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警察はケアワーカーになる?:脱・ミリタリーポリスのための処方箋 【NGG Research #10】

全米で広がる警察への抗議運動。アメリカでは、警察のなにが問題とされ、なにが改革を阻んでいるのか。警察がミリタリー化(軍隊化)した歴史的経緯をたどり、制度的な問題点、そして、これからの警察のあり方を、アメリカの警察制度を中心に考える。

Photo by Andrew Donovan on Unsplash
Text by blkswn NGG research(Kei Harada)

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信頼を失った警察組織

アメリカでは、相次ぐ警察官による黒人の殺害や不正行為によって、これまでも多くの抗議活動が行われてきたが、ミネアポリスでの警察官によるジョージ・フロイド氏の殺害を発端に、警察組織に対する信頼は大きく低下し、市民は強い不信感を募らせている。

危機的な状況を迎えている警察組織が市民からの信頼を回復し、再び社会にとって必要とされる存在になるために、アメリカでは様々なソリューションが話し合われている。この記事では警察が信頼を失った経緯、制度上の問題、そして、改革をめぐる議論をアメリカの事例を中心に紹介するが、「警察」という組織をめぐる課題は、アメリカのみの固有の問題では決してなく、今後の国家運営、「法と秩序」の行方を考える上で欠かすことのできない論点として目下世界的な課題になりつつあることを、まずは確認しておきたい。

アメリカの警察を巡る状況

「Black Lives Matter」の抗議活動によって、警察による過剰な実力行使やマイノリティーに対する差別について、世間から関心が向けられるようになったが、アメリカの警察組織の現場に対する状況を把握するために、非営利の研究・政策組織である、「Vera Institute of Justice」が発表した逮捕データを、まず紹介する。

FBIと司法統計局は、18,000の警察機関から逮捕データを収集しているが、これらのデータは基本的に、警察機関による自己申告・報告であり、実際の数とは大きな差があるとされる。さらにほとんどのデータは、ブラックボックス化されているため、研究チームが、データを収集し、逮捕の傾向を分析するツールを制作するまでに合計2年以上の時間がかかったという。以下に、そのデータを列挙していく。

・アメリカでは、毎年1000万人以上が逮捕されている(3秒に1回という計算になる)

・全体の逮捕の割合に占める割合は、軽犯罪での逮捕が80%で、暴力犯罪での逮捕はわずか5%である。

・過去10年間で逮捕者数は25%減少し、重犯罪の逮捕者数は減っている一方、軽犯罪での逮捕数は増えている。

・薬物違反での逮捕は、1980年から170%増加している。

・毎年150万人が薬物違反で逮捕される。

・黒人は白人の2.4倍、薬物違反で逮捕されやすい(マリファナの嗜好者は、白人の割合が最も高い)。

・過去40年間で黒人の逮捕者数は23%上昇している。

・黒人はアメリカの人口の12%だが、全逮捕者の28%を占めている。

・警察に被害を報告するのは、被害者の約40%のみで、報告された犯罪が逮捕によって解決したのは、約25%に留まる。

逮捕を巡る状況以外にも、BBCが紹介する、警察による射殺や刑務所への収監をめぐる人種ごとのデータは、そこに明白に人種不平等が存在していることを浮き彫りにしている。

・国勢調査によるアフリカ系市民の人口比は14%だったものの、警察による射殺事件1004件において、黒人が死亡したのは23%超で、黒人は、他の人種に比べて、警察に射殺される可能性が高い。

・有罪判決を受けた黒人が刑務所に収監される確率は、白人の5倍で、ヒスパニック系の2倍近い。

・2018年には、アメリカの総人口におけるアフリカ系市民の割合は約13%だったが、刑務所に収監されている人口の3割近くを占めた(白人はアメリカの人口の6割以上だが、刑務所の人口の約3割だった)。

以上のデータからも分かるように、警察組織には黒人に対するシステミックレイシズム存在していると非難されており、警察制度の改革を求める大規模なデモは、全米で行われているが、いくつかの地域では抗議グループと警察が激しく衝突し、中でも、抗議グループに対して、過剰な暴力を持って対処する警察部隊は非常に問題視され、そうした現場を捉えた動画や写真はソーシャルメディア上でも大きく拡散されている。

