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「これからのリーダー」の10カ条:COVID-19が明らかにした市民とガバメントの新しい「信頼」のかたち 【NGG Research #6】

「blkswn NGG Research」第6回目のテーマは、COVID-19のパンデミックによって、大きな注目を集める「リーダーシップ」。危機の時代に求められる「リーダーシップ」とはなにか。計算可能性、科学的合理性にもとづいた問題解決が不可能になる社会において、リーダーに求められるアプローチとは、必要な資質とはなんなのか。ニュージーランドのアーダーン首相や、ドイツのメルケル首相などの行動を題材に紐解いてみよう。

Photo by Jens Herrndorff on Unsplash
Text by blkswn NGG research(Kei Harada)

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問われるリーダーシップ

COVID-19のパンデミックにおいて、世界各国の政治リーダーは市民の最前線に立ち、生死に関わる様々な意思決定を行っている。危機の事態では、リーダーに対する注目、期待は強く高まり、その能力を試される。

パンデミックの期間、高いリーダーシップを発揮して称賛を集めるリーダーもいれば、大きなバッシングを受け、信用を失墜させているリーダーもいる。ウイルスによる被害を抑え、素早い立ち直りを見せている国や地域では、リーダーの能力が称賛されていることが多く、反対にウイルスの被害を抑えられず、いまだに出口を見つけられていない国や地域のリーダーはその手腕が非難されている場面が多いようだ。

称賛されるリーダーと非難を受けるリーダーの明暗の分かれ目はどこにあったのだろうか。5月1日に、Apoliticalで掲載された記事は、そのことを考える上での大きなヒントとなる。

「ワクチンを待つ間、COVID-19に最適な解毒剤はリーダーシップです」
ー Apoliticalによる、いま政治家がすべき10のこと。

いま政治家がすべき10のこと

Apoliticalでは、COVID-19のパンデミックの期間に優れたリーダーシップを発揮したリーダーと信用を失ってしまったリーダーを分析し、パンデミックの期間に政治リーダーがすべき10の項目をまとめている。以下がその10項目だ。

1. 自己管理する
緊急時には政治家に多くのプレッシャーがかかり、生死に関わるいくつもの決断を下すため、多くの負担を強いられる。しかし、リーダーは十分な睡眠を取り、身体的にも精神的も健康を保たなくてはならない。研究では、睡眠不足の状態に陥った政治家はリスキーな選択をしやすいことを示している。
2. 自ら実践する
もし、市民にソーシャルディスタンスを呼びかけたり、マスクを着用するように命じるなら、まずはリーダー自身が実行しなくてはならない。スロバキアのズザナ・チャプトヴァー大統領は、服装に合わせた色のマスクを着用して首相任命式を執り行った。
3. 素早く迷いなく動く
リサーチによると、素早く行動したリーダーは、感染のカーブを緩めることに成功し、市民から決断に関わる正当性を獲得することに成功している。また、優れたリーダーは、自らの知識の限界を知っており、専門家を頼ること、データに従うことの重要性を知っている。
4. 明快に対話する
研究によれば、リーダーが市民の行動を動機づけるには、「方向性を示すこと」、「意味を持たせること」、「共感すること」の3つのが重要だという。ニューヨークのクオモ知事は、パワーポイントを用いて、素晴らしいコミュニケーションを披露している。メルケル首相は、物理学者としての経験を活かして、複雑な科学事実を明快に説明している。4月16日のスピーチは必見だ。
メルケル首相の会見。COVID-19の感染率が上昇した場合、国のヘルスケアシステムにどのような影響が出るのかを数字を用いて論理的に説明し、国民に自粛を要請している。
5. 間違いを認める
フランスのマクロン大統領は、ロックダウンを延長する際、フランスが十分に準備してこなかったことを認めた。大統領の演説によって、市民は厳しいロックダウンをもう1ヶ月経験することを気付かされたが、失敗を認めることによって、内閣の信用は上昇した。
6. 痛みを分かち合う
ニュージーランドのアーダーン首相は、毎晩、Facebook liveを行っている。アーダーン首相は、Facebook live上で子供たちに向けても発信しており、子供たちに、今年は、イースターのウサギが来ないかもしれない理由を説明し、イースターのウサギをエッセンシャルワーカーとして宣言するユーモアも見せている。ニュージーランドの内閣は、パンデミックによってもたらされた経済的苦難を考慮して、今後6ヶ月間、20%の減給をすることを発表した。南アフリカのシリル・ラマポーザ大統領と内閣は3ヶ月間、給料を33%カットすることを発表した。
7. 情報を共有し、学ぶ
多くの政治家はすでに他の国で実施されている感染症対策から学びを得ることができるはずだ。 The Innovation in Politics Instituteには、250以上のの感染症対策の実践例が提示されている。Apoliticalには、行政サービスの従事者、外部の専門家、最前線でプロジェクトに従事する人から情報を収集しており、調査に基づいて、行政サービスの従事者が必要とするであろう情報を届けている。
The Innovation in Politics InstituteのWEBサイト。250以上の感染症対策の実践例が提示されている。
8. 市民・ローカルビジネスと繋がる
不安定で見通しがつかない時期は、とりわけ「透明性」と「応答性」が重要になり、リーダーは市民と感情の面でも繋がっていることが求められる。応答性があり、共感を呼ぶコミュニケーションが重要だ。

