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『働くことの人類学【活字版】』 第4話|ずる賢さは価値である 小川さやか

コクヨ野外学習センターの人気ポッドキャスト〈働くことの人類学〉の単行本『働くことの人類学【活字版】 仕事と自由をめぐる8つの対話』から、【第1部】働くことの人類学の全6話を特別有料公開。

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『働くことの人類学【活字版】 仕事と自由をめぐる8つの対話』
松村圭一郎 + コクヨ野外学習センター 編
出演:柴崎友香/深田淳太郎/丸山淳子/佐川徹/小川さやか/中川理/久保明教

コクヨ野外学習センターが贈る人気ポッドキャスト〈働くことの人類学〉待望の【活字版】登場。
もっと自由で人間らしい「働く」を、貝殻の貨幣を使う人びと、狩猟採集民、牧畜民、アフリカの零細商人、アジアの流浪の民、そしてロボット(!)に学ぶ。文化人類学者による目からウロコの8つの対話。仕事に悩めるすべてのワーカー必読!絶賛発売中です!

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第4話 ずる賢さは価値である 小川さやか

アフリカの古着商人たちや、中国と行き来しながら
ビジネスを展開するタンザニア商人たちの
生き方や人間観・労働観から
現代のビジネスにも不可欠な「起業精神」や「狡知」の価値を
立命館大学の小川さやかさんと考えます。

Illustration by Tomo Ando

小川さやか︱おがわ・さやか
立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。主な著作に『都市を生きぬくための狡知』(世界思想社、2011年。第33回サントリー学芸賞)、『「その日暮らし」の人類学』(光文社、2016年)『チョンキンマンションのボスは知っている』(春秋社、2019年。第8回河合隼雄学芸賞、第51回大宅壮一ノンフィクション賞)。

松村 今日は『「その日暮らし」の人類学』(光文社新書)などのご著書でみなさんもご存じの小川さやかさんにご登場いただきます。小川さんは2019年に出された『チョンキンマンションのボスは知っている』(春秋社)が河合隼雄学芸賞と大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞されて、いま人類学者のなかでも最も注目されている方です。

若林 実は一度チョンキンマンションに泊まったことがあるんです。香港映画が大好きで、ひとりで遊びに行って、めちゃ怖かったんですが、びくびくしながら泊まりました。いい思い出です(笑)。

松村 それはど真ん中ですね。『チョンキンマンションのボスは知っている』の舞台は香港ですが、描かれていることは、小川さんが博士論文で研究対象としたタンザニアの古着商人の話とテーマも一貫しているものなんですよね。また、都市で生きるタンザニア商人たちの生き方は、これまでお話を聞いてきた狩猟採集民や牧畜民の生き方にも、意外と通ずるところがあったりします。

若林 今日のお話は、完全に現代が舞台ですよね。香港のチョンキンマンションという、きわめて現代的な空間に生きている人たちのお話なんですけれども、そう思ってこれまでの回を振り返ってみると全部、現代の話なんですよね(笑)。狩猟採集民や牧畜民と聞くと、なぜか勝手に「昔の人」だって思ってしまうところがあって、現在の話なのに「昔の人、すごいな」みたいに考えてしまっていることに気づかされました。ちゃんと現代の話として聞かないと意味ないですよね。

松村 そうなんですよね。


あらゆる仕事は起業である

松村 では、小川さんにさっそくお話を聞いていきましょう。

小川 今日はすごく楽しみにして来ました。

松村 小川さんとは昔から一緒に勉強会をやったり、院生時代から刺激を受け合いながら学んできたりした仲でもあります。今回はこれまでの研究のエッセンスに関わるところを聞いていきたいなと思うんですが、最初に、タンザニアの都市部の若者たちがどんなふうに働いているのか聞いてみたいと思います。
 タンザニアの若者の失業率は4割、高いときは5割以上と、ものすごく高いイメージがあったんですが、最近調べてみると、逆に若者の失業率がすごく低く出ていたりして、どういうことなんだろう?何が起きてるんだろう?と不思議に思っていたんです。いまのタンザニアの若者の就業状況はどんな感じですか?

