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『たこ焼き』

許せるのは、湯たんぽ、または枕になる足だけっしょ。

=何ていうんだろ。姉とはいえ異性の足のことを話すのは、ちょっと恥ずいんで、誰にもいえずに心にしまってるって感じが結構ずっと続いてるってことだと思うけど。

まぁ、学校では人と同じことをしている限り怒られることはないので、そしてぼくもまぁ、怒られるのがとても嫌なタイプの人なので、隣の席に座って黒板の中身を全部トレースしてるバカと同じことをしてるだけの、=モブキャラみたいな毎日を送ってるわけなんだな。それはでも、教育上結構間違ってるとかなり思うんだけどさ。

いやでもだよ。その成果もあってか、最近じゃ先生も親も、ぼく=モブだと勘違いしてくれて、かなり過ごしやすいよ。だけど、それは単に見る目がないっていうか、=詐欺被害に遭ってるようなもんだと思うんだけどな。要はさ、深夜のヤモリ見たことある? あの白いみたいな黒いみたいな、=絶妙にコンクリの壁そっくりのブツブツ模様の奴が、壁にジワッと溶け込んでいるのを発見できないようなもんだと、ぼくは冷静に見くびってるけどね。

またぼく自身にとってもさ、こういう物真似は全然誇れるようなもんじゃないから、=嫌なんだよな。例えるならそう、深夜にやってるつまんないTVで見かけるような、あんまり売れていないような芸人がさ、唯一売りにしてる大物芸能人の物真似みたいなやつ? ああいう、何ていうのかな、誰も得しないゴマすりみたいな芸と=な気がして、ちょっとっていうか、かなりムカついててさ。うん、芸人っていうか自分にムカつくって感じ。そういうことも結構あるわけよ。=クソだせぇなっていう。

いや実際、マジで=だと思うんだけど。あ、ちょっと待って。布団が作り出すしわの影が、バームクーヘンみたくなってる布の洞窟に、姉のひとりの誰かが、ぼくの頭の後ろにふくらはぎみたいなのを押し付けてきてる真最中だから。

毛布をのけるとさ、豆電球からのオレンジの光が、=夜の太陽みたいに目ん玉を刺すんだ。朝は電気なんて付けたことないし。うち貧乏だから。
電球の光のかけらで、うっすらと、本当にうっすらと肌色の足が見える。多分というか絶対に真ん中の姉の足と=だと思うけど、そう簡単に断言はできない身分なのが地味に辛いところ。

洞窟の奥に謎の風がそよいで、ぼくの額を生温かく濡らした。

あばらの辺りに突き刺さってるこの足首は、先っぽが尖っててかなり痛いので、=一番上の姉のものに違いないなと確信してんだけど、ぶっちゃけどうなんだろ。

布団の重みに耐えきれなかったから、しわの一部を引っ張って顔を外に突きだしてみた。

箪笥もテレビも洗濯ばさみばさみも、=黙って寝てる振りをしていた。夜も嘘くさい。じっと目を凝らしてると、ブチ切れたモノどもが本性出してきそうな気がしたので、ぼくはも一度布団の中に逃げた。だって、怖いもん。

その間もずっとさ、背中に太ももの一部が当たっているのに気づいてはいたんだけどさ、こういう時どけよ!とかいえない性格だから、=ひたすら重みに耐えるしかないわけ。ねぇ、わかる、この感じ? =重労働だよ、マジで。しかもだよ、しかも。頭とあばらが上の姉のものだとするなら、=こっちは絶対下の姉のもんに決まってんじゃん? なのに全然確認できないのよ。確認できない=断言もできないんだよ。そんくらい、ぼくの意志を示すのはヤバいっつうか、なんていうか。いつだって断言は辛く恐ろしいもんだよね。=本気でダメージを負うリスクのある行為だって、経験上分かってるんだ。

皮膚が伸びて、布団のしわになる頃、ぼくは餃子の中身と=になったような気がした。うん、もう殆ど人間の形してないっつうか。べろんべろんの皮だけっていうか。

なんでこんなヤベーことになってんだろ。

いや、わかってんだよ。=結構簡単な理由。ぼくの家は六人家族なのに、ビーバーの巣みたいな汚ねぇ灰色のアパートで暮らしてるからに決まってんだ。皆でぎゅうぎゅう詰めで寝る意外に選択肢ないから=餃子の中身。もちろん、学校じゃ秘密にしてるけどね。

他にも内緒にしてること結構あって。たとえばお父さんが殆ど帰ってこないこととか、お母さんが整形手術してしてることとか、姉の一人がコンカフェで家計を支えてることとか、近所のコンビニのWi-Fiを使ってインターネット接続してることとか。色々怪しいんだよ、うちは。