”ミリタリー”化した警察の起源

警察官によるゴム弾の発砲や催涙ガスの使用、装甲車の展開といった、戦争さながらの実力行使には批判が殺到し、イラクやアフガニスタンに派遣された兵士のような装備でデモ隊と向き合う警察官の姿は、アメリカのみならず、世界中に衝撃を与えた。

警察官が戦闘服を着るようになり、ミリタリー化(軍隊化)していった起源は、1960年代にまで遡り、その経緯は人種問題とも深く関係があるとされる。警察のミリタリー化の起源とその経緯について、Los Angeles TimesThe New York Timesが、それぞれ報じている。

警察組織の中でも、特殊な武器や装備を携帯する SWAT隊は1965年にロサンゼルスで発生したワッツ暴動をきっかけに誕生した。当初、SWAT隊がつくられた目的は、人質の救出やスナイパーによる狙撃など、一般の警察官が対処できない特殊な戦術に対処することだったが、SWAT隊が初めて利用されたのは、当時、黒人に対する人種差別や警察による暴行から自衛するために活動していた、ブラックパンサー党のアジトを制圧するためだった。1969年に、SWAT隊はブラックパンサー党のロサンゼルスのアジトに突入し、5000もの弾が飛び交う銃撃戦の末、13人を逮捕した。

部隊が結成された当時、ブラックパンサー党のメンバーを逮捕することは、主要な任務だと考えられていなかったが、アジトへの突入事件をきっかけに、武装したブラックパンサー党に対する危機意識が高まり、FBIによる取締りの強化とも相まって、SWAT隊はブラックパンサー党の逮捕のために全国で展開されるようになった。

ブラックパンサー党のアジトを制圧して以来、SWAT部隊は黒人コミュニティをターゲットにしてきた。

以降、SWAT部隊は、ブラックパンサー党の逮捕のために頻繁に活用され、スナイパー隊のような遠隔の特殊部隊というよりは、アジトへの突入作戦を遂行する最前線の部隊として頻繁に活用されるようになった。SWAT隊は、黒人の暴徒との戦い、麻薬との戦い、テロとの戦い、といった名目で拡大を続け、LAタイムズによれば、1980年から2000年までに全国で1,500%以上増加し、2000年から2008年の間には、全国の約15,000の警察機関のうち9,000以上の機関が、SWAT部隊を抱えている。

プリンストン大学の助教授であるジョナサン・ムモロが、昨年発表した「Data-driven analysis of militarized policing in the United States」によれば、SWAT隊が展開される理由の80%は搜索であり、そのうちのほとんどがドラッグ捜索で、テロや人質事件などのハイリスクな任務は全体の5%に満たないのだという。

SWAT部隊による襲撃の数は、1980年代初頭には年間数千件だったものが、現在では数万件にまで増加している。

軍の装備が警察署に流れ込む

また、警察が使用している装甲車や装備が戦争を想起させる理由は、それらの装備の一部が、実際にイラクやアフガニスタンに派遣された米軍によって配備されたものだからだと、Fast Companyは指摘する。

1990年に連邦議会は、軍備品の余剰を州の警察組織に譲渡する「1033プログラム」を開始し、1997年には地方警察にも拡大した。それ以来、54億ドル分の軍備品の余剰が地方の警察組織に流れ込み、アメリカでは人口の少ない地域の警察署でさえもが、SWAT部隊を配備し、グレネードランチャーや装甲車を備えるケースが見られるようになり、警察の改革を求めるグループからは繰り返し非難されている。プログラムの支持者は、これらの武器や装備によって、犯罪件数が低下していると主張するが、ミシガン大学のケネス・ロワンド教授の分析によれば、これらの装備は、犯罪の減少にも警察官個人の安全性の向上にも全く寄与していない。

2014年にミズーリ州ファーガソンで、黒人の少年のマイケル・ブラウンさんが警察官に射殺された事件をきっかけに、大規模なデモが起こり、当時のオバマ大統領は、警察が軍の装備品を入手することを困難にし、流通している装備品の量(138個のグレネードランチャーと1623丁の銃が含まれるという)を減らすことを決定した。ロワンド教授の調査によれば、オバマ大統領によるプログラムの変更は、その後の犯罪率に影響を及ぼしておらず、警察の非武装化と犯罪率の上昇には因果関係がないことが示されている。にも関わらず、トランプ大統領は、この規制を大統領就任後に変更前に戻した。

