Wantedlyのブランド名で思う、ブランドは誰の代弁者なのか問題

今週はWantedlyさんの上場報道絡みで、いろいろな記事が飛び交いました。この記事はIPOではなく、ブランドと事業の関係を考える題材として、Wantedlyさんは非常に面白いと思ったので書いてみます。

Wantedlyのサービスの骨子は、無味乾燥な言い方をすれば、人材募集の広告メディアであり、求人したい企業と職を求める個人をつなぐマッチングプラットフォームです。特徴としては、ベンチャー企業がターゲットという色が感じられます。

ベンチャーの求人というのは、いわゆる有名大手企業に比べれば、目先の年収~福利厚生条件は弱いのが一般的です。

採用市場で戦うには、目指すビジョン、難易度の高いチャレンジそのもの、それを共にする仲間を、丁寧に伝えて”ウリ”にするしかない。

でも、既存の人材募集プラットフォームでは、それらを伝えることに最適化されたUX~UI、そしてブランドイメージになっていない。

つまり、ベンチャー企業は求人を出すときに「真に自分たち向けと感じられるメディアがなかった」ところに、そこをぴったりなメディアをど真ん中で当てにいった、ということなのでしょう。(これぞ、コンサルタントの完全なる後講釈という奴ですね笑)

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ここからが本題ですが・・・

今更ながら、ふと気づいたのは、この「Wantedly」ブランドの語源は「Wanted」なんだな、と。

「Wanted」と言えば、探検家のアーネスト・シャクルトンが1914年に新聞広告で出した南極探検乗組員募集の求人広告の有名なキャッチコピーを思い出します。

求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の続く日々。絶えざる危険。生還の保証なし。ただし、成功の暁には名誉と称讃を得る。

男子に限定している部分はミスマッチですが、まさに現代のベンチャー企業の求人も、コレと重なるものがあります。

考え過ぎかもしれませんが、Wantedlyというブランド名は、最古にして最高のベンチャー求人広告のキャッチコピーを模したもので、それによって

「ベンチャー企業の求人を支援する」

という立ち位置とアイデンティティを明快に現しているなぁ、と。

何を当たり前のことを?と思うかもしれませんが、Wantedlyのサービスには、求人側の個人もアクセスし、ユーザーであるため、個人の求職者の代理人という立ち位置もあり得るわけです。

マッチングサービスというのは、第三者同士の仲介となるわけですが、美しく言えばWin-Winを目指しつつも、そのサービス設計から細かな収益配分のモデルに至るまで、「あなたは、どちらの立ち位置なの?どちらの利益代表なの?」ということが、常に問われることになります。

そして、その立ち位置は、サービス体験を通じて、必ず各種ユーザーに伝わっていきます。

考え過ぎかもしれないですが、Wantedlyは、この手の思想を問われた時に立ち戻る原点は、「ベンチャー企業側の代理人」という立ち位置を軸足にしているのかもしれない。

そんなことを感じたブランド名でした。

…これだけ述べておいて、実際は語呂が良くて決まった名前でした…というのが実際のオチでしたらすいません(苦笑)

このような目線で人材業界内を俯瞰すると、最近TV-CMをされているビズリーチは、ハイレベル~高年収な求職者を軸足にすることで事業を立ち上げ、求職者のレベルの高さを魅力にヘッドハンターや企業側に課金しており、あくまでも「ハイレベルな求職者を、しっかりと高い値付で売る」ということを軸足にしているように見えます。(故に、ハイレベルな求職者からは贔屓される存在になっているのでは?)