小川 最近の新聞報道では「タンザニアが中所得国の地位を得た」と書かれていたりします。たしかにGDPは7%くらいの成長率を誇り経済は発展しているんですけれども、若者の失業率については、どのようにカウントするかで統計がかなり変わってくると思うんですね。いわゆる公務員や企業の会社員のような安定的な雇用に特化してみると、実際はもう少し失業率は高いと思います。私が調査している零細商売をはじめ、政府の雇用統計には載らないインフォーマル経済に従事する人たちを雇用統計に入れると、失業率は途端に下がります。何をフォーマルセクターとし、その残余としてのインフォーマルをどの範囲とするかの境界は曖昧で、実態を把握するのは困難です。

松村 アフリカで統計をベースに話をしようとすると、いつもその問題に突き当たりますね。

小川 そうなんです(笑)。行政や管轄する省庁によっても違いがあり、しばしば混乱します。

松村 小川さんはフィールドワークのなかで、実際にご自身も古着商人として路上で古着を売ったり、中間卸商として若い古着商人を子分のように従えたり、といった経験をされてきたわけですけど、そういう若者たちはどこから来て、どういう形で都市で職を得ていくのか、そのあたりを最初に説明していただけますか。

小川 私が調査を始めた2000年代初頭は、学校を卒業したあと、しばらく農村に留まる人もいたものの、早い人は15歳、16歳で、遅くても20歳前半に仕事を求めて都会を目指す若者が大勢いました。都会での生活が合わないと農村に戻ったりもしますが、都会にやって来た若者の多くは、そこで生きていくことを選択します。とはいえ、正規の雇用機会が必ずあるわけではないので、食べていくために自営業を始めようとなります。
『都市を生きぬくための狡知』(世界思想社)という本にも書いたのですが、古着商人に「どうして古着商売を始めたのか」と聞くと、「あるとき、お腹が減っているんだけどポケットには500シリングしかなくて、これでお昼を食べちゃうと夕飯が食べられないし、どうしようかと市場を巡っていたら、オレンジが1個50シリングで売られていた。同じオレンジが、自分の居住区では100シリングで売られている。じゃあ、このオレンジを10個買って行商すれば、今日の夕飯も食べられるし、うまくいけばもう1回くらい往復して行商できて、明日も明後日もずっと食べられる」みたいな感じで商売を始めたんだ、と言うんですね。彼らは、とにかく食べていくために、暮らしていくために、まずは何か仕事を始めるんです。

松村 古着商人は、そうした選択肢のひとつにすぎない感じですかね。古着よりも少ない資本で始められるものとして、オレンジがあるといった感じで。

小川 そうですね。

松村 資本が貯まってくると、古着商の次には、例えばどんな仕事があるんですか。

小川 私がいま香港で調査している人たちのなかには、日本円にして月収600万円を超えるような人たちもいます。そのひとりは香港から大量に携帯電話を買いつけていますが、同じくらいの資本があれば、タンザニア国内でも、電化製品や自動車部品を仕入れたり、商店を構えたりして商売することができます。商売の基本は、あるものを、それがないところにもって行って差額で稼ぐ仕事なので、知恵を絞れば、さまざまな商品で商売が可能です。

松村 小川さんが付き合ってきた古着商人の若者たちも、ずっと古着商をやっているわけではないんですね。

小川 「古着商ひと筋」と考えている人たちは、ほとんどいないです。みなさん古着商をしている間も「もっといい仕事はないか」と半分くらい身を開きながら、「この商品のほうが儲かるんじゃないか」「この仕事のほうが実入りがよいのではないか」って考えながら商売しているので、気が乗ったら、次の日から古着商をやめて違う商売を始めたりもします。

松村 彼らにとっての「稼ぐための手段」である仕事は、日本人にとっての「仕事」とはちょっと違う気がするんですが、小川さんにはどう見えています?

