、黄色い毛糸を切っていく。それぞれ星座のビーズと毛糸をお土産にもらい、いただいた小さなガラス瓶に詰める。この場でひとときを共に過ごした私たちは、これからそれぞれの家に帰っていくが、この場で生まれたつながりは切れない、という意味を込めて。
さて後日、祭壇と写真を添えて、この出来事をFacebookに投稿した。すると、イギリスの有名な魔女の方が「素敵な太陽のエネルギーだね」というコメントをくださった。月ではなく、太陽を黄色で表す文化も多いと聞いてはいたが、そういう国の人には、この祭壇がそのように見えるのか!と新鮮だった。
参考資料
河西瑛里子「グラストンベリーの女神たち」
アリスクック「グリーナムの女たちー核のない世界をめざして」
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