今回の危機において、ローカルレベルでは、カナダのハミルトンでバーチャルのタウンホールミーティングが開かれ、リーダーに直接質問ができる場が作られた。国レベルでは、ニュージーランドの例のように、ライブストリーミングでのコミュニケーションを活用することで、市民が今まで以上にリーダーとつながりを感じることに成功している。

ただ、メインストリームのニュースを見ない子供のような、他の社会の構成員の存在も忘れてはならない。ノルウェーのエルナ・ソルベルグは、子供たちのために専用の記者会見を開いて、直接子供たちにメッセージを届けている。また、リーダーはローカルビジネスのことも忘れてはならない。ドイツのミッテルザッハセン地区アウグストゥスブルクのDirk Neuebauer市長は、速やかに地元の日用品店からのデリバリーシステムを構築した。
9. 助けを求め参加してもらう
政治家はすべてを自分たちの手で進めようとする必要はない。市民も手助けをする準備はできている。ドイツのハッカソンには1週間で世界記録となる40,000人以上が参加した。イギリス政府が250,000人のボランティアの募集を行った際には、750,000人以上が応募している。
10. 仲間と協働する
市長から国務長官まで世界の全ての政治家がとても近しい問題に直面している。今こそ、オンラインでつながりあい、お互いをエンパワーメントする時だ。ヨーロッパでは、Innovation in Politics Institute が、NOW Mayors Networkとウェビナーを実施している。また、アメリカの知事は経済を再開する時期について、お互いに協定を結んでいる。ワシントン州のジェイ・インスレ知事は、ニューヨーク州に400個の人工呼吸器を送っている。

イギリス政府は、ロックダウン期間中に、ボリス・ジョンソン首相の最高顧問であるドミニク・カミングス氏が親戚のもとを訪れていたことが報道され、国民から大きなバッシングを受けた。

上記の10項目をもとに考えると、この件は、政府が国民に対して呼びかけていたことを自ら実践できていないだけでなく、国民の目には、リーダーが身内の行動を例外的に容認しているように映り、「痛みを分かち合う」ことができていないと感じたようだ。行政府の「透明性」が失われてしまっている一件だと言えるだろう。

ドミニク・カミングス首席顧問がロックダウン中にも関わらず、ロンドン市から416キロ離れたダラム市に住む親族を訪問していた件が報じられ、ジョンソン首相は大きな非難を浴びた。

国民の信頼を得るリーダーシップ

COIVD-19による危機は、感染の拡大を防ぐためにロックダウンのような強硬な手段をとることも、ある程度は止むを得ない事態になっている。ロックダウンが実行される場合、市民の移動や経済の自由は著しく制限され、政府は強権的な国家体制のもと、政策を運営しなくてはならないため、民主主義国家としてのあり方、前提が激しく揺らぐ事態となる。

このように民主主義国家の前提である、「個人の自由」が著しく制限される場合にこそ、政府はオープンで透明性の高い、民主的な手続きを踏まえることに細心の注意を払わなくてはならず、そのプロセスに、国民の合意が組み込まれていなくてはならない。

さらに、国民が自らを重要なアクターであると認識し、行政府が下した施策に対して積極的にコミットしなければ、ロックダウンのような施策は決して成功しない。政府による決定や議論のプロセスが透明化され、市民がインクルードされていると感じられるものでなくては、国民の納得と協力は得られないだろう。ここでもボトムアップの合意形成が不可欠なのである。