オレゴン大学の心理学教授であるロバート・マウロ氏は、他の心理学的研究から、顔と体を隠す制服は、暴力的な行動を引き起こす可能性が高いと考えている。軍用の装備は、着ている人を識別することを困難にし、個人のアイデンティティが切断されているように感じる、"disindividuation "につながりやすいと指摘する。

ここまで、相次ぐ警察官による黒人の殺害、逮捕や判決を巡る人種差別、エスカレートする警察のミリタリー化の経緯など、アメリカ社会で起こっている様々な問題について紹介してきたが、大規模な警察改革はいまだに行われていない。なぜ、警察組織の改革と遅々として進まないだろうか。次の章では、現在問題視されている、いくつかの制度を検討したい。警察制度はそもそもが複雑で、検討すべき内容は多岐にわたるが、以下では、広く問題として認知されている「限定的免責」と「警察組合」について述べていく。

限定的免責が警察官を守る

The Cutによれば、「限定的免責」とは、”特定の政府職員が、他人の憲法上の権利を侵害したことによって、責任を負わされることから保護し、彼らが 『明確に確立された法律』に違反していない限り、民事訴訟から免除されるようにする” 法律制度のことで、警察が、自ら犯した行為について訴訟を受けることから守るために使用される手段となっている。

アメリカの最高裁は、1967年のピアソン対レイ事件で、限定的免責を初めて正当化した。
この事件は、1961年にミシシッピ州ジャクソンで、3人の黒人を含む、15人の牧師のグループが、白人専用のバスターミナルの待合室に入ったことで、逮捕・投獄された事件で、逮捕されたグループは、不当に投獄されたと主張し、損害賠償を求めた。
最高裁で判事は、警察官が常に潜在的な訴訟のリスクを心配していたら、職務上の困難な判断を下すことができないと判断し、事件に関与した警察官は損害賠償責任からの限定的免責を受ける権利があるという判決を下した。

アミール・H・アリとエミリー・クラークが、The Appealで主張しているように、限定的免責が認めらていることで、被害者が警察を訴える場合、警官によって侵害された権利が『明確に確立されている』ことを証明しなくてはならず、そのために被害者または原告は、ほぼ同一の状況下で、類似している過去の判例を見つけて引用しなくてはならず、これはほぼ不可能に近い。

Forbesは、ジョージア州の保安官代理が犬に発砲し、誤って10才の少年を撃ってしまい怪我を負わせた2014年の事件を紹介している。少年の家族は賠償を求めて訴訟を起こしたが、事件は限定的免責が適用され、不起訴となった。

限定的免責をめぐる事件については、人気番組「ハサン・ミンハジ:愛国者として物申す」でも紹介されている。この回では、アメリカの警察組織の問題点について、非常にわかりやすく解説されているため、視聴することをお勧めしたい。Netflixで公開されている番組には日本語の字幕もついている。「警官であれば犬を撃っていいのか?ジョン・ウィックが怒るぞ」とミンハジは語る。

The Washington Postによれば、2005年から2014年の間に10,000人以上のアメリカ人が警察官に殺されたが、わずか153人の警察官しか起訴されていないという。警察官による殺人のすべてが過剰暴力とは言えないにせよ、こうした極端な数字を見るにつけ、暴力を免責されることで警察の暴力に歯止めがきかなくなっている状況を「限定的免責」が助長しているという指摘は、故なしとしない。

警察組合との協定

警察組合もまた、違法行為によって起訴されることから警察を強く守っている。「Campaing zero」が実施した、650の組合に関する調査を見れば、違法行為を犯した警察官を保護するために、警察組合が警察機関との間に様々な協定を結んでいることがわかる。

「Campaing zero」が実施した、650の組合に関する調査

・137の警察機関は、事件直後に捜査官が警察官を尋問することを禁止している。ルイジアナ州では、警察官に30日を与えられており、シカゴでは、48時間が与えられている。

・184の管轄区域では、取り調べを受ける前に警察官が自分に不利な証拠を確認することを許可している。

・47の警察機関は、警察の不正行為に関する記録の消去を要求しており、場合によっては最短で2年後に記録を消去することを要求している。

・74の警察機関は、将来事件が起きた場合に参考材料となる警察官の不祥事を記録しておくことを許可していない。

・少なくとも40の警察機関では、警察官の不正行為に関する弁護費用を納税者に負担させることを要求している。

The New York Timesは、警察組合が連邦政府や検察による捜査を妨げるために、様々な政治工作や取引を行っていることを強調しており、シカゴ大学の調査によれば、2003年に州の保安官の部門が組合化することを許可したフロリダ州では、警察官による暴行や過剰な実力行使が40%増加した。また、ジョージ・フロイド氏を殺害した警察官、デレク・ショーヴィン氏は、2001年以来、少なくとも17回内部調査を受けていたが、これもミネアポリスの警察と組合の協定が、ショーヴィン氏を保護することに大きく役立ったはずだと、The Guradianは述べている。