他の業態でも、@cosmeからは、美容〜化粧品を楽しむユーザー側の立ち位置を守るポリシーを強く感じたり。広告主企業から収益を得ていますが、ユーザーの不利益にならないよう繊細なサービス運営をされているように感じます。

また、広告代理店業界を見渡しても、メディア側の代理人 or 広告主側の代理人 というように、色々と立ち位置のDNAがあります。

これらの立ち位置は完全に二分割できるものではないですし、それも事業の推移と共に変わる、事業戦略の変遷に合わせて、その立ち位置を変えていくべき局面もあり、事業戦略とブランド戦略はコンフリクトを起こすことがあります。

余談ですが、楽天さんの事業戦略とブランドの根本的なコンフリクトは、楽天というブランドが、楽天市場というECからビジネスが始まり、「出店者の方々を支援する」という立ち位置が軸足だったDNAが、時に「消費者の利便性を最優先する」ことと対立することにあるのかな?と外部からは推察されます。(amazonはその対極で、消費者の利便性を極限までピュアに追い求めるのがDNAといえます)

このような事業戦略とブランドのコンフリクトは、非常に複雑に糸が絡まりがちで難しい問題です。

「事業をうまくいかせるためのツールとしてブランドがある」のか「ブランドの思想を実現するための手段として事業がある」のか。経営陣には、この根本思想が問われますし、その解答とバランスに一般解はなく、固有解と言えます。

*ブランドの一貫性だけを考えれば、優先すべきステークホルダーや提供価値はシンプルに保つほうが正解です。但し、増えつづける多様な事業に合わせて、個別のブランドを増やし続けたら、それはそれで、ブランド投資のコストも膨らみ続けます。この”一貫性を保つ”と”ブランド体系~投資を最適化する”の葛藤は非常に難しいテーマで、インサイトフォースのコンサル案件の中でも難易度が高い位置づけとなります。

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この話は、ブランド名のレイヤーだけだと、単なるコンセプトの言葉遊びに感じるかもしれません。実際に「Wantedly」の名称から、本稿のようなことを想像し、「ベンチャー企業向けなのね!」と思う人も相当少ないはず。

ただ、企業では、売上と収益拡大のために様々な施策を考えているうちに、その「立ち位置」を無自覚に忘れ、自社や異なるステークホルダーを過度に優先させた結果、ブランドやサービスの評価が崩れることが多々あります。

「強いブランドをつくる」という視点においては、ブランド名称そのものも気配りはすべきですが、より大切なのは「誰が自社ブランドで最優先すべきステークホルダーなのか?そこに提供すべき価値は?」を明確にし、そのアイデンティティを社内外に表明し、社内でも思想として徹底し、それを商品・サービスのUXに落とし込むことです。

こんな基本動作が、強いブランドづくりの骨子になります。商品・サービスは目に見えるので評価しやすいのですが、その背景にある思想に背骨が通っていないと、それらのUXの一貫性が生まれない、というわけです。

そういう意味で、Wantedlyというブランド名には、ベンチャーの求人を支援するという立ち位置のようなものがにじみ出ていますし、実際に、私のコンサルティング支援の企業や社外取締役を務めるMinimalでも求人募集で活用させていただき、現場から良い評判を得ていることを感じます。

「個々の施策は頑張っているが、うまく強いブランドに育たない。」

インサイトフォースには、そのようなご相談をいただくことが多いのですが、そのような企業の場合、各種施策でマネタイズするテクニックは良いが、背景にある思想がない、思想があっても有名無実化してしまい、組織にそれらの背骨が通っていないことが多いと感じます。

*ちなみにブランド力が育たない場合のビジネス的な弊害とは、”顧客の獲得~維持コストが下がらない”ことで、それが長期的には市場競争と収益の足かせになります。

口で言うのは簡単ですが、事業と思想のバランスをとるのは、本当に難しいです。その視点で、Wantedlyさんはここまではブレていないように見えるのが、ひとつの凄みと感じました。
同時に、ここからはプラットフォームとして、サービスや収益を多様化させる事業フェーズになと推察されるため、その事業サービスの複雑化とブランド戦略をどのように折り合いをつけていくか、舵取りが難しいステージになるかと思います。

個人的に応援しつつ、その舵取りを注視していきたいと思います。

P.S
社外取締役を務めるBean to Bar ChocolateのMinimalでは、現在Wantedlyさんでマーケティングのコンテンツづくりを担うメンバーを募集しております!
https://www.wantedly.com/projects/111859

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