では、今回の危機において、優れた働きをしたと称賛を集め、国民から信頼を勝ち取ったリーダーはどのようなリーダーシップを発揮したのだろうか。

ニューヨークタイムズは、COVID-19の感染症対策においては、ドイツ、ニュージーランド、デンマーク、フィンランドなど、女性リーダーに率いられた国が特に目覚ましい成果をあげている、と報じている。

COVID-19の危機に対する対応では、とりわけ女性リーダーに率いられた国に称賛が集まっている。
ー ジャシンダ・アーダーン(ニュージーランド)
ー アンゲラ・メルケル(ドイツ)
ー 蔡英文(台湾)
ー カトリーン・ヤコブスドッティル(アイスランド)
ー メッテ・フレデリクセン(デンマーク)
ー サンナ・マリン(フィンランド)

コントロールではなく、透明性を高める

3月25日にロックダウンを宣言してから、ニュージーランドのアーダーン首相は、毎日子供を寝かしつけてから、Facebook Liveを配信し、スウェット姿で国民に直接語りかけている。

アーダーン首相が毎日欠かさず、COVID-19に関する情報をFacebook Live上で公開し、国民と直接コミュニケーションを取る意図は、政府機関の議論、決定に透明性を高め、国民が、政府の決定において最も重要なステークホルダーであることを自ら率先して、示していくためだと考えられる。

アーダーン首相は、子供を寝かしつけてから、毎晩 Facebook Liveを配信している。動画では、COVID-19に関する市民からのQ&Aに答えているが、これは市民に寄り添うと同時に、ミスインフォメーションの対策にもなっている。

コミュニケーションのチャンネルが高度に複雑化した、今日のインターネット社会においては、情報を完璧にコントロールすることはほとんど不可能で、COVID-19の危機の間も「インフォデミック」や「フェイクニュース」といった問題は世界各国で深刻な問題となっていた。

アーダーン首相は、情報の透明性に強くコミットし、毎日Facebook Liveを行うことで、政府機関のような一部の組織が情報をコントロールするのではなく、オープンさによって、より良い結果を導こうとしている。

国民全員が非常に重要なアクターとなるCOVID-19の危機において、政府の情報が透明化され、共有されていなければ、国民全員をインクルードし、解決策にコミットしてもらうことは不可能なのだ。

「敵意」よりも「共感」を

ドイツのメルケル首相は、科学者としてのバックグラウンドを十分に活かして、複雑な感染症対策を国民に対して明快に伝えることに成功しているだけでなく、他の先進国のリーダーとは異なる言葉で、国民とコミュニケーションをとっている。

現在のパンデミック期間について、フランスのマクロン大統領は、「国は目に見えない敵との戦争にある」と述べ、イギリスでは、ジョンソン首相がウイルスを「敵」として語り、経済を保護するために「私たちは戦時政府のように行動しなければならない」とさえ語った。

一方で、メルケル首相はウイルスを「敵」と表現したり、ウイルスの封じ込めを「戦争」のように表現しない。「戦争」のような強いメタファーをさけ、「試練」、「深刻な時代」、「大きな危機」、「巨大な挑戦」といった言葉を使う方針を貫いている。

感染症による死亡率を低い水準に押さえ込んでいるドイツ。理由は明らかにされていないが、メルケル首相は、感染症対策において、「戦争」のメタファーを使わない。

メルケル首相が、ウイルスのことを決して「敵」として表現しないのと同様に、ニュージーランドのアーダーン首相も、ロックダウン期間中、国民を「500万人のチーム」と呼び、「共感」を呼ぶコミュニケーションを心掛けている。

昨年3月にクライストチャーチで発生した、白人至上主義者によるモスク襲撃テロ事件の際にも、アーダーン首相は、テロの犠牲者を「私たち」と表現した。アーダーン首相が、スピーチにおいて、「私たち」と「彼ら・彼女ら」の区別ではなく、犠牲者を「私たち」と引き寄せたことは世界各国で大きな反響を呼んだ。

The New York Timesは、『ジャシンダ・アーダーンは、ストレートな対話と母親のジョークで、ロックダウンを乗り切った』という見出しで、アーダーン首相のコミュニケーション方法を紹介。

「発信する」政府から、「聞く」政府へ

多くの国で、国民に協力を仰ぎ、正しい行動を促していくために様々な発信の手法が取られているが、行政府が国民の声を正しく「聞く」ことは、同様にとても重要である可能性が高い。