小川 そうですよね。彼らは、本当によく「仕事は仕事」って言うんです。日本人が「仕事は仕事」って言うと、仕事そのものに価値の序列がある感じがしますよね。このような仕事が良い仕事で、こういう仕事は生活のために仕方なくしている。経済的な価値だけではないと思いますが、自身にとって望ましくない仕事をしているときに「仕事は仕事」みたいな言い方で割り切ろうとするというイメージがありますけど、タンザニアの人たちは、「どんな仕事もうまくいかなくなるときはやってくる」という構えで仕事に向き合っています。だからいい仕事に転職をしても「まあ、仕事は仕事だからね」と敢えて強いこだわりをもちすぎずに仕事をしているように思います。

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松村 例えば公務員になったり、NGOで働いたりしているとなると、結構いい給料をもらえると思うんですけど、それでも、「この仕事に一生を捧げる」みたいな感じではなくて、それも稼ぎの手段として割り切る感じなんですか?

小川 もちろんやりがいもあるし、夢もあるんです。ただ、ひとつの仕事だけにこだわって全力を尽くしても、うまく生きていけないかもしれないという思いが、常にどこか頭の片隅にあるんですね。知人に、タンザニアで大統領秘書を三代にわたって務めている方がいます。彼とも香港で出会ったんですが、「そりゃあ、秘書室にいるときは120%秘書の仕事をするけれど、仕事のオフの時間に何をしようが私の勝手じゃないか」と語っていました。彼は、香港に中古車を仕入れにやってきていたんです(笑)。

松村 現役の大統領秘書が、香港で中古車を仕入れてる?

小川 そうなんです(笑)。香港で商売をしている理由は、「秘書の仕事もいつかなくなる」かもしれないし、「複数の収入源を確保して安定的により稼ぐ」という戦略かもしれません。いずれにせよ公務員や企業の正社員でも突然の馘首にあったり減給などがあったりするので、みんな身半分くらいは、いつも違う仕事を探すという生き方をしています。

松村 丸山淳子さんの回で、狩猟採集民が、「ひとつのことをするやつはバカにされる」という話がありましたが、それとも通じるところがありますね。

小川 私も「なぜ大学教員しかしてないんだ」みたいなことを、仲間の商人たちによく言われます(笑)。「どうするんだ。ずっとそれだけをやるのか」って言われるんですけど、彼らからしてみると、大学教員の仕事で得た給料を他のビジネスに投資するほうが良いだろう、と不思議なんですね。

松村 私も「なんで、大学の給料を投資しないんだ」って、よく言われます(笑)。私からすると、「いや、それは自分の仕事じゃないから」とひるんでしまうんですが、「これは自分の仕事/これは自分の仕事じゃない」みたいな切り分け自体がおかしいんですかね。

小川 おそらく彼らにとっては、どんなに小さな商売でも起業しているという感覚なんだと思います。アイデアがあったら、どんどん違うものにチャレンジするのが普通だと考えているように思います。また、「貯金をする」ということに対する考え方も私たちとは異なっているように思います。私たちは給料を頂いて、余ったものは貯金をして将来に備えますよね。

松村 そこも違うんですか?

小川 お金って貯めておいても何も変わらないですよね。銀行預金なら利子はつきますが。タンザニアの人たちは「将来、貨幣価値が下がるかもしれない」と、そもそもお金を信頼していないこともあるんですが、お金は人やビジネスに投資することで回していくものだと考えているように思います。そうやって投資をしておけば、きっとどこかで何らかの可能性を掴むことができる、という感じだと思うんです。銀行に預けっぱなしになっているお金は死んでいると言われたことがあります(笑)。

松村 それは経済的にも正しいですよね。日本では、みんなが貯金ばかりしてお金を回さないことが問題になっていますが、タンザニアの人たちには、ちゃんとお金は常に動かさないと死蔵されてしまうという感覚があるんですね。

小川 お金を貯めていると支援を求められやすいのですが、基本的にケチな人はイメージが悪いので、支援を求められたときに断るのは難しいんですね。ですから、そうやって金銭として分配する代わりに何かビジネスをしたり、何かに投資したりしておけば、少なくとも誰かにとって幾ばくかの機会になるかもしれない、とも彼らは言います。

松村 日本人がお金を貯め込むのは「将来が不安だから」という理由が大きいように思いますが、といってタンザニアの暮らしに将来の不安がないわけではないはずですよね。けれども、そうした将来の不安に対して、タンザニアの人たちは、そこでむしろお金を使うことを選択する。日本人とはすごいコントラストがありますね。