ラクアン・マクドナルドの背中に16発の銃弾を撃ち込んだ巡査は、過剰な暴力が原因で20件以上の苦情が寄せられていたが、懲戒処分を免れている。

シカゴ警察のレビュータスクフォースによると、4年間で警察に寄せられた苦情のうち、懲戒処分に至ったものは7%しかなく、さらにそれらのケースの73%が懲戒処分を覆されていたり、減刑されている。The Washington Postによれば、違反行為のために解雇された約20,000人の巡査のうち、450人以上が、凶悪な犯罪を犯しているにもかかわらず復職している。

警察組合が影響力を手にした契機は、1980年代に税収が逼迫していた多くの都市が、賃上げの代わりに懲戒権を組合に譲歩したことにあると、The New York Timesは主張する。組合はこれらの特権を手放さないため、政治家の手による改革しか道が無いと、ロヨラ大学のラシン教授は主張する。ワシントンDCでは、懲戒プロセスを交渉できる組合の力を奪い、その権限を警察署長と市長に与える法案が承認されている。

警察は何を守るためにあるのか?

制度的な問題点に触れたところで、次は、アメリカにおいて警察制度が誕生した歴史的背景についても紹介したい。近代国家の成立は警察制度の存在を抜きには語ることができず、その経緯は国よって異なる部分は多いが、アメリカにおける警察制度の誕生の歴史を振り返ると、なぜアメリカの警察組織にはシステミック・レイシズムが根強く存在していると言われるのか、その理由が徐々に見えてくる。TIMEはアメリカにおける警察制度の成立について、以下のように説明している。

人々は、文明がはじまって以来、警察組織はずっと存在していたと考えてしまいがちで、ジョン・F・ケネディ大統領が、5月15日の週を「全国警察週間」と宣言し、国家誕生以来、警察官がアメリカ人を守ってきたと述べていたことも、そのような考えの表れである。

アメリカの植民地時代における、警察システムは非公式のもので、民間の人々が資金を持ち寄り、パートタイムで雇用するやり方に頼っていたが、国が成長するにつれ、都市部でコミュニティが巨大化すると、既存のシステムが役に立たなくなり、1838年にボストンで初めて、公費で組織化された警察が創設された。

当時からボストンは貿易と商業の中心地として栄えており、企業は自分たちの財産や貨物輸送を守るために用心棒を雇っていたが、「集団の利益」を守るという名目で、警察に財産を保護させ、その費用を市民に転嫁したことが、北部で警察が創設されたことのきっかけだったと、イースタン・ケンタッキー大学の歴史学者ゲイリー・ポッターは主張する。

一方、南部では、奴隷制度の維持と、逃亡した黒人奴隷を雇い主のもとに戻す役割をもって警察は創設された。この役割が黒人のシステミック・レイシズムにいかに寄与したかは、Netflixのドキュメンタリー「13th ー憲法修正第13条ー」に詳しい。

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Photo by Ian Wagg on Unsplash

このように、アメリカの警察制度は、一部の富裕層の「資産」を守るために誕生したとも言える背景があり、その起源は、現在にまで引き継がれていると指摘されている。The New York Timesは、白人と中産階級の守護者として警察組織が存在してきたことを指摘し、特に、白人コミュニティから隔離された郊外では、貧困や教育、インフラ整備といったコミュニティの根本的な問題に取り組む代わりに、安全対策という名のもと取り締まりを強化し、問題を抱えた人びとを「犯罪者」として排除することで、「秩序」を保全する(ように見える)方策を取ってきたと語る。

『From the War on Poverty to the War on Crime: The Making of Mass Incarceration in America』の著者、エリザベス・ヒルトンは、The New York Timesへの寄稿において、低所得者地域で警察組織の権益が拡大して行った契機として、リンドン・B・ジョンソン大統領の名前を挙げている。

