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SF小説 「ジャングル・ニップス」 2−9

ジャングル・ニップス 第二章 オン・ザ・ロード

エピソード 9 ポロシャツ


眩しい。

アスファルトが重たい。

本を読んでいた爺さんがいなくなっている。

映画館から出てきたような気分だ。

音楽ひとつで気分なんて変わるはずだ。

ショーネンはラジオ体操のメロディーに頷きながらそう思った。

駐車場で、旅行者らしき夫婦がラジオ体操をしている。

他に車は停まっていない。

ラジオ体操が日課なのだろう。

新品のハイエースだ。

そうとう金がかかっている。

タイヤまでピカピカだ。

キャンピングカーに改造してある。

ああいう車はいくらぐらいするのだろう。

500万では買えないかもしれない。

改造前で350万はするはずだから当たり前か。

旦那さんに比べて奥さんは随分と若く見える。

30前にしか見えない。旦那さんは50を超えている。

一目で優秀なビジネスマンであろうと察しがつく。気さくに話しかけられる雰囲気ではない。

足元に置いたラジカセの音は、迷惑にならない調度いいレベルだ。

ナンバープレートを確認したいがちょっと見えない。

これからどこに向かうのだろう。

北上して香取神宮でもお参りするのだろうか。

観光目的で印旛沼を訪れたようには見えない。

もっと風光明媚な場所が似合いそうな夫婦だ。

頭を空っぽにしたい。

ビースティー・ボーイズでも聴けたらいい。

体中の関節を緩めたい。

首周りが重たい。

頭で数えられないビートに身を委ねて、この固まった関節を全部動かせたら気分が楽になるはずだ。

体を揺らしたい。

思いっきり揺らしたい。

数えないで揺らす。

リズムなんて関係なく揺らす。

気持ちいい部分を揺らす。

ほぐれて楽になる。

ダンスの本質は貧乏ゆすりだ。

ショーネンはこの閃きが嬉しくて頬を緩めた。

良い貧乏ゆすりをする奴らは、気持ちよさそうなんだ。

だからカッコイイ、そういうことだ。

鏡を見て練習をしすぎた奴らは、貧乏ゆすりの快楽が表現できていない。

ストレスを貧乏ゆすりで発散しているのに、型があるはずない。

テンカンの発作みたいに踊れないモノか。

硬直した体が、リズムを掴んで震えている、そんな姿が本物のはずだ。

関節の隅々からストレスが滲み出て、放出され、洗い流され、初めてグルーブに乗り、型が生まれる。

何かを生むのはポーズではない。

ピカソも言っている。

創造は破壊から始まるんだ。

ストレスを破壊する新しい術、それが新しい音で、新しい踊りだ。

ジェームス・ブラウンの足の動きだ。

パッケージに入れるから退屈になるんだ。

貧乏ゆすりから生まれた踊りがオレたちは観たい。

それにとっくに気づいてしまっているんだ。

オタク連中のオタゲイっていうのは、そういった意味では、リアルで好感持てるかもしれない。

連中は音楽に身を任せて、溜まりきって凝り固まったストレスを爆発している。

まあカッコよくはないけれど。

でも奴らが正しい。

素人の芸というものは、どんな世界であろうと、直視すると滑稽なものだ。

自分もやればいい。

音に任せて勝手に動いてみればいいんだ。

ラジオ体操第二。

でも、あれがたぶん本当は正しい。

計画にそった一日を過ごすには最適のテーマ曲に聞こえる。

ああいう豊かさを手に入れることは、たぶんオレには一生無理だ。

BGMのチョイスを間違ってきたのかもしれない。

性格なんて半分は外付けのはずだから、オレにもあんな立派なオトコに成長する素質があったのかもしれない。

聞く音楽でヒトは簡単に変わる。

クラッシックを聞くフリーターなんてあまり想像できない。

たぶんあのおそろいのポロシャツはラコステだ。

ポロシャツが似合う人達は社会的に信用されたポジションで生きている。

アメリカ人に共通した特徴だ。

ビジネスマンはリーバイスを履かない。

ビジネスマンは労働者の格好をしないものだ。

ラルフローレンやゲスジーンズが90年代に流行ったのだって、ビジネスマンは労働者のジーンズは履かないからだ。

自分の娘や息子が労働者の子供達と同じジーンズを履くのを無意識に嫌ったはずだ。

健康な子供はそれに從う。

アメリカは自由の国。

自由かもしれない。

でも、どこもかしこも住み分けの線がハッキリと引かれている。

日本はどうだろうか。

「オイ、オマエさん。ナニ考えこんでんのよ。ああやって、お金持ちをやんのだって色んな苦労があんだぞ。」

エースケさんがそう言いながらお茶のペットボトルを差し出してきた。

車には戻らず、沼の景色を眺めていたようだ。

「ラジオ体操って。なんか頭が空っぽになって気持ちいいよな。」

ショーネンがペットボトルのキャップを回すのを見ながらエースケがつぶやく。

「なんか、調子くるっちゃって。」

お茶を飲んでショーネンがため息をついた。

「あれは娘さんで、奥さんは車でまだ寝てるよ。」

「そうなんすか?」

「ああ。娘さん、オマエのことまんざらでもなかったみたいだぞ。」

ショーネンが振り向きかけてグッとこらえた。

ヘヘッとエースケが笑う。

「オマエ、さっきのおキツネ様の話、ヤスオにはしたのか?」

「いえ、ヤスオさんには、他の部分だけ言いました。」

「ああ、そう。」

お茶が美味い。

「ヤスオさんに誘導された時はキツネは見えていなかったんです。」

「そうなのか。」

「もっと深いトコロでキツネを見たはずです。」

「そうか。」

エースケさんが川のほうに眼をやる。

「ヤスオさん多分まだ、あの土手を下がったトコで座っているはずです。」

「なあ。オマエ。ヤッケ着ていなかった?」

しまった、帽子だけかぶってヤッケをトイレに置いたままだ。

「やべ、置き忘れた。すみません。あと、このお茶も。」

ショーネンがトイレに向かう。。

「オマエの金だよ。あっち行って待ってるからな。」

エースケがそう言うのを聞きショーネンは振り返り手をあげた。

「何を食ったらあんな独り言ばっか続けられんだよ。」

エースケはコキコキと首筋を伸ばした。


つづく。



ありがとうございます。