シドニー大学のJim Macnamara教授が、オーストラリア、イギリス、アメリカで行った研究によると、市民の声を聴くことは民主主義の核心であるにも関わらず、行政のコミュニケーションのリソースの80%は「発信」に使われており、「聞く」ために充てられるリソースはわずか10%以下だといいう。

Jim Macnamara教授が考える、市民の意見を集める3つのポイント
1. アウトリーチ
サイレントマジョリティーや、社会から疎外されたグループ、参加していないグループと直接関わるためのアウトリーチが必要である。ただ座ってフィードバックやインプットを待つだけでは、多くの声が議論から漏れてしまう可能性がある。これは不公平を招き、声の大きい利害関係者や市民からの意見だけに基づいて不適切な意思決定を行うリスクを高めることになる。
デジタル化が進んでいるにもかかわらず、効果的なヒアリングのためには、オフィスを離れ、コミュニティを訪問して、直接対話をする必要がある。
2. 継続的な取り組み
時間をかけ、複数の対話を重ねることが重要である。不定期の世論調査と満足度調査は特定の時期を切り取るには有用だが、市民を深く理解し、十分な情報に基づいた見解と意見を得るためには、継続的な聞き取りが必要である。
3. 反応
「Listening」と「Hearing」は、性質が大きく異なるが、行政府は「Listening」を実行しなくてはならない。「Hearing」は情報を受け取るだけだが、「Listening」は、他者に注意を払い、意見を尊重する姿勢を見せなくてはならず、反応にも注意を払わなくてはならない。必ずしも意見に同意する姿勢を見せる必要はないが、フィードバックがない限り、ステークホルダーやコミュニティは、自分たちが話を聞かれていないと思い込んでしまう。行政府はただ、データを集めるだけではなく、集計したデータの解析、インプットとフィードバックの方法、データの集計に関するお礼などにも、リソースの配分考えなくてはならない。

行政府が「聞く」政府であることを求められるのは、なによりも相手にしている市民が非常に多様化・複雑化し、以前のような単純な意見集約が不可能になっているからだろう。行政府が自ら出向いて、意見を聞きにいかなければ、市民の声を正確に把握することが非常に困難になっているのだ。

IDEOの共同経営者であるトム・ケリーが述べているように、リサーチを重ねていく上で、相手を深く知るためには「共感」を持って接することが鍵となる。市民を深く知るためには、まず市民の目線に立って、「共感」するプロセスが欠かせない。

「VUCA」時代の行政府

グローバル化、デジタル化が進み、ヒト、モノ、情報のネットワークが高度に複雑化した社会では、中央の一箇所に情報を集中させ、末端の国民や組織にはただ政府の指示に従ってもらう、という一方通行の関係性では、変化のスピードが早く、複雑化する社会問題に対処することは不可能だ。

あらゆる行政サービスのサプライチェーンや情報のディストリビューションは、ネットワークされて、双方向性のあるものに変わらなくてはならないだろう。行政府や一部の専門家が課題にコミットし、トップダウンの解決策を導いていくのではなく、市民を含めた多様なアクターをインクルードし、マルチステークホルダーによるボトムアップの問題解決が求められる。それに伴い、行政府や政治家の役割も、トップダウンのあり方から、マルチステークホルダーをモデレートする役割に変わっていくはずだ。

そのためには、情報の透明性が高く、多くの市民・ステークホルダーが、参加できる余地があると感じられるものでなくてはならないし、行政府に共感の姿勢がなければ、市民は自分たちが社会にインクルードされているように感じられないだろう。

代議制という仕組みそのものが、複雑化した社会で市民の抱える課題を解決するために、どこまで現実的で効果的であるのかが分かりづらい中では、可能な限り意思決定のプロセスに市民を巻き込み、決定までのプロセスを明確にすることは、今後不可欠な要素になるはずだ。

COVID-19の危機は、ボトムアップの合意形成が不可能ならば、強い行政政策が機能しないこと示している。今回の危機が解消されたとしても、気候変動やその他の自然災害など、更なる危機が続く可能性は大いにあり得る。複雑性、不確実性が社会の原則になり、計算可能性、科学的合理性による問題解決が非常に困難になった「VUCA」時代において、行政府のあり方も早急にアップデートされなければ、今後の社会を襲う危機に対処していくことは難しい。COVID-19のパンデミックは、今後の社会が迎える危機の序章にしか過ぎないのである。


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