1967年に、ジョンソン大統領は警察の残虐性や社会的不平等に着目し、カーナー委員会を召集したものの、委員会からの「アメリカの経済、政治機構がこのまま都会のゲットーに対して、目に見える形でリソースを配分することをしなければ、人種による分断は広がり、不平等に悩まされることになる」という警告に耳を貸すことなく、むしろ警察への投資を増やしたことが、現在の問題につながっているとヒルトンは主張している。

警察組織に対する抗議活動の中で、組織の予算削減、改革を求める ”Defund the police” の声は、警察組織の予算の一部を他のソーシャルサービスに回すことで、「警察組織による治安維持」という対症療法への依存から脱却し、貧困や住宅、教育の不足など、コミュニティが直面する問題の根本解決に取り組むことを要求している。その背景には、上述したように、政府が、健康、福祉、貧困、教育の不足といったコミュニティが抱える根本的な問題を、「治安維持」「秩序回復」といった目に見えやすい問題にすり替えてきた歴史がある。

こうした要求を受けて、ニューヨーク市議会は、NYPDの予算10億ドルを削減し、教育やソーシャルサービスにまわすことを議決し、ロサンゼルス市議会はLAPDの警察官の人員と予算を削減することを決定した。

警察改革のソリューション

 では、こうした多くの問題を抱える警察組織を改革するには、どのような実効的な手立てがあるのだろう。自身が主宰する"Good News"メディアreasons to be cheerfulで音楽家のデイビッド・バーンが紹介している、警察改革のポジティブなソリューションを、まずは見てみよう。

#8cantwait の取り組み

#8cantwaitは 、2015年に創設された「Campaign Zero」という組織が推奨する警察改革のための8つのTo-Doリストだ。「Campaing Zero」が提示するデータによれば、8つのリストがすべて採用された場合、警察の暴力は72%削減するとされるなる。


8つのリスト

・首絞めを禁止すること

・ディエスカレーションをすること(実力行使が必要になる前に被疑者を落ち着かせること)

・発砲する前に警告すること

・発砲する前に他に考えられる全ての手段を使い果たす(このことによって、警察の暴力を25%減らすことができる)

・他の警察官が介入し、過剰な実力行使を防ぐこと、過剰な実力行使が起こなれた場合は報告すること

・移動中の車に発砲することを禁止すること

・「実力行使の連続性」に従うこと
実力行使の連続性(Use-of-Force Continuum):警察機関は警察が実力行使をする際、行為の段階を定めたガイドラインを策定しており、警察はそのガイドラインに従うことを求められる。ガイドラインに従うことで武器の使用を抑えることが可能になる。

・警察が武力行使や脅迫を行うたびに、報告を求めること(アメリカの警察機関の記録はほとんどが公開されていない)

ニューニュージャージー州カムデン

ニュージャージー州カムデン市警察は、「Campaign Zero」の提言に近い戦略を採用している。2012年に、市は警察署を解体し、その後、地域社会と警察との信頼関係の再構築するために、新たに警察官の再編成・再配置を行った。

カムデン市警察では、地元の若者を指導し、地域社会の一員として振る舞うことが要求されており、新人の警察官は、配属された地域の家庭を回って、自己紹介をし、地域の抱えている問題について尋ねることからスタートする。カムデンはかつてアメリカで最も暴力事件が発生する都市の一つだったが、2014年以降、犯罪率は半減し、警察による過剰な実力行使は95%減少している。

同市の警察改革を立案したニューヨーク市警出身のホセ・コルデロ氏は「カムデン市警は犯罪や不法行為のあまりの多さに感覚がまひし、それに慣れきってしまっていた」と振り返る。
「犯罪者より警官のほうが怖いとささやく市民さえいた」

だが、「Campaign Zero」によれば、#8cantwaitが推奨するすべての政策を採用しているのは、ツーソンとサンフランシスコの2都市だけだという。これらの改革に効果があることは証明されているが、しばしば内部からの抵抗にあっており、警察組合はとりわけ強く反発している。

警察の多様性を高める

2017年に実施された研究では、警察組織の人種の多様性を高めると、その地域で警察官に殺される黒人の数が減ることがわかった。しかし、これを実現するためには、少なくとも、都市人口における人種比に一致することが必要で、チームに数人だけが加えてもほとんど効果はない。

