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9 二人の時間 / ぐっち

 1泊2日で東京まで無事に行けたことに味を占めた我々は、大阪に戻ってからもほぼ毎日短い外出をするようになった。時々調子が悪い日もあったが、一日一度は意識して外に出るようにしていた。
ただ、妊娠中の妻にとって暑さは大敵だ。毎日35度を超える猛暑となっては駅まで歩くのも一苦労である。そんな時我々が編み出したのが梅田の地下街散歩である。
散歩といえば外の公園などを歩くイメージだが、我々のそれは少し違う。梅田をひたすら歩き回るというものだ。梅田の地下街は迷宮といわれるほど広大で、歩いても全く飽きることがない。
適度にアップダウンもあれば自転車も走っていないし、空腹になったらすぐカフェに入ればいい。そして何より涼しい。我々が散歩するにはこの上ない条件がそろっているのだ。
それに気付いてからは、少なくとも週に3回は梅田に出没していたと思う。僕は学生時代から梅田をダンジョンのように攻略するのが好きで、よく歩いていたのがこんなところで役に立つとは思わなかった。
おかげで夏の間も適度に運動ができた。まあ毎回どこかのカフェに立ち寄っていたため、プラスかマイナスかは定かではないのだが。
そんなこんなで新しいカフェもたくさん見つけた。コーヒーや紅茶、ホットケーキやワッフルが美味しいお店など様々開拓した。これは単なるカフェ巡りの放浪ではなく、我々にとって二人でゆっくり過ごす時間の積み重ねでもあった。
妻が妊娠した時先輩に言われたことがある。今の間に二人でしかできないことを存分に楽しんでおいた方がいいと。それこそ子供が生まれたら二人でゆっくりお茶なんてなかなかできなくなるだろう。
 「二人でやりたいことは全部やりきったね」
出産前の思い出づくりにと訪れたホテルのアフタヌーンティーの席で、妻は言った。
3段の立派な金台の上には、色とりどりの桃やシャインマスカットが所狭しと並んでいる。こんな豪華なアフタヌーンティーなんて、それこそ当分はお預けだろう。
「やりきったからこそこれからいろんなこと全力で乗り越えられるよ」
これまでの9ヶ月、たくさんの時間を二人で一緒に積み重ねてきた。付き合い始めてからのことを考えても、こんなにも長い時間を共に過ごしたのは初めてだ。
次にゆっくりお茶ができるのはいつになるのだろうか。そんなことを思いながら、二人の時間を思いっ切り満喫した。
 長いようであっという間の9ヶ月。いろんなことが起きた。初めてで予想もできないことばかりだった。それでもこうして変わらず元気に今を生きている。
三人になれば大変なことも増えるかもしれない。でも、生きていくエネルギーも一人分増える。
それに向けて、最も大きな戦いに挑む妻を祈る思いで見送った。
(続く)

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