小川 そうなんです。でも、よく考えると「たしかに」とも思うんです。私がいくらお金を貯めても、そのお金が将来どんな価値になってしまうのかはわかりませんし、私自身が将来にわたってずっとうまくやっていけるかどうかもわかりません。でも、色々な人に贈与や支援という形で賭けておけば、私が失敗しても、賭けたうちの誰かはおそらく成功する。とすれば、たとえ自分が困っても、そのとき成功している人たちに「キミ、私に借りがあるよね」っていう感じで(笑)、何とか生きていけるじゃないですか。自分自身ですべてをマネジメントしていくよりも、リスクと可能性を色々なところに分散させておくほうが、実は安定的なのかもしれません。

松村 日本にいると、他の人に分け与えることと、自分の利得のために投資をすることって対極にあることのように捉えてしまいますが、いまの話を聞いていると、タンザニアの商人たちにとっては、ビジネスを起こすことも、誰かに投資することも、そのお金を気前よく振る舞うことも、実はほとんど変わらなくて、同じカテゴリーに入っちゃう感じなのかもしれませんね。

小川 まさにそうなんです。「外付けハード」っぽい感じなんですよ。自分自身が、色々な技能を身に付けて、どんどん資産を増やして立派になっていくのはかなり大変ですし、不確かです。それよりも自分とは全然違う能力や資質や考え方をもっている人たちを、ちょっとした親切を通じてどんどん接続していけば、自分自身の能力や財産は増えていかなくても、そのネットワークからそれらの能力や資質を取り出して使うことができる、というイメージかもしれないです。

松村 私たちは、自分の専門性に磨きをかけてスキルアップして仕事ができるようになることを、より安全な生き方のように思ってしまいがちですが、タンザニアの商人たちにとっては、誰かとつながることによって自分の能力を高めて、生活の安定を図ることになるわけですね。どれだけ多様な人とつながるかが、むしろ自分の安定を支えてくれるネットワーク、セーフティネットになると。

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小川 より多くのさまざまな人とつながっていくことで、アイテムが増え、使える武器が増えていけば、どんな荒波がやってきてもなんとか戦える、みたいな感じですよね。

松村 逆に言えば、個人のスキルアップを求める文化は、「孤独な戦いをしろ」と強いているように思えてきますね。タンザニア商人たちから見たら、日本のビジネスマンはどんなふうに見えるんでしょうか。

小川 「日本はよほど安定しているからひとつの仕事だけで大丈夫なんだろう」という認識はもっていると思いますが、彼らからすると、そんな生き方のほうがよほど不安定に見えるかもしれませんね。

松村 ひとりで生きていくのは、タンザニア商人たちからしてみれば、すごいリスクがあることなんですね。

小川 「全部自分で抱え込んでやってるなんて不思議」みたいな感じです(笑)。

松村 さっき「いい仕事」と「悪い仕事」の区別がないという話がありましたけれど、彼らにいい仕事とそうでない仕事の区分がないのだとすると、将来の選択をするときも「いい仕事」に賭けるのではなくて、むしろ「人」のほうに価値を見いだしていく感じなんでしょうか。

小川 「人」に賭けるというのは、たしかにそうです。ただ、彼らにとって誰かとのつながりに投資していくことはとても大事なことなのですが、まず自分で動かないと人とのつながりは増えていきませんから、彼ら自身も生計の多様化やジェネラリスト的な生き方を通じて自らが試しにする仕事を増やしていきます。そうすることで新しい知り合いができて、そこでまた仕事をして、そこからまた新しい知り合いができて……という感じで、知り合いがねずみ算式に増えていくんです。ずっとひとつの場所にいたら、多様な人間関係はつくりにくい。好きな仕事や向いている仕事は人それぞれですから、自分はあまり向いていなくてすぐにやめた仕事も、他の人はその人なりの特技になるかもしれない。


ずる賢さは「弱者の武器」

松村 これは小川さんが本のなかで書いていたことですが、そうやって仲間を増やしていくときに、彼らはお互い騙し合ったり、もち逃げされたり、あるいは売り上げをごまかしているとわかっていてもお小遣いをあげてみたりと、相手を信用しているのかしていないのか、よくわからない人間関係のつくり方をしていきますよね。このあたりは、どんなふうに説明できるのでしょう?

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