エリザベス・ウォーレン上院議員をはじめとする女性議員やアクティビスト、学者が警察組織の課題や改革に関する意見を寄せた、COSMOPOLITANの記事では、モーリーン・マックガフが、男性支配的なシステムのもと運営されている警察組織の問題点を挙げている。マックガフによれば、女性は、警察組織の10-13%しか構成しておらず、幹部レベルでは3%以下しか存在しない。その一方で、研究は、女性警官は過剰な実力行使が行う割合が少ないだけでなく、男性警官も女性警官が同行している場合、過剰な実力行使を行う割合が大幅に減少することを明かしている。

今年3月、就寝中であったところを警察官に殺害された、ブリオナ・テイラーの母親、タミカ・パーマーやエリザベス・ウォーレン、テンジウェ・マクハリスやデレッカ・パーネルなどの活動家が意見を寄せる。

クリントン犯罪対策法(またの名を凶悪犯罪対策法)を撤回する

1994年、当時の大統領ビル・クリントンは、ジョー・バイデン上院司法委員会委員長(当時)とともに、凶悪犯罪取締法の制定に心血を注いだ。この法案は死刑を拡大し、最低強制刑を導入し、仮釈放に制限をかけ、さらに、全国の警察に10万人の警官を加えるための資金も提供した。これらの措置が犯罪の減少に寄与したかどうかについては、多くの研究が疑問視しているところだが、デイヴィッド・バーンは、この法案こそが警察と黒人コミュニティの間の敵対的な関係を決定的にしたのは明らかだと述べている。この法案を受けて、若者への厳しい罰則を設け、未成年の薬物所持の検挙者を劇的に増やしていくこととなった。

警察は「ソーシャルワーカー」へと変わる

警察をめぐる問題を、警察の側から見ると、別の課題も見えてくる。The Washington Postにおいて、ダラス市警察署長が主張したのは、「警察が対応する仕事があまりにも多すぎる」という問題だ。近所の喧嘩、家族の内輪揉め、学校でのトラブル、犬の逃亡など、警察が駆り出される案件のなかには事件とすら呼べないようなものも少なくなく、「悩み相談」のようなケースも多い。こうした実態を受けて、「警察は本来行うべき仕事に集中し、他の業務については、別の部署が責任を負うべき」という立場をとる政治家も民主党議員を中心に存在する。

The New York Timesは、メンタルヘルスを抱えた人やパニックに陥った人、オーバードーズ、家庭内暴力といった問題については、警察が対応するよりも、専門家が現場に出向いた方が役に立つことが多いことを指摘し、オーバードーズや家庭内暴力、ホームレス、メンタルヘルスといった問題には、警察ではなく、代わりにヘルスケアワーカーが対応するアイデアを紹介している。

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Photo by Ivan Cortez on Unsplash

ボルチモア市での取り組み

ボルチモア市では、このようなアイデアに沿った、先進的な取り組みが行われており、Scientific Americanによれば、ボルチモア市は暴力事件を「パブリックヘルス」の問題として扱い、犯罪を犯した人を「ケアの対象」と見なしているという。

2007年に市が開始した「Safe Streets program」というプログラムは、暴力事件を引き起こす可能性の高い若者を対象に、暴力事件に発展する前にトラブルを収めるために、警察官ではなく「暴力の仲裁者(violence interrupters)」を雇用した。

“暴力の仲裁者”の多くは、過去に服役した経験を持つ人びとで構成されている。2014年には、「Safe Streets program」は、15000件の現場に遭遇し、880件を調停した。その内の80%は、銃事件に発展する可能性が高かったケースとされており、ある地域では殺人事件が56%減少するなど、高い成果をあげている。

「Safe Streets program」は、2016年から地元の病院でも活動を開始し、暴力事件に巻き込まれたことでトラウマを抱えた市民をサポートするプログラムを提供し、彼らがコミュニティに復帰する後押しをしている。

また、ボルチモアでは、暴力事件と並んで、違法薬物の蔓延が長らく問題化していた。刑務所に服役している受刑者の80%が何らかの違法薬物を使用した経験があり、30%以上が暴行事件を起こした際にドラッグの影響下にあったと、Scientific Americanは述べている。

そこで、ボルチモア市は、アメリカで深刻な社会問題となっているオピオイドのオーバードーズに対して、2015年から熱心な防止策を開始した。オーバードーズを防止するためには、質の高い治療サービスと、回復支援への強いコミットメントが必要で、薬物依存者の逮捕者数を増やすだけでは根本的な解決には繋がらないという考えに基づいて、ボルチモア市保健局はオーバードーズは公衆衛生上の危機であると表明し、オピオイド拮抗薬の一つであるナロキソンを市民全員に配布したほか、24時間・365日受付のホットラインサービスをローンチした。