個人情報の保護とかいうやつで、誰も根掘り葉掘り聞いてきたりしないのが=救いなんだけどさ。

だけど、だけどさ。そうこうしているうちに、なんというか、黒い布団のしわの奥で、三人の姉の白い足どもが、こう、妙に複雑に絡み合ってきてさ。=ぼくは窮屈でたまらないんだけど、性別でいえば一応のところMANでもあるわけじゃん? なんつうか、あんまし文句いえないっつうか。プラス一番下の子という事実もあるんで、余計に一切の反論は許されないっつうか。まぁ、仮に今ここで勇気を振り絞ってもだよ? あのー、すみませんけどぉ、ちょっと窮屈なんで、この足どけてもらえませんかとでもいおうものなら、白い足どもが一斉に襲いかかってきて、=一瞬にして洞窟から追い出されるのが目に見えるわけよ。そしたら、お母さんと一緒にあっちに寝転がるしか選択肢ないわけ。あ、あっちってのは、台所ね。そのパターンが一番最悪なんだよ。だから、今はまだ窮屈でたまらないけど、=洞窟にいられるだけ幸せなのかもしれねぇなーとか、そういう風に自分に暗示をかけて慰めるような、冷静に考えれば、かなり最低の状態をキープするしかなくてさ。

オレンジ色の光線が、目の縁で炎のエフェクトみたいにランダムに揺れるのを見届けながら、ぼくは死んでくれないかなっていう代わりに、美味しくもない布をギリギリ噛みしめてたな。
噛みながら、大事なことを思い出しててもいたんだけどね。

寝る時はいつも心の中で、奴らへの抵抗を示し続けなきゃならねぇってこと。=心のノートに、全部素直に書いちゃえってこと。

奴らの足には、遠慮ってものがないとか。
ぼくの足とは育ちが違うってこととか、=全部さ。
奴らの足は、マジでヘンにつるっとしてて、こっちから触るとブチ切れるくせに、向うから絡まってくるとやたら熱いんだよ。
ぼくは最初「許せるのは、湯たんぽ、または枕になる足だけだ」みたいなことを書いた気がするけど、実は湯たんぽなんて一度も使ったことないから、=知らないことを知ってる風に書いただけなんだ。

でも、ぶっちゃけ嘘だっていいと思うんだよな。
だって、先生とかでもさ、クラスの誰が誰にいじめられてるのかなんて1ミリも見てないわけじゃん? スマホ持ち込み禁止なのに、授業でiPadとか使わせてさ。みんなでガンガンケータイいじってんのに、そういうのは全スルーなわけ。トータルでみて、=嘘だろ? しかも、かっこ悪い嘘。シンプルにダサい嘘じゃんか。

ああいう連中には、未来永劫ぼくの心のノートは見つからないだろうから、逆に安心材料になったりもしてんだけどさ。犯人は現場に戻るというなら、ぼくは自分でも見返すことはないから、=完ぺきだぜ。でも、ばれないなら逆に何でも書けるから、結構好き勝手書いてちまってさ。=今は、も少しちゃんと書いといたほうがいいのかなって日和る気持ちもあったりなかったり。

まぁ、そういう感じでさ、結構大量に嘘=ほんとを書き連ねててきたわけなんだよね。
でも、ちゃんとしてるとこもあると思うぜ? 嘘の正確さみたいなものを自分に課してたからさ。絶対に見返さないと分かってんのに、やたら知恵を絞って、=かなり疲れるんだけど、わけわかんねぇ達成感もあって。多分だけど、神経とかそういうのをすり減らすことで、現実逃避して、=早いとこ夢の彼方へ逃亡しちまおうっていう野生の本能だと思うな。うん、きっと=だと思う。

でも、ここ数年で、ぼくの足は完璧にコンクリの壁みたくなっちまったわけじゃん? 昔はこうじゃなかったんだよ、マジで。もっとこう、素敵な感じのする美脚と=だったような気もするんだけど、奴らの攻撃を防いでるうちに、こんなヤベー感じになっちまったんだ。
要は、ぼくは少しずつ鉱物に進化していき、姉は少しずつ海洋生物に進化してったってことかな。そんなこと100パー起こりっこないけど、ニュアンスとしては=な感じ。両方気持ち悪いけどな。

もちろん、夏休みの作文を出す時とかに、洗いざらい書いちまおうかと思ったこともあったよ。そりゃそうでしょ? だけど、毎回悩んで結局いつもやめちまうんだな。=根が優しいからね。でも、いつか必ず書くつもりではいるんだよね。うん、もう出だしは決まってるんだ。

「姉は、夜になると6本足の植物のたこになってぼくを襲ってきます。
たまに絡まるくらいなら我慢できますが、それぞれに意思を持っているようなヤバい足が6方向から絡まってくるようでは、さすがに耐えられそうにありません。

ぼくは、もう何度も潰れてしまいそうになりました。
一度など、息ができなくて死にそうになりました。
そのたびに、ぼくは布団を飛び出し、オレンジ色の太陽の下で神に祈り、呼吸を整えたりしていたのです。

でも、もうそろそろ限界かもしれません。
次にやられたら、ぼくは姉をたこ焼きにするつもりです。」




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