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アメリカ・CDC(アメリカ疾病予防管理センター)が、発表した、1999年〜2017年にかけて、ドラッグのオーバードーズによる死者数を表したグラフ。オピオイド関連のドラッグによる死因が、近年著しく増加していることが分かる。

その他の都市での取り組み

ダラス、カリフォルニア・ベイエリア、デンバー

ボルチモア市のプログラムに近い事例は、アメリカの他の都市でも見られるようになっている。ここでは、ダラス市、カリフォルニア・ベイエリア、デンバー市での取り組みを駆け足に紹介する。

■ ダラスでは、パニックや自殺未遂などのメンタルヘルスに関連する通報を受けると、警察官ではなく、専門のケアワーカーが現場に送られる。プログラムは成果をあげており、多くの人が刑務所に入ることなく、代わりにケアを受けられている。

■ カリフォルニアのベイエリアでは、児童虐待の通報に対して、警察ではなく、児童虐待のサバイバーや、過去に被害に遭った経験があるメンバーで構成された、専用のチームが事件にあたっており、被害者に対してより多くのサポートをもたらすことに成功している。

■ デンバー市警察は、2016年からメンタルヘルスの専門家と共同で、プログラムを開始している。プログラムは4人の医師と開始されたが、現在は15人にまで規模が拡大し、6つの警察地区すべてで、1日12時間、週7日運営されている。2018年には、プログラムの有用性が確認され、医療政策財務省から100万ドル以上の資金が新たに追加されている。

警察がメンタルヘルスケアの専門家やソーシャルワーカーと協働することで、警察が現場に向かっていれば、逮捕され、刑務所に収監されていた可能性のある人が「患者」として医療のプログラムに組み込まれるようになれば、事件の当事者が社会から隔絶されるリスクは減少し、警察は本来遂行すべき任務に集中できるようになる。

信頼の回復:サクラメント、ハーレム

信頼を失った警察組織がコミュニティとの信頼を回復するために、地域の市民グループや非営利組織とパートナーシップを結び、警察組織をコミュニティの一員として埋め込むための第一歩を踏み出しているケースもある。

■ サクラメントでは、殺人事件の1/4をギャングによる抗争が占めていたが、地元警察は証言を引き出すことができず、事件のほとんどが未解決に終わっていた。そこで、サクラメント市の警察機関は、起こった事件の逮捕率を上げるのではなく、若者がギャングに入り、殺人事件に巻き込まれる数を減らす努力を開始した。これらの取り組みでは、前科のある地元出身の人々や元ギャングが若者がメンターとして活動しており、貧困や住居の不足などに悩まされている若者に対して、支援を行い、将来的にギャングに加わり、犯罪に手を染めることから守っている。

■ ニューヨーク市のハーレムでは、警察官ではなく、コミュニティ・オーガナイザーがパンデミックへの対応を管理するのに役立っていたようだ。警察が市民に対してソーシャル・ディスタンスを強要しても、コミュニティでの溝が広がるばかりであったため、市役所はギャングによる暴力を防ぐために活動していた非営利団体に協力を仰ぎ、マスクの配布やソーシャルディスタンスの呼びかけといった点で成果をあげることができた。

エスカレートする警察のミリタリー化や不当な暴力は、アメリカだけでなく、現在ナイジェリアで行われているデモや、2018年から継続しているパリでの「黄色いベスト運動」でも度々問題視されている。

過剰な暴力やミリタリー化によって、市民の恐怖の対象となった「警察」というものが、その起源において、社会のなかの「格差」を前提として、むしろそれを守るために生み出されたものであったことが、コロナ禍によって、いま改めて鮮明に浮き彫りになっている。「警察」の今後のあり方を考えることは、まず第一に、社会格差、経済格差、人種格差等によって分断された社会を、どうしていきたいかを考えることでもあろう。

現在の状況を維持・強化していきたいと考えるのであれば、警察のミリタリー化を一層進めねばなるまい。逆に、それを、より格差の少ないインクルーシブなものにしていきたいと望むのであれば、その社会において拡充すべきは「ケアワーカー」のような存在として、コミュニティの問題に取り組む組織や人びとだろう。

警察組織の今後をめぐる、大きな岐路は、社会そのものの岐路に他ならない。

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【転載ガイドライン】

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